父が他界して間もなく1年になる
いま、いろいろ事情があって80過ぎた母と一緒に実家生活しているけど 至る所に父を感じる
父は 船舶の電気系統?の技術者で造船所に勤めていた
若い時には試験運転やら新造船を船主へ
納める為に多くの外国へ行ったらしい。
その頃は 造船業は活気があって父のところの造船所も多くの海外の船、タンカーとかを作っていたようだ
そんな父の棺の中に20冊近いパスポートを入れた
父が一番輝いてた時の思い出だと思って。
その父の作業場所があって 未だ手付かずで置いてある
はんだごてやら 何もかも、、
いつもかけてたメガネまで、、
その作業場には多くの私にはわからないものがいっぱい、、
秋葉原の電気街を歩くのがとても楽しかったようで 行くたびにたくさんの部品を仕入れてきたようだ
そこに入ると いまでも父が ちょっと席を外してるようで、、
いつもあまり家に居ないのが当たり前だったから いまでも 長い出張に出てるような気がしている
長い、長い出張へ
いま、いろいろ事情があって80過ぎた母と一緒に実家生活しているけど 至る所に父を感じる
父は 船舶の電気系統?の技術者で造船所に勤めていた
若い時には試験運転やら新造船を船主へ
納める為に多くの外国へ行ったらしい。
その頃は 造船業は活気があって父のところの造船所も多くの海外の船、タンカーとかを作っていたようだ
そんな父の棺の中に20冊近いパスポートを入れた
父が一番輝いてた時の思い出だと思って。
その父の作業場所があって 未だ手付かずで置いてある
はんだごてやら 何もかも、、
いつもかけてたメガネまで、、
その作業場には多くの私にはわからないものがいっぱい、、
秋葉原の電気街を歩くのがとても楽しかったようで 行くたびにたくさんの部品を仕入れてきたようだ
そこに入ると いまでも父が ちょっと席を外してるようで、、
いつもあまり家に居ないのが当たり前だったから いまでも 長い出張に出てるような気がしている
長い、長い出張へ