前回の続き
そして慰安婦の割当てをされた大阪、京都、兵庫、福岡、山口の地方長官に出された通牒、上記地方長官外
に出された通牒が「南支方面渡航婦女ノ取扱ニ関スル件」である。
まず大阪、京都、兵庫、福岡、山口の地方長官に出された通牒の前文は
「支那渡航婦女ニ関シテハ本年二月二十三日内務省発警第五号通牒ノ次第モ有之候処南支方面ニ於テモ之
等醜業ヲ目的トスル特殊婦女ヲ必要トスル模様ナルモ未ダ其ノ渡航ナク現地ヨリノ希望ノ次第モ有之事情已ム
ヲ得ザルヤニ認メラルルニ付テハ本件極秘ニ左記ニ依リ之ヲ取扱フコトト致度ニ付御配慮意相成度」(財団法人
女性のためのアジア平和国民基金編 『政府調査 「従軍慰安婦」関係資料集成 1 警察庁関係公表資料 外
務省関係公表資料』龍渓書舎 1997年3月20日 87-88頁)
とあり、南支方面軍では「醜業ヲ目的トスル特殊婦女」が必要としているので「本件極秘」に取り扱うようにしてほ
しいとして
「一,抱主タル引率者ノ選定及取扱
(イ)引率者(抱主)ハ貸座敷業者等ノ中ヨリ身許確実ニシテ南支方面ニ於テ軍慰安所ヲ経営セシムルモ支障
ナシト認ムル者ヲ抱主タル引率者トシテ選定シ、之ニ対シ南支方面ニ軍慰安所ノ設置ヲ許サルル模様ニ付若シ
其ノ設置経営ノ希望者ニ於テハ便宜関係方面ニ推薦スル旨ヲ懇談シ何処迄モ経営者ノ自発的希望ニ基ク様取
運ビ之ヲ選定スルコト
(ロ)醜業ヲ目的トシテ南支方面ヘ渡航ヲ認ムル婦女ハ約四百名トス。之ヲ大阪府約百名、京都府約五十名、
兵庫県約百名、福岡県約百名及山口県約五十名ヲ割当ラレタルニ付テハ之ヲ引率スル為適当ナル者ヲ前項ニ
依リ選定シ其ノ引率者(抱主)ニ限リ陰ニ行フ右婦女ノ雇入レヲ認メ其ノ渡航ハ以下各項ニ依リ取扱フコト、但シ
渡航スル婦女ノ出府数ハ右選定府県以外ニテモ差シ支ナキコト
(ハ)一引率者(抱主)ノ引率スル婦女ノ数ハ十名乃至三十名程度ト為スコト
(ニ)前三項ニ依リ慰安所経営ヲ希望スル者アルトキハ直ニ其ノ引率者タル経営者ノ住所氏名、経歴及引率
予定婦女数ヲ密ニ電話等ニ依リ内務省ニ通報スルコト
(ホ)前項報告ニ基キ軍部ノ証明書ヲ送付スルニ付之ニ依リ右醜業ヲ目的トシテ渡航スル婦女ヲ密ニ募集ス
ルコト
(ヘ)前項渡航婦女ノ内地出港ノ場合ハ其ノ引率者氏名、渡航婦女ノ数、内地出港地名、予定月日及台湾高
雄到着予定月日ヲ内務省ニ通報スルコト(此ノ通報ニ依リ台湾ヨリノ便船ヲ手配ス)
二,渡航婦女
(イ)醜業ヲ目的トスル渡航婦女ハ現在内地ニ於テ娼妓其ノ他事実上醜業ヲ営ミ居ル者ニシテ満二十一才以
上且身体強壮ナルモノ
(ロ)前項ノ外本年二月二十三日警保局長通牒ニ依リ取扱フコト
(ハ)醜業ヲ目的トスル渡航婦女ニ対スル身分証明書ハ発給前健康証明書ヲ提出セシムルカ又ハ健康診断
ヲ行フ等健康ナルコトヲ認メタル上之ヲ交付スルコト
三,引率者(抱主)トノ契約
(イ)引率者(抱主)ト渡航婦女トノ締結セル前借契約ハ可成短期間ノモノトシ前借金ハ可成小額ナラシムルコ
ト
(ロ)其ノ他稼業ニ関スル一切ノ事項ハ現地軍当局ノ指示ニ従フコト
四,募集 醜業ヲ目的トスル渡航婦女ノ募集ハ営業許可ヲ受ケタル周旋人ヲシテ陰ニ之ヲ為サシメ、其ノ希
望婦女子ニ対シテハ必ズ現地ニ於テハ醜行ニ従事スルモノナルコトヲ説明セシムルコト、尚周旋料等ハ引率者
(抱主)ニ於テ負担セシムルコト
五,予防注射、健康診断等
(イ)伝染病予防注射ハ現地ニ於テ軍之ヲ行フ
(ロ)健康診断ハ随時軍医ニ於テ之ヲ実施ス
(ハ)診察ニ要スル衛生材料ハ経営者ノ負担トス但シ現地ノ状況ニ依リ薬品等補充困難トスル向ニ対シテハ
