〝過越しの祭り〟にあわせて、颯爽とエルサレムへの
入城を果たしたイエス一行に対する民衆からの盛大なる
歓迎の嵐から1週間も経たない同じ週の金曜日になると
ユダヤの群衆たちは一転して「十字架につけろ」と声高
に叫んでいたことが、ダ・ヴィンチの脳裏に張り付いて
どうにも離れない大きな疑問点でした。
『この人を見よ』 グエルチーノ(1647年)
『この人を見よ』 eastwindow18.hatenadiary.com
「この人を見よ」部分 グエルチーノ画 mementmori-art.com
それが「罠」につながるモチベーションを動機づける
ことにもなった要因のひとつでもあることは、以前にも
お話したとおりですが ・・・
子ロバに乗ってエルサレムに入城するイエス
エルサレムに入城するイエスの姿を見た多くのユダヤ
の民衆は道に上着や枝を敷き、主から遣わされたメシア
の到来を歓喜の声で迎えたといいます。
画像元:igmtokyo.com
ところで、
甘い蜜に誘われるひとひらの蝶(🦋)が、迂闊にも
見えない蜘蛛(🕷)の糸に絡まるように、パウロの思い
描く謀略の罠(シナリオ)に掛かったイエスは、洗礼者
ヨハネを裏切って、贖(あがな)いの十字架にかかると
いう大芝居の主役を演じてしまいます。
出典:blog.goo.ne.jp
「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」
(わが神、わが神、なぜわたしを
お見捨てになったのですか)
それにしても、
「私は渇く」 blog.goo.ne.jp
西暦30年頃の出来事とされるゴルゴダの丘での野外劇
は見事なるパフォーマンスでした。
イエスが十字架にかかった時点では、彼はユダヤ教に
おける「異端者」であり、民衆からの憎悪の嵐をその身
に引き受け改心なき「救世主」を演じていたわけです。
その様子を『マタイの福音書』から見てみましょう。
さて、
昼の12時に、全地は暗くなり、それが3時まで続いた。
3時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。
「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」
これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てに
なったのですか」という意味である。
そこに居合わせた人々のうちには、これを聞いて、
「この人はエリヤを呼んでいる」と言う者もいた。
預言者エリヤ? christianpure.com
そのうちのひとりが、すぐに走り寄り、海綿を取って
酸いぶどう酒を含ませ、それを葦の棒に付けて、イエス
に飲ませようとした。
「私は渇く」 jcfa.exblog.jp
他の人々は「待て、エリヤが彼を救いに来るかどうか、
見ていよう」と言った。
しかし、イエスは再び大声で叫び、息を引き取られた。
その時、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂け、
地震が起こり、岩が裂け、墓が開いて眠りについていた
多くの聖なる者たちの体が生き返った。
そして、イエスの復活の後、墓から出て来て、聖なる
都に入り、多くの人々に現れた。
百人隊長や一緒にイエスの見張りをしていた人たちは、
地震やいろいろの出来事を見て、非常に恐れ、「本当に、
この人は神の子だった」と言った。
「完了した」 blog.goo.ne.jp
以上、日本聖書協会『聖書 新共同訳』
『マタイの福音書』27章45-54節より
イエスは少なくとも、表向きの理由としてはローマに
反逆した廉(かど)で十字架刑に処されるのですが、
十字架での死こそが受難劇のクライマックスでした。
出典:blog.goo.ne.jp
「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」
(わが神、わが神、なぜわたしを
お見捨てになったのですか)
イエスが死に至る時、身体の弱さのため、神の子である
とされるイエスは人々からの嘲りと辱めに遭いながら、
出典:blog.goo.ne.jp
しばらくの間、神からの聖なる栄光が弱められることが
ありましたが、天の父は、御子の死に特徴を付与すること
を忘れることはありませんでした。
イエスが殺されるにあたって、ご自身の民の信仰を守り、
希望を与えようとする慈しみ深い神の計らいにより、将来
与えられるであろう驚異的な天の栄光の前兆を、しるしと
して見せられるわけです。
その第一のしるしは、イエスが十字架にかけられた正午
に全地が暗くなったということです。
暗くなったということは、真っ昼間に太陽が沈むという
ことですから、日食でも起こったのでしょうか?
