2014年11月29日 日本経済新聞
正面から見るととぼけた愛嬌がある(東海大学海洋科学博物館提供)正面から見るととぼけた愛嬌がある(東海大学海洋科学博物館提供)
ロサンゼルスの水族館で聞いた魚の講演会は、繁殖生態などのユーモアたっぷりな講師の話しぶりに笑いが絶えなかった。フグの話もあって、毒があるフグを日本では食用にしていて、年間10人ほどが中毒で死ぬという話に会場が沸いた。毒がある魚を、なぜ日本人はわざわざ食べたがるのかという雰囲気を感じて、複雑な気持ちになった。フグのおいしさを知らないのだろう。
■怖いフグ毒、実は外部から取り込み
もっともフグ中毒で年間10人が死ぬというのは古い情報で、最近は5年間で1人だけだ。フグ毒は神経や骨格筋をまひさせる神経毒で、中毒になると、手足がまひして呼吸困難になり、ついには窒息死する。有効な直接の治療法や解毒剤はないが、人工呼吸などで一定時間呼吸を維持すれば助かることが多いという。
フグはどうやってフグ毒(テトロドトキシン)を持つようになるのだろうか。昔はフグだけがフグ毒を持つと考えられていたが、40年ほど前に奄美大島のツムギハゼにもフグ毒が見つかり、その後、ヒトデやタコにもフグ毒を持つ種類が見つかった。
いろいろな動物にフグ毒があるのは、それぞれの動物が毒をつくるのではなく、何かがつくった毒を食べてため込むのだろうと予測された。研究の結果、フグ自身にフグ毒をつくる能力はなく、海で普通に生活する細菌がつくった毒を他の動物が順々に食べ、つまり食物連鎖によってフグなどに蓄積されるということが分かった。
水揚げされるトラフグ。体を膨張させている(浜名湖学習館ウォット提供)水揚げされるトラフグ。体を膨張させている(浜名湖学習館ウォット提供)
フグ毒が普通にいる海洋細菌によってつくられるならば、なぜ特定の動物が毒を持つようになるのだろうか。フグ毒に対する魚の抵抗性を調べた東海大学の斎藤俊郎先生によると、イシダイなど一般の魚はフグ毒に対する抵抗性がほとんどなく、毒を食べると微量でも死ぬのに対して、毒フグはその300~700倍の強い抵抗性を持つという。つまり、フグ毒を持つ動物には、体内にフグ毒を蓄積する能力があるというわけだ。
円い黒斑がトラフグの特徴(東海大学海洋科学博物館提供)円い黒斑がトラフグの特徴(東海大学海洋科学博物館提供)
フグは何のために毒を持つのだろうか。有毒フグでは体表の粘液にも毒があるので、外敵から身を守るのに役立っているのは確かだろう。ただそれだけでなく、フグ毒を含む餌で育てたトラフグは、毒を含まない餌で育てたトラフグよりも病気への抵抗力が増し、成長率、生残率なども向上するという。最近では、腸内細菌を活性化させて消化能力を高める機能があるらしいこともわかってきた。フグ毒には、身を守るだけでなく、それを摂取することによって成長がよくなるという積極的な機能もあるようだ。
■有明海や瀬戸内海で回帰を確認
トラフグは日本列島周辺に広く分布し、3月から5月に九州北部では有明海湾口、福岡湾口など、瀬戸内海では尾道、備讃瀬戸など、特定の比較的狭い範囲の場所で産卵する。産卵場所は潮通しの良い湾口などで、孵化(ふか)した仔魚(しぎょ)は湾内の干潟域で稚魚期、幼魚期を過ごす。その後、成長に従い分布域を拡大し、東シナ海などの外海に回遊して成長する。
よく知られているように、サケは川で生まれて海に下って成長し、生まれ故郷の川に帰って産卵する。最近の研究の結果、トラフグも外海を回遊して成長したのに、自分が生まれ育った産卵場に戻ってくると考えられるようになってきた。
有明海湾口で生まれ、標識をつけて放流したトラフグの幼魚は、エサを求めて東シナ海などの外海に出たところで福岡湾や瀬戸内海から来たトラフグたち魚と交じり合うが、2年から3年後には産卵のために再び有明海湾口に戻ってくる。その群れの中に他の場所から放流されたトラフグは混じっていなかったという。一方で、瀬戸内海の尾道の産卵場で放流されたトラフグの成魚が翌年も同じ場所に戻ってきたという調査結果もある。
トラフグもサケと同じように、産卵場に回帰する習慣を持つ、ロマンを感じさせる魚なのだ。
虎河豚(とらふぐ)の威嚇ともあれご愛嬌(あいきょう) 建一郎
(葛西臨海水族園前園長 西 源二郎)
西 源二郎(にし・げんじろう) 1943年生まれ。専門は水族館学、魚類行動生態学。70年、東海大学の海洋科学博物館水族課学芸員となり、2004~09年に同博物館館長。同大学教授として全国の水族館で活躍する人材を育成した。11年4月から14年3月、葛西臨海水族館園長。著書に「水族館の仕事」など
仔魚:魚類の成長過程における初期の発育段階の一つ。幼生とも呼ばれる。
稚魚 : 魚類の成長過程での初期のステージのひとつ。生物学上は仔魚と稚魚は明確な定義で区別される。仔魚の次のステージが稚魚である。
幼魚:未成魚のことで、魚類の成長過程における段階の一つを指す(稚魚の次の段階)。一般的に使われることが多い、幼魚や若魚はこれに含まれる。その種として見分けが付く程度に成長しているが、成魚とは模様などの外見的特徴が異なることが多い。しかし種によっては大きさを除いた外見(色、模様、体形など)が、成魚とそれほど変わらないものもある。行動の様子や生理機能は成魚のそれに近づく。
成魚:魚類の発育過程における一つの段階で、繁殖が可能になった魚を指す(未成魚の次の段階)。体の大きさや外見が成魚と変わらない場合も、繁殖の準備ができていなければこれに含まない。
2014年11月29日 日本経済新聞
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