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『歯科医業経営の将来予測
その2─歯科需要の構造分析』について
日本歯科医師会調査室では,2000~2002年度の3カ年にわたり,歯科診療所経営の基本的構造を明らかにし,歯科医業経営の将来予測を目的とした調査研究(実施:財団法人日本総合研究所)を行っているが,このほど,2001年度の主要研究テーマ「歯科医業構造の長期分析」に基づいた研究をまとめた.なお,2000年度の主要研究テーマは「歯科医師数・歯科診療所数の将来推計」,2002年度は「歯科医業モデルを用いたシミュレーション」となっている.
報告書の内容は,「第I章 歯科疾患の動向」「第II章 歯科需要の動向」「第III章 歯科需要の構造分析」「第IV章 需要向上に向けた施策について」「第V章 今後の課題」の5章から構成され,予測資料として図表を多用した64頁に達するものだが,以下に各章の概要を紹介する.
『歯科医業経営の将来予測 その2─歯科需要の構造分析』(概要)
第I章 歯科疾患の動向
1975(昭和50)年以降の「歯科疾患実態調査」結果をもとに国民の口腔疾患動向について検討を行った.
15歳未満のう蝕の減少とともに高齢者層において現在歯数の増加が著しく,8020運動等の効果によって国民の口腔衛生状態が向上していることが伺える.ただし,近年ではう蝕症に代わり歯肉炎,歯周炎の増加が顕著であり,1999(平成11)年調査結果では40~60歳の約9割で歯肉に所見がみられた.
一方で,歯科診療所を受診している国民は4割程度にとどまっており,疾患予備軍も含めた潜在患者数は相当規模(4,000万人超)に上ることが推測される.
第II章 歯科需要の動向
過去30年間にわたる歯科診療費の推移を把握し,国民医療費に占める歯科診療費の割合を検討した.また,歯科診療所患者数の動向把握も行った.
1960~80年代半ばまでは国民皆保険制度をはじめとする各種社会保障制度が整備された時期であり,歯科診療所患者数,歯科診療費ともに高い増加傾向を示していた.しかし,1980年代半ば以降,本人負担率の引き上げや診療報酬改定率の抑制などの医療費抑制策により歯科需要(歯科診療費)は大幅に抑制された.特に,1984(昭和59)年と1997(平成9)年の健康保険法改正による本人負担率引き上げは,患者数(受療率)を20%近く減少させたと考えられる.
第III章 歯科需要の構造分析
保険部分の構造分析:歯科需要を構成する要因として,人口,経済動向,供給水準,制度改正等を考慮し,保険部分の歯科需要構造分析を試みた.
1984(昭和59)年,1997(平成9)年の本人負担率の引き上げが2~3%程度歯科需要(歯科診療費)水準を引き下げたことが明らかとなった.また,1992(平成4)年の前装鋳造冠の前歯単冠保険導入や1996(平成8)年の歯周疾患評価などの診療報酬改定により歯科需要が影響を受けていることも明らかとなった.
自費部分の構造分析:保険部分と同様の指標を利用して自費部分の歯科需要構造の把握を試みた.
近年の自費診療水準低下の主要因は,所得水準の低下であることがわかった.また,1992(平成4)年の診療報酬改定(前装鋳造冠の前歯単冠への導入)も自費診療に影響を与えていることが判明した.
老人保健法改正による高齢者歯科需要への影響分析:高齢者医療費が問題となる中で,老健法改正(一部負担金改正)による歯科需要への影響を把握するため,70歳以上の高齢者を対象とした歯科需要構造分析を試みた.
老健法改正による自己負担額の引き上げは,高齢者の歯科診療費を抑制させていることがわかった.ただし,高齢者人口の増加等による歯科診療費の増加額が自己負担引き上げによる抑制効果を上回って推移していることが判明した.
家計消費支出からみた本人負担率引き上げの影響把握:1995(平成7)年以降の家計における歯科診療費支出額(家計調査)を利用し,1997(平成9)年における社保本人負担率引き上げによる影響の分析を試みた.
1997年の制度改正(消費税率引き上げや特別減税廃止による影響を含む)の影響は家計の歯科診療費支出額を20%程度抑制したと考えられる.
また,本人負担率を3割に引き上げた場合では,さらに最大で20%程度歯科診療費支出額が抑制されるという結果が得られた.
第IV章 需要向上に向けた施策について
歯科需要に影響を与える諸要因をみる限り,継続的な需要拡大は厳しい状況にある.しかし,第Ⅰ章でもみたように歯周疾患や補綴需要の増加など潜在的な歯科需要は依然として大きい.国民のQOL向上という視点も含め,如何に歯科医療に対する信頼を確立し需要を確保するか,受療率を向上させるための方策案についていくつかの試案を以下に示した.