しかし、
ある学者によると、過ぎ越しの時期は満月になる時期で
あり、日食の可能性はないと言います。
それでは
砂嵐などによって太陽が遮られでもしたのでしょうか?
あるいは、厚い雲が覆ったとでもいうのでしょうか!?
とにかくも、マタイは全地が暗くなって、イエスの死が
ただ事ではなかったことを悟らせようとしているようです。
三本の十字架 yamanashichurch1909.blogspot.com
ところで、他の福音書を参照すると、イエスは十字架上
において7つの言葉を残したと考えられます。
しかしながら、
マタイは、十字架上の描写において全体的に沈黙を守り、
神に命乞いをするかのように聞こえる弱々しい言葉だけを
選んで記述しています。
十字架上の言葉とは、
①「父よ、彼らをお赦しください、彼らは何をしている
のかわからないのです」
② 十字架にかけられた強盗に対し「よく言っておくが、
あなたは今日私と一緒にパラダイスにいるであろう」
③ 母のマリアに対し「婦人よ、ごらんなさい。これは
あなたの子です」 そして ヨハネには「御覧なさい、
これはあなたの母です」
④ 「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」
⑤「私は、渇く」
⑥「すべてが成し遂げられた(完了した)」
⑦「父よ私の霊を御手に委ねます」
と言う7つの言葉です!
そして、
マタイはこの7つの言葉の中から、たったひとつだけ、
「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」を記録しました。
この言葉は、詩編22編の引用で、その意味は、わが神、
わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか?
となります。
「エリ」をアラム語で表記すれば「エロイ」ですから
、マタイは「エリ」だけをヘブル語で表現して、残りは
アラム語で表記しているようです。
実のところ『新約聖書』において、イエスが「わが神」
と呼び掛けている箇所は、ここ以外にはありません。
通常、共観福音書においてイエスが神に呼びかける時
には「父よ」と呼びかけるからです。
これはイエスが、罪人の身代わりになって、その罪に
対する裁きを受けていることを暗に示しています。
神の一人っ子であるイエスが、この時に、愛と信頼に
満ちた父子関係から離れて、人として低くなり、義なる
審判者に罰せられる罪人として「我らが父よ!」という
意味で発した言葉であって、徹底した主従関係に入って
いるわけです。
茨の冠を頭に載せられたイエス blog.goo.ne.jp
マタイはここで、イエスが自分を罪人と完全にひとつ
になっていることを示しておきたかったのでしょうね。
この時にイエスが感じた恐怖と悲しみとは、古今東西
の罪人に対する怒りの集中であったということを考える
とそれはいかばかりだったでしょうか?
我々の認識を遥かに超えた想像を絶するような恐怖と
悲しみだったに違いありません。
そんな恐ろしいイエスの叫びも、愚かで無知な者たち
には悟ることができず、相も変わらず嘲り続けることを
止めようとしませんでした。
★『マタイの福音書』47~49節をご覧ください。
47節 そこに居合わせた人々のうちには、これを 聞いて、
「この人はエリヤを呼んでいる」と言う者もいた。
48節 そのうちの一人が、すぐに走り寄って 海綿を取り、
酸いぶどう酒を含ませ、葦の棒に付けて、イエスに
飲ませようとした。
49節 ほかの人々は、「待て、エリヤが彼を救いに来るか
どうか、見ていよう」と言った。
そこにいた、恐らくはユダヤ人だと思われる民衆の中の
誰かが、「エリ、エリ」と叫ぶイエスの言葉を聞いた時に、
彼はエリヤを呼んで助けを乞うていると言いました。
これは、決して発音が似ているために、勘違いをしたと
いうことではありません。
イエスを馬鹿にしようとして、故意にイエスの「神への
