6月21日(水)から25日(日)まで入院しました。
正確には初めてではないのですが、記憶にある入院は初めて。
(本当の最初は生まれてすぐに、腸閉そくになって、緊急入院したみたいですが、記憶なし)
まずは入院の日程。
出血が出てから翌日近所の病院に通院して、清水病院への紹介状を書いてもらって
清水病院に予約をして、CTとか検査して、入院の日程を決めるまで、約3週間。
結構、ツメツメでやったつもりでしたが、気が付けば1ヶ月って感じです。
病院や病室にもよると思いますが、
入院して最初は携帯やスマホを使ってはいけないものと思っていましたが、
4人部屋でしたが、一人、パソコンを使っている強者や部屋で堂々と電話している人も
いたので、僕も堂々とスマホを無音で使ってました。
水曜日の午後、入院前にすき家で牛丼を食べ、入院前の最後のがっつり飯を食べて
病院食に準備をしました。
初の病院食はこちら
味は薄味。
でもしっかり調理されていて、まずくはありませんでした。
が、ご飯が少し水の量が多いのか、美味しくない。
病院食だからしょうがないのかも。
量も少ないので、ゆっくり沢山噛んで食べました。
この夕食を食べた後は、次の夕食まで、断食状態。
朝は7時まで水分の摂取は許されてます。
7時位に水をがぶ飲みして、なんとかお腹の空腹を耐えます。
※ ここからは手術になります。汚い言葉が続くので、食事中の人や繊細な人は
読むのをやめた方がいいと思います。
10時過ぎに手術室に入り、切除をします。
最初に部分麻酔をした後、オケツにブロック注射。
部分麻酔の後、すぐに打たれたので、どちらの注射も痛かったです。
その後、しばらくしてレーザーメス付の内視鏡、僕のおちんちんから入れてきます。
今回も内視鏡の画像が見えるようになっていて、状態を確認できるようになっています。
発見されたときには、こんなにキレイだった腫瘍が、切除時にはグチャグチャになっていて
どこが腫瘍が分からない状態。
細胞が活きているってことを実感させられます。
と同時に、のんびりスケジュールを組んだら、もっとひどいことになっていたかも?
でも先生達は、「そこそこ、もっと奥まで」とか言って内視鏡とメスを動かしていく。
メスを操作するのは若い先生。
主治医は高齢の方で、「そこを切れ!もっと奥まで!そうじゃない」とか
命令口調で言うだけ。
若い先生が下手なのか、切除の時間が長く、段々気持ち悪くなってきた。
看護師の方が大丈夫ですか?って言うので、「気持ち悪いです」
って言ったら、「もう少し、我慢して下さいね。」
全然、優しくないですね。
(´;ω;`)ウッ…
更に10分位、格闘して、メスを内視鏡を抜いて、もう、診療台から降ろしてもらえるかと思ったら
今度は、おしっこと消毒用の管を入れ始める。
手術台は、手術やパイプを入れる作業がしやすいように、腰が少し高くセットされていて
頭が一番下なので、長い時間、逆さまにされていたためか、とっても気持ち悪く
朝食を食べていたら、間違いなく、吐いていたと思う。
パイプのセットも終わって、診療台が平行に戻されたときの安堵感は、今まで経験したことのない
感覚でした。
ただ、平行に戻っただけでは気持ち悪さはすぐに解消されず、診療台から病室のベットに
移され、寝返りではないですが、少し半身になって初めてほっとしました。
それから1日、1L以上の水分を取るように言われ、お昼は抜きで点滴となりました。
点滴を付けていると病人っぽいですね。
腰のあたりから出ているオレンジの管は、おしっこ用です。
切除手術をした後、おちんちんの周りは血だらけ状態で、おしっこにも血が混じってます。
こんな状態ですが、1日ぶりの夕食がこの日でました。
暑い日々が続いたためか、冷やしそうめんでした。
久々の食事だったのでガッツリ喰いたいところでしたが、病院食なので仕方ありません。
お吸い物はとてもおいしく、すきっ腹に、とても沁みました。
心も落ち着きました。
1日何も食べない日って、なかなかないので、感謝感激です。
この日の夜は38.4℃までの熱が出ましたが、別に苦しいとかはありませんでした。
点滴やおしっこの管が邪魔で寝返りを打ちづらいのが、眠りにくいのですが、
疲れて自然に寝付きます。
23日の朝食はパンでした。
オムレツは美味しかったです。
金曜日のお昼が一番おいしかったです。
ヒレカツが出ました。
これからはお肉も出るのかと期待しましたが、出ませんでした。
お昼の点滴を抜いて、担当の研修生と談話室で、オセロや将棋をやって遊びました。
オセロは1勝、将棋は4勝2敗でした。
将棋は僕の負けて終わってます。
彼女はほとんど将棋が初めてなのですが、考えながらやるゲームが好きなようで、
段々とコツをつかんで、やり方を覚えてきたようです。
(あと10回位やったら、僕と平打ちもできる位にはなるかも?)