1.歯科医療の質の向上
2.制度面からの方策案
(1)定期健診の制度化,(2)治療中心から継続管理へのシフト,(3)患者一部負担の軽減
3.潜在需要の掘り起こし
(1)受診意欲向上のためのPR,(2)病診・診診連携の強化,(3)訪問診療の推進(介護保険への取り組み),(4)産業歯科の充実
第V章 今後の課題
1.歯科需要の構造分析に関して
(1)歯科診療費と患者数の関係
本年度の分析では,歯科需要=歯科診療費と定義して分析を行った.これは,本研究の目的が最終的には歯科医業経営の将来予測にあるためである.しかし,過去の動向をみると,大きな制度改正時には患者数が顕著に減少したにもかかわらず我が国全体の歯科診療費はそれほど大きく減少していない.今年度の研究の中ではこの差異が明らかになったが,その原因解明については今後の課題である.
(2)診療報酬による需要への影響
今年度行った歯科需要の分析は,人口,経済水準,供給水準,制度要因などマクロな側面から行ったものである.しかし,近年では診療報酬改定が歯科診療費に与える影響が少なくなく,また点数による政策誘導という側面もあるため,ミクロ分析(=診療報 酬改定と診療行為,診療費の変化)も必要である.
(3)集団的個別指導等の影響
1995(平成7)年に改正された新指導大綱によって,医療機関は平均点数を下げる工夫を強いられている.この影響について数量的分析はできなかったが,医療提供側に対する直接的な医療費抑制策として認識しておく必要がある.
2.歯科医療のグランドデザインの必要性
需要(疾患,人口)構造の変化,供給面の問題,医療保険制度改革など,歯科医療を取り巻く環境は大きく変化し始めている.このような状況の中で,将来の歯科医療のあり方=グランドデザインを打ち出すことが望まれており,その際には以下の視点が必要と考えられる.
国民が望むものは,安全で安心感があり信頼できる歯科医療の構築である.そのためには歯科医師,国民(患者),国の三者それぞれが果たすべき役割がある.
歯科医師は,大学教育や生涯研修によって常に診療技術を向上させ,国民(患者)に信頼される医療を提供することが必要である.また,国民も自らの口腔衛生管理に対する意識を向上させる必要があるが,そのためには歯科医師が科学的知見をもとに口腔衛生向上のもたらす効果(QOL向上)のPR,定期健診の受診意欲を向上させる取り組み,患者一人ひとりにあった口腔衛生管理指導等を行う必要がある.
歯科医師と国民(患者)をつなぐものは医療保険制度である.診療の質を保証する仕組みとともに原価を反映した合理的な保険点数の設定が必要であり,国民サイドに立った医療制度改革が望まれる.
(2002.04.01)
『歯科医業経営の将来予測
その2─歯科需要の構造分析』について
日本歯科医師会調査室では,2000~2002年度の3カ年にわたり,歯科診療所経営の基本的構造を明らかにし,歯科医業経営の将来予測を目的とした調査研究(実施:財団法人日本総合研究所)を行っているが,このほど,2001年度の主要研究テーマ「歯科医業構造の長期分析」に基づいた研究をまとめた.なお,2000年度の主要研究テーマは「歯科医師数・歯科診療所数の将来推計」,2002年度は「歯科医業モデルを用いたシミュレーション」となっている.
報告書の内容は,「第I章 歯科疾患の動向」「第II章 歯科需要の動向」「第III章 歯科需要の構造分析」「第IV章 需要向上に向けた施策について」「第V章 今後の課題」の5章から構成され,予測資料として図表を多用した64頁に達するものだが,以下に各章の概要を紹介する.
『歯科医業経営の将来予測 その2─歯科需要の構造分析』(概要)
第I章 歯科疾患の動向
1975(昭和50)年以降の「歯科疾患実態調査」結果をもとに国民の口腔疾患動向について検討を行った.
15歳未満のう蝕の減少とともに高齢者層において現在歯数の増加が著しく,8020運動等の効果によって国民の口腔衛生状態が向上していることが伺える.ただし,近年ではう蝕症に代わり歯肉炎,歯周炎の増加が顕著であり,1999(平成11)年調査結果では40~60歳の約9割で歯肉に所見がみられた.
一方で,歯科診療所を受診している国民は4割程度にとどまっており,疾患予備軍も含めた潜在患者数は相当規模(4,000万人超)に上ることが推測される.
第II章 歯科需要の動向
過去30年間にわたる歯科診療費の推移を把握し,国民医療費に占める歯科診療費の割合を検討した.また,歯科診療所患者数の動向把握も行った.
1960~80年代半ばまでは国民皆保険制度をはじめとする各種社会保障制度が整備された時期であり,歯科診療所患者数,歯科診療費ともに高い増加傾向を示していた.しかし,1980年代半ば以降,本人負担率の引き上げや診療報酬改定率の抑制などの医療費抑制策により歯科需要(歯科診療費)は大幅に抑制された.特に,1984(昭和59)年と1997(平成9)年の健康保険法改正による本人負担率引き上げは,患者数(受療率)を20%近く減少させたと考えられる.