祈りの言葉」をエリヤに対して命乞いしている!と意図的
に冗談めかして笑い者にしているのです。
ユダヤ人にとってエリヤとは、終末論的期待の中で重要
な預言者たる人物でした。
このことから、次第にユダヤ人にとっては、必要な時に
天からエリヤが現れ、助けてくれるという思想が発展して
いくことになります。
このことを、現代風に言えば、それぞれが心に思い描く
「スーパー・ヒーローを呼んでいる」ということです。
預言者エリヤ
そして「そのヒーローが来るのかどうかを待ってみよう」
と言っているのと同じような感覚です。
悪魔は、罪人の立場となって、その身を捧げようとして
いるイエスの祈りを馬鹿にすることによって、その祈りの
心さえも奪おうとしているのです。
一人のローマ兵と思われる人物が走り寄ってきて、善意
で酸いぶどう酒を含ませた海面を棒に付けてイエスの口に
含ませようとしました。
酸いぶどう酒とは、ワインビネガーを水に薄めたもので、
水より効果的にのどの渇きを除く、安価な飲み物でした。
普段、労働者やローマ兵が自分用に持っていましたので、
それを与えたのだと考えられます。
しかし、それを制するように、おそらく群衆の中の一人
のユダヤ人が、「待て、エリヤが彼を救いに来るかどうか、
見ていよう」と半分冗談交じりの言葉を吐くわけです。
最初にイエスの十字架上での祈りを、嘲り笑い、今度は、
その冗談が他の人に伝播されて、相槌を打つように軽口を
浴びせながら、目の前の状況をさらに重ねて滑稽なものに
しているのです。
もうすでに全地が暗くなっている状況にあって、彼らが
どれほど無知蒙昧であったのかが分かるのです。
第二のしるしは、イエスが息を引き取った直後に起こり
ました。
★『マタイの福音書』50~53節をご覧ください。
三本の十字架 yamanashichurch1909.blogspot.com
ちなみに、50~53節に記された五つの神秘的な出来事の
動詞が、すべて受動態になっています。
直訳すると、真っ二つに裂けられ、地震が起こされ、岩
が裂けられ、墓が開かれ、身体が生き返された。
となっていて、その主語が「神によって」であるという
ように誘導していることがわかると思います。
そしてイエスは再び大声で叫び、息を引き取るのです。
そのとき、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂け、
地震が起こり、岩が裂け、墓が開いて、眠りについていた
多くの聖なる者たちの体が生き返るというわけです。
そして、
イエスの復活の後、彼らは墓から出て来て、聖なる都に
入り、多くの人々に現れたという設定です。
神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けるのですが、
この象徴的な出来事は、イエスの十字架での死が、神に
ささげる永遠の真の供え物となり、これまでイエスの犠牲
の供え物の代用であり、ひな型であった旧約の諸々の祭儀
制度が、完全に廃棄されたということを示しています。
従って、これまで、神と人とを隔てていた神殿の回りに
ある庭だとか、聖所と至聖所を隔てる垂れ幕などが永遠に
取り除かれて、新約の時代においては、誰でもがいつでも
イエスを信じる信仰によって、神の御前に大胆に進み出る
ことが許されるようになったというわけです。
第三のしるしは、地震が起こり、岩が裂けて、墓が開き、
聖なる者たちの体が蘇ったということであり、さらに彼ら
が聖なる都エルサレムに入って数多くの人々に見られたと
いうことです。
大変神秘的な奇蹟が起こりましたが、この部分の解釈
は実のところ神学者によって随分と意見が別れるのです。
『コルゴファの夕べ』(イエスの埋葬準備の光景)ヴァシーリー・ヴェレシチャーギン1869年
恐らく、イエスの肉体が惨めな弱さを持って死んだが
ゆえにその時に、イエスの死が担った神的能力が地獄に
まで及び、墓が開かれたということでしょうか?