夕食はタイの煮つけが、絶妙な味付けで良かったです。
が、夕食のご飯は何故か?少し柔らかい?
夕食は食べやすく柔らかくしているのか??
お昼はおいしくご飯も食べられた。
24日土曜日
朝食はサケとヨーグルトがついていましたが、少しチープです。
この後、先生が来て、おちんちんの管を取ってくれました。
お昼はミートスパとサラダと牛乳。
もう、病院食の量に慣らされて、この量でも全く苦になりません。
習慣って恐ろしいと思った。
(普段、食いすぎているってことか?)
管もすべて取ってもらったので、この日、初めてお風呂に入りました。
病院のお風呂はとってもキレイで、気持ち良かったです。
患部の血も洗い落とし、体をやっとキレイにできました。
このころからトイレが1時間に1回から、多い時は3回も行くことになり
トイレまでの移動が、僕のわずかな運動。
僕の病室は4人部屋なのですが、二人一時退院していき、部屋が少し静かになりました。
いびきの酷い人や、ちょくちょく看護師さんを呼んで、声の大きな人がいたので、環境が良くなりました。
土曜日の夜の食事は最後の晩餐ってことで期待しましたが、
土曜日はどれもあまり...
土曜日は花火が上がっていました。
港の方で祭らしいものがあったかもです。
僕の病室からは花火が見えませんでした。
(日曜日の昼間、清水駅前を通ったら、なんかイベントをやっていた、この花火かな?)
25日
朝食はこんな感じ。
毎朝、看護師さん、お医者さんが挨拶に来てくれてました。
ここの病院は凄く感じのいい病院で、富士市にある中央病院とは対応が全然違います。
入院するならこちらオススメします。
(中央病院は僕はありませんが、親戚が何度か入院していて、その様子と比べてみての感想です)
お昼前にYOKOが迎えに来てくれ、退院後の生活とかの指導を受け、
入院費用は次回、7月10日(月)の診察の日か振り込みでお願いしますとのこと。
この辺りもすごく親切ですよね?
患者にお金の心配も極力なくすようにしています。
(未回収って発生しないのか??逆に心配になります)
と言うことで無事退院。
明日、手術後の検査に行ってきて、状態を確認してもらい、はれて、ウィンドの許可がおりたら
嬉しいな~って思います。
正確には初めてではないのですが、記憶にある入院は初めて。
(本当の最初は生まれてすぐに、腸閉そくになって、緊急入院したみたいですが、記憶なし)
まずは入院の日程。
出血が出てから翌日近所の病院に通院して、清水病院への紹介状を書いてもらって
清水病院に予約をして、CTとか検査して、入院の日程を決めるまで、約3週間。
結構、ツメツメでやったつもりでしたが、気が付けば1ヶ月って感じです。
病院や病室にもよると思いますが、
入院して最初は携帯やスマホを使ってはいけないものと思っていましたが、
4人部屋でしたが、一人、パソコンを使っている強者や部屋で堂々と電話している人も
いたので、僕も堂々とスマホを無音で使ってました。
水曜日の午後、入院前にすき家で牛丼を食べ、入院前の最後のがっつり飯を食べて
病院食に準備をしました。
初の病院食はこちら
味は薄味。
でもしっかり調理されていて、まずくはありませんでした。
が、ご飯が少し水の量が多いのか、美味しくない。
病院食だからしょうがないのかも。
量も少ないので、ゆっくり沢山噛んで食べました。
この夕食を食べた後は、次の夕食まで、断食状態。
朝は7時まで水分の摂取は許されてます。
7時位に水をがぶ飲みして、なんとかお腹の空腹を耐えます。
※ ここからは手術になります。汚い言葉が続くので、食事中の人や繊細な人は
読むのをやめた方がいいと思います。
10時過ぎに手術室に入り、切除をします。
最初に部分麻酔をした後、オケツにブロック注射。
部分麻酔の後、すぐに打たれたので、どちらの注射も痛かったです。
その後、しばらくしてレーザーメス付の内視鏡、僕のおちんちんから入れてきます。
今回も内視鏡の画像が見えるようになっていて、状態を確認できるようになっています。
発見されたときには、こんなにキレイだった腫瘍が、切除時にはグチャグチャになっていて
どこが腫瘍が分からない状態。
細胞が活きているってことを実感させられます。
と同時に、のんびりスケジュールを組んだら、もっとひどいことになっていたかも?
