S山のどうしようもないこと・北海道犬添え

北海道犬のコイチと飼い主「S山」のどうしようもないあれこれ。主に田舎暮らし。

誤報、やってしまった

2015-02-26 | 日記
 昨日書いた記事に、多数の誤りがあった。
小沢氏が訪韓した理由は、韓国政界の元重鎮の葬儀ではなく、
元重鎮(首相も務めた方のようだ)の奥様の葬儀だったようだ。
韓国を見下した発言をしたとされるのは、菅官房長官のようだ。

まあ、間違ったことを書いてしまったのだから、誤報である。
申し訳ない。

 しかし、小沢氏は韓国政界の重鎮ではなく、
重鎮の「奥様」の葬儀に行ったことになる。

 田舎では、世話になっている人の、身内に不幸があった場合も、
よく悔みを出すことがある。

 もちろん、世話になっている人自身の葬儀にも行くのだが、
死んでから感謝したり、悼んだりしても、人間関係上の大きな発展はあまりない。

 当然であろう。相手方は死んでいるのだから。
相手の身内には好印象を持たれるかもしれないが、仕事上での人間関係の親密化は図れない。

 むしろ、仕事で世話になっている方の、配偶者や両親が亡くなった場合は、
確実に、火葬や葬儀に参列しなければならないのだ。
 関わりの深さや、シマギの関係から、香典のみにとどめることも多い。

 これも、疑心暗鬼であろう。
小沢氏の訪韓は、ゴマスリなのではないか。
いったい小沢氏は、韓国とどんな関係を持っているのだろう?
その関係は、日本のためになる、関係なのだろうか?
今は、まだわからない。
でも、いい悪いがわかった時には、もう後戻りできなくなっていたりしないよな。

今日、韓国では通姦罪が違憲判決となり失効したしたそうだ。
日本でもすでに無くなった法律らしい。
まあ、どうでもいいことだ。

嬉しい兆しと、変わらないこと

2015-02-25 | 日記
 三陸園芸レベルアップセミナーという、岩手県沿岸振興局主催の
講習会に参加させていただいた。
 岩手県沿岸部に住み、農業に従事あるいは、新規就農を目指す、
20代30代の若い経営者が農業経営について、学ぶ講習会である。
全6回の最終回が2/24に行われた。

 最終回はこれまでのセミナーで学んだことをもとに、
「経営戦略ビジネス計画書」をそれぞれが作成し、発表し討議した。

 「地域の空気を変えたい」
 「有機でいいものを届けたい」
 「信頼にこたえられるものを作りたい」
 「女性の力をフルに生かしたい」
 「自分の思いを実現したい」

被災し、環境が大きく変わる中で、地域の未来を真摯に見つめ、
努力を惜しまず、自らの思いを実現させたい。
という、とても純粋で、明るい発表が多かった。

 絵空事だと笑う人もいるかもしれない。
でも、彼らは、真剣だ。
 座して死を待つようなことはしない人たちだ。
地方はただ消滅するときを待っているのではない。
これからが、面白い時代の始まりなのだろう。
とても明るい気持ちになった。



――ここから先は、政治的な内容が含まれています。――



 そんな素晴らしい一日の終わりに、
朝読めなかった「岩手日報」を開いた。
韓国政界の元重鎮の葬儀に生活の党の小沢氏が参列したといった記事が目に入った。
その際「日本は韓国を見下している」そんな言葉を聞いてきたようだ。

 小沢氏は岩手選出の国会議員である。
選挙区は、内陸南部で沿岸は選挙区ではない。

 死を悼み、弔うことは人間の当然の行為である。
ネアンデルタール人からつづく人類共通の大事な思いである。
きっと、小沢氏にとって元国政界の元重鎮は大切な方だったのであろう。

 小沢氏は震災後、しばらく岩手に足を運ぶことがなかった。
岩手の沿岸で、津波の犠牲となった人々に、真心から、哀悼を捧げてくれたのだろうか?

 あくまで、疑心暗鬼になっているだけなのだろうけど。
全国的に見れば、小沢氏は「岩手選出の国会議員」なのだ。
韓国の言う「日本は韓国を見下している」という言葉を鵜呑みにしているのだろうか?
韓国は日本に見下されないような振る舞いをしているのか?
日本人や韓国人がみんな同じ考えを持っているとでもいうのか?
そんなはずはない。いい韓国人も、悪い日本人もいる。その逆もだ。
考え方が合う、合わないもある。
一羽一絡げはよくない。

ただ、小沢氏を選挙で落とすことは、沿岸民にはできないことだ。
民主主義ってなんなんだろうな。
 

スズメから考える、雑穀文化

2015-02-13 | 日記

あらためてスズメを見たのは初めてだ。
秋には雑穀の畑を一日にして丸裸にする「害鳥」。
春から夏にかけては、稲につく虫を喰う「益鳥」。
冬には、雑草の種子を喰っているそうだ。なんと見事な「益鳥」であろう。
 我が家の防風林の杉の梢にとまり、犬を騒がせるスズメ。
昔はもっと大群でいたそうだが。まったく信じられない。
 岩泉は急峻な地形と、夏のヤマセによる低温日照不足のため、
戦後の昭和30年代まで大規模な水田を持たず、
林業資源、主に材木と木炭。鉱物資源、耐火粘土と石炭。江戸時代には砂鉄から沸かした玉鋼。
畜産資源、生乳、日本短角種の飼養。そして養蚕によって、成り立った町である。
 どっぷりと貨幣経済につかる中で、米の補助食料として、あるいは非流通経済の中で、自給的な雑穀栽培が主体であった。
自給用の雑穀は、盛んに栽培され、中でも「ひえ」「あわ」「むぎ(大麦)」「まめ(大豆)」が大部分を占めた。
この中で、大麦は穀粒が大きく、半夏生の前後に収穫されることから、鳥害を受けにくい作物である。
大豆も、ハトやカラスによる発芽直後の捕食が著しいものの、スズメによる食害はあまりない。
 これに対して、ひえやあわは穀粒が小さく、また、水稲よりもやや早く登熟することから、
甚大な被害を受けやすい。
ひえは2年3毛作の最初の作物で、残渣が家畜の飼料になること、夏季の冷涼な気候に強いこと、
何より、耐湿性が高く、他の穀類が栽培できない「やちけい」でも栽培できたため、
非常に重要な「主食」であった。
ところが、スズメにはめっぽう弱い。
いったい、岩泉の先人達はどうやって、スズメの大群から作物を守り、糧を得ていたのだろうか?
まったくもって不可解である。
「スズメよお前の先祖は、われらの先祖と、どう対峙したのだ?」



