商店街の賑わいがうらやましい限りです。
大通りにて。
南部と津軽は仲が悪いと言われています。
今ではそれほどでもないんでしょうが、まあ・・・。
歴史はともかく、気性が違うのが大きな理由なのでは?と思います。
そんな南部と津軽の境目にあるのが藩境塚です。
小川を挟んで東が南部領(盛岡南部家)の野辺地町、西が津軽領(黒石津軽家)の平内町です。
それぞれの境界に大きな塚が2つずつ。
この藩境塚を境に言葉が違うというのは面白いものです。
陸奥湾や下北方面がきれいで、のんびり過ごせそうな場所でした。
藩境塚は県史跡となってます。
こちらは南部領。
建物はトイレのようです。
南部側から津軽側の藩境塚を望む。
こちらは津軽側から見た南部側の藩境塚。
南部の海。
津軽の海。
陸奥湾はきれいです。
しかし、すごい数の風力発電です。
右・南部領、左・津軽領。
禁止事項等が書かれています。
南部家重臣の北・東氏の名前が書かれています。
まだ春の名残が。
最近ではほとんど行かなくなりましたが、昔は城跡めぐりも趣味の1つでした。
といっても天守や石垣のある城ではなく、土の城メインです。
「城跡」や「館跡」(こちらでは「やかた」ではなく、「たて」と読みます)の地形をなめ回すように見るのは楽しいものでした。
ただ、こういう城跡は個人の所有地となっているので探訪も難しくなりました。
七戸城は、柏葉公園の部分のみが城跡だと思われがちですが周囲に大きな郭が多数あり、決して小さな城ではありません。
今回は本城、西館、宝泉館を少しだけ歩いて来ました。
久しぶりの土の城。
空堀や切岸を眺めているとテンションMAXです。
ひたすら城めぐりをしていた若い頃が懐かしいです。
かみさんも、もっと七戸城内を見てみたいと仰せでした。
また七戸城を訪れる日もそう遠くないでしょう。
復元された東門。
中世の七戸城の門がどのような形だったのかは分かりません。
大手口付近。
右が下館、左が宝泉館、西館です。
七戸城の立体模型。
広大な城域を持つ城だということが分かります。
切岸を見ているとテンションが上がります。
空堀。
大手付近を見下ろす。
七戸町の天王神社の「天王つつじまつり」。
昔行った時は、ちょっと寂しい感じかな?と思い、それ以来行ったことはなかったけど久しぶりに行ってみました。
急な石段を登り、参拝し、御朱印をいただく。
麓の方ではキッチンカーも。
昔より賑わってるような感じでした。
ただ、つつじが沢山生えてるように撮るのはちょっと難しく、かみさんと2人、四苦八苦しながらの撮影でした。
こちらは石段とは離れたところの下り道。
少しはそれらしく撮れたかも。
結構急な石段で、後ろからも人が来たので立ち止まって撮る余裕がありませんでした。
夜はきれいなことでしょう。
七戸と言えば絵馬。
赤提灯を見るとついつい飲む方を思い浮かべてしまいます。
天王神社。
天王神社から七戸城を望む。
天王神社の丘は本城、貝ノ口郭、矢館に囲まれています。
恐らくここも七戸城の一部だったのでは?と思っているのですが・・・。
七戸町の金子ファームに行きました。
目的は、NAMIKIでジェラートを食べることでした。
でも、行ってみたら菜の花畑があったり馬がいたり、なんだかんだで1時間半程写真を撮ったりジェラートを食べたりと楽しんできました。
何も考えずにふらっと行ったら菜の花畑が広がってました。
遠くに見えるは八甲田山か。
手前の部分をどう処理するか悩んだ挙げ句、見たまま撮りました。
りんごの花、ですよね。
懐かしいです。
車も随分と進化したものです。
これもまた懐かしいです。
南部曲屋。
馬、馬、馬、馬。
うまく並んでくれました。
随分近づいてくれました。
ひたすら食事中。