でも先生達は、「そこそこ、もっと奥まで」とか言って内視鏡とメスを動かしていく。
メスを操作するのは若い先生。
主治医は高齢の方で、「そこを切れ!もっと奥まで!そうじゃない」とか
命令口調で言うだけ。
若い先生が下手なのか、切除の時間が長く、段々気持ち悪くなってきた。
看護師の方が大丈夫ですか?って言うので、「気持ち悪いです」
って言ったら、「もう少し、我慢して下さいね。」
全然、優しくないですね。
(´;ω;`)ウッ…
更に10分位、格闘して、メスを内視鏡を抜いて、もう、診療台から降ろしてもらえるかと思ったら
今度は、おしっこと消毒用の管を入れ始める。
手術台は、手術やパイプを入れる作業がしやすいように、腰が少し高くセットされていて
頭が一番下なので、長い時間、逆さまにされていたためか、とっても気持ち悪く
朝食を食べていたら、間違いなく、吐いていたと思う。
パイプのセットも終わって、診療台が平行に戻されたときの安堵感は、今まで経験したことのない
感覚でした。
ただ、平行に戻っただけでは気持ち悪さはすぐに解消されず、診療台から病室のベットに
移され、寝返りではないですが、少し半身になって初めてほっとしました。
それから1日、1L以上の水分を取るように言われ、お昼は抜きで点滴となりました。
点滴を付けていると病人っぽいですね。
腰のあたりから出ているオレンジの管は、おしっこ用です。
切除手術をした後、おちんちんの周りは血だらけ状態で、おしっこにも血が混じってます。
こんな状態ですが、1日ぶりの夕食がこの日でました。
暑い日々が続いたためか、冷やしそうめんでした。
久々の食事だったのでガッツリ喰いたいところでしたが、病院食なので仕方ありません。
お吸い物はとてもおいしく、すきっ腹に、とても沁みました。
心も落ち着きました。
1日何も食べない日って、なかなかないので、感謝感激です。
この日の夜は38.4℃までの熱が出ましたが、別に苦しいとかはありませんでした。
点滴やおしっこの管が邪魔で寝返りを打ちづらいのが、眠りにくいのですが、
疲れて自然に寝付きます。
23日の朝食はパンでした。
オムレツは美味しかったです。
金曜日のお昼が一番おいしかったです。
ヒレカツが出ました。
これからはお肉も出るのかと期待しましたが、出ませんでした。
お昼の点滴を抜いて、担当の研修生と談話室で、オセロや将棋をやって遊びました。
オセロは1勝、将棋は4勝2敗でした。
将棋は僕の負けて終わってます。
彼女はほとんど将棋が初めてなのですが、考えながらやるゲームが好きなようで、
段々とコツをつかんで、やり方を覚えてきたようです。
(あと10回位やったら、僕と平打ちもできる位にはなるかも?)
夕食はタイの煮つけが、絶妙な味付けで良かったです。
が、夕食のご飯は何故か?少し柔らかい?
夕食は食べやすく柔らかくしているのか??
お昼はおいしくご飯も食べられた。
24日土曜日
朝食はサケとヨーグルトがついていましたが、少しチープです。
この後、先生が来て、おちんちんの管を取ってくれました。
お昼はミートスパとサラダと牛乳。
もう、病院食の量に慣らされて、この量でも全く苦になりません。
習慣って恐ろしいと思った。
(普段、食いすぎているってことか?)
管もすべて取ってもらったので、この日、初めてお風呂に入りました。
病院のお風呂はとってもキレイで、気持ち良かったです。
患部の血も洗い落とし、体をやっとキレイにできました。
このころからトイレが1時間に1回から、多い時は3回も行くことになり
トイレまでの移動が、僕のわずかな運動。
僕の病室は4人部屋なのですが、二人一時退院していき、部屋が少し静かになりました。
いびきの酷い人や、ちょくちょく看護師さんを呼んで、声の大きな人がいたので、環境が良くなりました。
土曜日の夜の食事は最後の晩餐ってことで期待しましたが、
土曜日はどれもあまり...
土曜日は花火が上がっていました。
港の方で祭らしいものがあったかもです。
僕の病室からは花火が見えませんでした。
(日曜日の昼間、清水駅前を通ったら、なんかイベントをやっていた、この花火かな?)
25日
朝食はこんな感じ。
毎朝、看護師さん、お医者さんが挨拶に来てくれてました。
ここの病院は凄く感じのいい病院で、富士市にある中央病院とは対応が全然違います。
入院するならこちらオススメします。
(中央病院は僕はありませんが、親戚が何度か入院していて、その様子と比べてみての感想です)
お昼前にYOKOが迎えに来てくれ、退院後の生活とかの指導を受け、
入院費用は次回、7月10日(月)の診察の日か振り込みでお願いしますとのこと。
この辺りもすごく親切ですよね?
患者にお金の心配も極力なくすようにしています。
(未回収って発生しないのか??逆に心配になります)
と言うことで無事退院。
明日、手術後の検査に行ってきて、状態を確認してもらい、はれて、ウィンドの許可がおりたら
嬉しいな~って思います。
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