当分ノ間軍ヨリ之ヲ支給スル予定
六,慰安所設置場所、経営
(イ)慰安所設置ノ場所及建物ハ現地ノ状況ニ依リ当分ノ間軍ニ於テ之ヲ選定使用セシムル見込、其ノ変更ニ
付亦同ジ
(ロ)其ノ他軍ニ於テ指揮監督スルモノトス」(前掲89-100頁)
内容は大きく六つある。
第一は抱主についてである。条件としては、現在貸座敷業を営んでおり、身元が確実で現地で営業可能な者
を選定すること。しかしここで重要なのは「何処迄モ経営者ノ自発的希望ニ基ク様取運ビ」とあることである。この
通牒の全体を読めばわかるが、その経営はあくまで軍が主体として行っている(後述)。しかし、業者の「自発的
希望」であるようにすることとされている点である。
また、徴集する「醜業婦」については選定され他府県以外からも可能であるとされている。
そして軍慰安所を現地で経営したい業者の経歴や「醜業婦」の募集は「密ニ」行うこととされている。
第二は「醜業婦」として渡航する女性についてである。内地において「醜業」を行っている者で「満二十一才以
上」で健康な者とされている。以前にも触れたが、「満二十一歳以上」とされているのは「婦人及児童の売春禁止
に関する国際条約」(1921年9月30日)を意識してのことである。
第三は抱主との契約についてである。抱主と渡航女性との前借契約は「可成短期間」で金額は「可成小額」で
あること。その他のことは軍の指示に従うこと。
第四は募集について。営業許可を受けた周旋業者により「陰ニ」して行うこと。第一でもあったが、「醜業婦」の
募集については「密ニ」、「陰ニ」行うのである。これは「いわゆる「従軍慰安婦」問題について-その8」でも触れ
たが(http://blog.goo.ne.jp/01780606/e/9cacebb37c03f400c822571e4cbc92d9) 、軍が慰安所を設置・経営していたり、慰安婦を徴集
していたりすることが銃後にバレると銃後の国民に不安を与えてしまうからである。そのような思いがありながら
も慰安所の設置や慰安婦の募集は行なわければならなかったのであった。
第五は健康管理・衛生管理についてである。伝染病の予防注射や健康診断は軍が行うが、衛生材料は業者
が行うこと。但し、それが困難な場合には軍が支給することとなっている。
第六は慰安所の設置経営についてである。慰安所の設置場所や変更などについては軍が行うこと。それ以外
についても「軍ニ於テ指揮監督スルモノ」とある。上記第一で見たように、慰安所の経営は業者の「自発的希望」
であるように取り計らうも、実際は慰安所の設置・経営は「軍ニ於テ指揮監督スルモノ」なのである。
そしてもう一つ、慰安婦募集の選定地域にされた大阪、京都、兵庫、福岡、山口以外の地方長官に対しても通
牒は出されている。そこには
「今般己(ママ)ムヲ得ズ南支方面ヘ醜業ヲ目的トスル婦女約四百名ノ渡航ヲ認ムルコトト相成之ヲ引率スル者
(抱主)ヲ大阪、京都、兵庫、福岡及山口ノ各府県下ヨリ選定シ之ガ婦女ヲ募集スル為別紙ノ通右府県ニ通牒致
置候ニ付テハ或ハ貴県下ヨリモ右渡航ニ参加スル婦女アリト思料スルニ付予メ御含置相成度為念申進候」(前
掲101-103頁)
とあり、「醜業婦」約四〇〇名を集めるために大阪、京都、兵庫、福岡、山口以外からも募集することがあること
を示している。
慰安所の経営形態として業者が行っていた場合もあるが、、以上から見てわかるとおり、慰安所の設置・経営
に軍が主体として行っていること、内務省・警察・地方長官がそのために協力・便宜供与していたという形態もあ
るのである。