夜の足音。久しぶりの来訪者

2015-02-12 | 日記

 大学を震災のどさくさにまぎれ、卒業したことにしてもらい。
地元、岩泉の三セクに勤めるようになってから、実家で暮らしている。
 居室は2階にある。一緒に住んでいる親が、部屋まで来ることはあまりない。
ゆえに、わざわざ親が来ると、驚く。特に夜だと、すごいビビる。
 布団に横になっていると、2階の廊下をとっとっとっとと、足音が近づく。
気づいたらすぐに起きる。だいたいが「火事だ!出動!」となる。
心して起きないと、5本指靴下の親指の穴に、親指と人差し指2本とも突っ込んでみたり、ヤッケをけーちゃに着たりする。
タオルと軍手を忘れて、火事場に行くと、煙をまともにくらって大変だったりもする。
といっても、まだ火災出動は5回。それでも、しんどい思いもした。

 昨夜も、嫌な足音が近づいてきた。
「おいおい、やめてくれよ。今日はもう疲れて眠いのに・・・」
と思いながらも、飛び起きた。ところが、母上曰はく。
「コイチが呼んでるよ。」
久しぶりだった。
何か山に住む「野生獣(けだもの)」が近くまで来ているという合図だ。
急いで、外へ出る。コイチは
「獲物がいるよ!(くぅんくぅんくんくぅん!)」と鳴いている。
物音が鶏小屋から遠ざかる。そこで一枚フラッシュをたいた。

相手はなかなか逃げない。石を投げる。当たるはずもない。こちらの戦意を見せるためだ。威嚇である。
「来るな来るな!ここはお前の餌場じゃないぞ。人間の飼ってるものを喰うなんて、情のないことをすると、ただじゃすまないぞ!」
そう言って、も一つ石を投げる。けだものは山へ帰って行った。
その時は「ねこ」だと思っていた。

どうやら、キツネだったようだ。
 コイチを飼い始める前から、ニワトリを飼っていた。
しかし、キツネの子育て時期になると、毎晩、一羽ずつ持って行かれていた。
コイチは立派に番犬の役目を果たしている。
では、「私の役目」はなんなんだろう。

「地方消滅」の時代らしいが。内発的な改革はありえるか?

2015-02-11 | 日記
 数日前の岩手日報の広告欄に「地方消滅」と「地方消滅の罠」という2冊の本が載った。
消滅の可能性が高い市町村第4位「岩泉町」とも読み取れるランキングが目を引いた。
まだ、同書を読んでいないので、中身は知らないが、あまり良い話ではなさそうだ。
 仕事柄この時期は、それほど忙しいわけではない。むろん暇でもないが。
少し余裕がある時期だからこそ、普段は考えられないことを、考えてみることも必要だろう。

 岩泉町は私を育ててくれた大切な町だ。そして、愛すべき町だ。
自然資源は多様にある。面積は広い、森も深い。河川は源流から汽水域、海まである。
洞窟、湧水、湿原、風性草原、カモシカ、イヌワシ、サンショウウオ、カワシンジュガイなど、挙げればきりがない。
鉱物資源としては、今では採算が合わず見る影もないが、耐火粘土、石炭、石灰岩、マンガンなどが産出したらしい。
マンガンは戦時中に、戦車の履帯用の合金になったとか。
岩泉産のマンガンを含む履帯を履いた「九七式中戦車チハ」がいたかと思うと、なんとも感慨深い。


 では、このような資源や良さがあれば、地方は消滅しないのだろうか?
そんなわけはない。現に、人口は減少するばかりだ。間もなく、岩泉町の人口は公式に10,000人を切るだろう。
 結局、いかに資源が多くあろうとも、これを金銭的価値に変換し、資本主義社会の中で、生きていくしかないようだ。
しかも「血税」で補填されながら。納税者に「理解」を求めながら。都心の若者の税金で、未来の日本国民から借りた金で、
私は明日の糧を得ているのだ。
「富の再分配」とは、努力すれば金銭的に報われ、豊かになれる自由な社会を、捻じ曲げることだ。
私が地方に住むということは、自らも払う税金以上に、同じ日本国民の血税を浪費して生かしてもらっているということだと。

 道路の維持費、公共施設、学校、除雪費用、医療費...私は都会の納税者に足を向けて眠れないではないか!
これでは、静かな心で暮らせない。私は、外部からの力によらず、自らの気づきによって、変わらなければならない。
 地方交付税がなくたって、生きていける地域社会をつくらねば。都会民と対等に話ができるのは、それからではないか。
地方は自ずから変わらなければならない。たとえ、80歳、90歳でも現役で働かなければならない社会であろうとも、
「贅沢は敵だ!」「ほしがりません、自立までは!」と鬼気迫る標語を掲げてでも。
そういう覚悟で、田舎に住まねばならんと思う。