生き残り 時代とともに 変化して
(この背景は、以下に
掲載 致します、、
その1、、のつづき です、、)
ここで再び、
2024年11月29日(金)報道記事より、、(校正あり)、、、
(、、その1 のつづきです、)
大手繊維メーカーの
ユニチカが、
繊維事業から撤退することを
発表した。
(、、その1 のつづきです、)
大手繊維メーカーの
ユニチカが、
繊維事業から撤退することを
発表した。
高度経済成長を支えた
繊維業界で、
事業の縮小・撤退が
いま、相次いでいる、、
、、今期は103億円赤字か
870億円の金融支援求める、
、、名門企業ユニチカが
繊維事業から撤退表明、、
そのユニチカは、令和6年、
2024年11月28日、
祖業の繊維事業312億円を含む
年間売り上げ1200億円の
4割にあたる事業から
撤退することを 表明した、、
ユニチカ 上埜修司社長
「この度、ユニチカグループは
事業再生計画を提出し、
再生支援の申し込みを行いました」
事業を縮小させる理由とは…。?
上埜社長
「(安い)中国品が
入ってくることであるとか、
非常に市場環境の競合が
厳しくなった
というのも一因でございます」
さらに、今期も
マイナス10億円見込み、、
円安や原材料の高騰の
影響により、
繊維事業の営業利益は
2021年3月期から
4期連続赤字で、
今期もマイナス10億円を
見込んでいる。
上埜社長
「当社の現状は
収益力の低下に伴い
資金創出力が失われ、
足元では自助努力による
資金繰りの維持が
困難な状態です」
として、
870億円の金融支援を求める
方針を固めた、、
、、今期の連結最終損益は
103億円の赤字となる見通し、、
経営再建に向けて、
官民ファンドや銀行に
債権放棄を含め
870億円の金融支援を求める。
、、ユニチカって、どういう会社?
今後の事業は?
業績悪化…全取締役が退陣へ、、、
明治期から高度経済成長期まで、
日本の基幹産業だった
繊維産業で
「三大紡績」と呼ばれた名門企業
ユニチカ。
ユニチカは、1889年創業後、
1918年に
「大日本紡績」となってからは、
「鐘淵紡績
(カネボウ→現 クラシエ)」
「東洋紡績(現 東洋紡)」
と並び
「三大紡績」と呼ばれました。
このうち、
カネボウ(現クラシエ)は、
日用品や薬品などで復活を遂げ、
東洋紡は、医療品が主力事業へと
「三大紡績」と呼ばれた
競合他社は、その後、
多角的に事業を展開に次々成功。
一社ずつ見ていくと、
カネボウ(現クラシエ)は
2004年、繊維事業の不振などを
理由に 破綻しますが、
日用品や薬品といった事業で復活。
東洋紡は、
医療品が主力事業に なりました。
一方で、ユニチカは
繊維以外に 活路を
見いだしきれませんでした。
それでは、ユニチカの今後は…?
ユニチカ現社長に伺いました、、
ユニチカ、上埜社長
「将来性のある事業である
高分子事業、無機系素材の
機能資材事業で構成される
ポートフォリオへと
変革していきます」
、、食品包装用フィルム
などに 経営資源を集中、、
例えば、
ソーセージや餅などに使われる
衝撃に強い食品包装用フィルム
など、
需要が伸びている事業に
経営資源を集中させる方針です。」
「このような形をとる
ということを
非常に反省点が多い
というか、
痛恨の極み
ということになりますが、
今回ユニチカグループが
存続するための
最後のチャンスを
いただいたものと
考えております」
という言葉を 現社長は遺した。
業績悪化の責任を取り、
来年2025年4月をめどに
退陣する方針だという、、、
、、、
再掲載
生き残り
時代とともに
変化(ヘンゲ)して