墓が開かれたということは、新しい生命の前兆であり、
その実としての「墓からの復活」は、それから三日後に
起こったと考えられます。
なせなら、
〝復活〟の初穂はあくまでもイエスだからです。
第1コリント15章20節には次のようにあります。
しかし、実際、キリストは死者の中から復活し、眠り
についた人たちの初穂となられました。
『復活』cdn-news.org
イエスは十字架で死に、三日後に死者の中から復活し、
その時に、他の人々も連れて墓から出たという風に理解
することは可能です。
しかしながら、
そのように理解しても2つの大きな問題に直面します。
第1に、イエスの復活が起こった際に、過去の聖なる
者たちの中から多くの人々が一緒に蘇ったとする奇跡に
関し、その者たちの人選や選別の基準は一体、何だった
のかについての問題です。
言うなれば、
本来なら、神を信じるすべての者に同じように起こる
ことなのに、ここでは何故、一部の聖徒たちだけを復活
させたのか?ということです。
たとえば、それは、
キリストの再臨や神の国が完成した暁には、そうした
ことが起こることになりますが、まだこの時点において
はすべてのことが満ちてはいなかったので、神は何人か
の人々を通して、信じる者に将来、与えることができる
復活した体が、実際にどのようなものなのかをしるしと
して見せようとしたのかもしれません。
言わば、神を信じる者たちがこの希望を固く、切実に
抱き続けるようにするために、信じるすべての者たちに
約束しているこの復活を、神は将来のために、何人かの
人々に味わうようにされたと考えれば、一応の納得性は
担保されるでしょう。
第2に、このようにして再びよみがえった聖徒たちは
その後、一体どうなったのかということです。
新たな復活の命に与(あずか)るようになった彼らが
再び、塵に帰ったとするのは愚の骨頂で話になりません。
これは速やかに答えられるような問題ではないのです。
ただ、いずれにしても、復活した聖徒たちが引き続き、
エルサレムの人々たちと長らく交わったという可能性は
ほとんどないでしょう。
彼らの役目は神の能力を人々に見せつけることでした
ので、彼らは単に短い期間に「しるし」として人々の目
に留まれば良かっただけのことですからね。
神は彼らを通して、人々に天の命に対する希望を確証
しようとしたのであって、彼らが任務を終了した後には
再び墓に戻って安息したとしても、決して不合理なこと
ではありませんが、神が彼らに与えられた復活の生命を
再び彼らから、奪っていったという可能性は極めて低い
ものと考えられます。
つまり、もしも、
「タリタ、クミ」(ヤイロの娘)atelier-trinity.com 「ヤイロの娘」wol.jw.org
その生命が、会堂管理人「ヤイロの娘」のような復活
ならば、あるいは、マルタとマリアの弟のラザロの復活
のような有限の命としての復活ならば、それはキリスト
の初穂に続く完全な復活の証拠にはならないからです。
「ラザロの復活」atelier-trinity.com 「ラザロの復活」wol.jw.org
いずれにせよ、
先に見てきた第一から第三の「しるし」があきらかに
していることは、イエスの十字架での贖いは、死の力に
打ち勝ったことを示していて、墓から蘇った聖徒たちは
その偉大なる神の勝利を証明しているのです。
イエスの復活は、イエスに連なる我らが聖徒の復活の
初穂としての復活であり、我々人類の復活の体の保証と
なるわけです。
ですから、死は、もはや取り除けられ、我々の肉体の
死というものが、罪に対する裁きではなく、それは永遠
の命への入り口へと変えられたということでしよう。
そのように考えると、実に都合の良い見事なる解釈で
あるとも言えますが、ダ・ヴィンチは思ったのでした。
ただし、
彼らに対する数々の疑問点が解決されたうえでの話で
あればと・・・
磔刑(十字架刑)objapan.org
蘇った聖徒たちはどうなったわけ?
分からず仕舞いじゃのぅ!
「行方不明ってこと!?」
わかっていませんな!
『マタイの福音書』27章52節に、「墓が開いて」と
ありますから、たぶんキリストの空中再臨の場合にも
クリスチャンが地上から消えた(携挙)後に、世界中
で「墓が荒らされた」というニュース速報が流される
ことになるのかもしれませんよ!
(ホンマかいな?) (夢夢む!)
ま、まさか、お前さん!
「携挙を待っとらんじゃろな?」
えっ、
「やだぁ、わたしウグイス嬢なの!?」
ホーホ、ケキョ(携挙)なんちゃって!
・・・ って、おいおい、
画像元: domani.shogakukan.co.jp
なんだかなぁ!
復活のイメージ blog.goodtv.tv
ダ・ヴィンチの推理は続きます。
画像元 christianpure.com
… to be continued !!