第III章 歯科需要の構造分析
保険部分の構造分析:歯科需要を構成する要因として,人口,経済動向,供給水準,制度改正等を考慮し,保険部分の歯科需要構造分析を試みた.
1984(昭和59)年,1997(平成9)年の本人負担率の引き上げが2~3%程度歯科需要(歯科診療費)水準を引き下げたことが明らかとなった.また,1992(平成4)年の前装鋳造冠の前歯単冠保険導入や1996(平成8)年の歯周疾患評価などの診療報酬改定により歯科需要が影響を受けていることも明らかとなった.
自費部分の構造分析:保険部分と同様の指標を利用して自費部分の歯科需要構造の把握を試みた.
近年の自費診療水準低下の主要因は,所得水準の低下であることがわかった.また,1992(平成4)年の診療報酬改定(前装鋳造冠の前歯単冠への導入)も自費診療に影響を与えていることが判明した.
老人保健法改正による高齢者歯科需要への影響分析:高齢者医療費が問題となる中で,老健法改正(一部負担金改正)による歯科需要への影響を把握するため,70歳以上の高齢者を対象とした歯科需要構造分析を試みた.
老健法改正による自己負担額の引き上げは,高齢者の歯科診療費を抑制させていることがわかった.ただし,高齢者人口の増加等による歯科診療費の増加額が自己負担引き上げによる抑制効果を上回って推移していることが判明した.
家計消費支出からみた本人負担率引き上げの影響把握:1995(平成7)年以降の家計における歯科診療費支出額(家計調査)を利用し,1997(平成9)年における社保本人負担率引き上げによる影響の分析を試みた.
1997年の制度改正(消費税率引き上げや特別減税廃止による影響を含む)の影響は家計の歯科診療費支出額を20%程度抑制したと考えられる.
また,本人負担率を3割に引き上げた場合では,さらに最大で20%程度歯科診療費支出額が抑制されるという結果が得られた.
第IV章 需要向上に向けた施策について
歯科需要に影響を与える諸要因をみる限り,継続的な需要拡大は厳しい状況にある.しかし,第Ⅰ章でもみたように歯周疾患や補綴需要の増加など潜在的な歯科需要は依然として大きい.国民のQOL向上という視点も含め,如何に歯科医療に対する信頼を確立し需要を確保するか,受療率を向上させるための方策案についていくつかの試案を以下に示した.
1.歯科医療の質の向上
2.制度面からの方策案
(1)定期健診の制度化,(2)治療中心から継続管理へのシフト,(3)患者一部負担の軽減
3.潜在需要の掘り起こし
(1)受診意欲向上のためのPR,(2)病診・診診連携の強化,(3)訪問診療の推進(介護保険への取り組み),(4)産業歯科の充実
第V章 今後の課題
1.歯科需要の構造分析に関して
(1)歯科診療費と患者数の関係
本年度の分析では,歯科需要=歯科診療費と定義して分析を行った.これは,本研究の目的が最終的には歯科医業経営の将来予測にあるためである.しかし,過去の動向をみると,大きな制度改正時には患者数が顕著に減少したにもかかわらず我が国全体の歯科診療費はそれほど大きく減少していない.今年度の研究の中ではこの差異が明らかになったが,その原因解明については今後の課題である.
(2)診療報酬による需要への影響
今年度行った歯科需要の分析は,人口,経済水準,供給水準,制度要因などマクロな側面から行ったものである.しかし,近年では診療報酬改定が歯科診療費に与える影響が少なくなく,また点数による政策誘導という側面もあるため,ミクロ分析(=診療報 酬改定と診療行為,診療費の変化)も必要である.
(3)集団的個別指導等の影響
1995(平成7)年に改正された新指導大綱によって,医療機関は平均点数を下げる工夫を強いられている.この影響について数量的分析はできなかったが,医療提供側に対する直接的な医療費抑制策として認識しておく必要がある.
2.歯科医療のグランドデザインの必要性
需要(疾患,人口)構造の変化,供給面の問題,医療保険制度改革など,歯科医療を取り巻く環境は大きく変化し始めている.このような状況の中で,将来の歯科医療のあり方=グランドデザインを打ち出すことが望まれており,その際には以下の視点が必要と考えられる.
国民が望むものは,安全で安心感があり信頼できる歯科医療の構築である.そのためには歯科医師,国民(患者),国の三者それぞれが果たすべき役割がある.
歯科医師は,大学教育や生涯研修によって常に診療技術を向上させ,国民(患者)に信頼される医療を提供することが必要である.また,国民も自らの口腔衛生管理に対する意識を向上させる必要があるが,そのためには歯科医師が科学的知見をもとに口腔衛生向上のもたらす効果(QOL向上)のPR,定期健診の受診意欲を向上させる取り組み,患者一人ひとりにあった口腔衛生管理指導等を行う必要がある.
歯科医師と国民(患者)をつなぐものは医療保険制度である.診療の質を保証する仕組みとともに原価を反映した合理的な保険点数の設定が必要であり,国民サイドに立った医療制度改革が望まれる.
(2002.04.01)