4月26日宇和島城代右衛門丸跡の石垣修復の説明会があり、河野君を無理やり連れて参加することに。数十人の参加だったが、河野君が一番若く次に若いのは自分?って感じ。 こういうときは、いつもは入れないところに入れるのが楽しみ。 石垣は、新旧の石垣が合わさった部分が、上に植わっていたクスの成長に伴い、無理が掛かり崩れたらしい。クスの根の成長1cm2につき10kgの力が掛かるそう。
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石垣の古い部分は、江戸時代初期の藤堂高虎時代のもの、自然石を用いて、幅が1mを超える石も多用され江戸初期の「見せる石垣」となっており他の城ではなかなか見ることができないものだそう。新しい部分は幕末に修理されたもの。
崩れた石は150個、崩れる前の画像と照らし合わせて、9割方、元の場所が特定できたらしい。石の中には矢穴が4面に見られるものもあり寸法どりが行われていたもよう。宇和島を始め南予ではなぜか寸法が大きいらしい。
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左が古い石垣、右が幕末に修復した石垣。
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現場の見学後、愛媛大教授の江崎先生の「石垣と樹木を考える」講義があり、このまま樹木を放置すると、そこら中崩れるとのこと。まず天守閣前のクスは切った方がいいと言われると受講生からあれは切られんと、即、声がかかり、文化財保護と自然保護の難しさを感じる。
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最後に、代右衛門丸跡の見事な石垣です。(幕末)
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