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歯科技工士・岩澤 毅

平成19年(行ウ)第413号損害賠償等請求事件判決 01

2008年09月26日 | 判例・通知・他
平成20年9月26日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
口頭弁論終結日 平成20年6月20日
平成19年(行ウ)第413号損害賠償等請求事件

判     決

原 告 別紙原告目録記載のとおり
告ら訴訟代理人弁護士          工藤 勇治
同 川上 詩朗
原告ら訴訟復代理人弁護士 岩崎 泰一
東京都千代田区霞が関1丁目1番1号
被 告 国
代表者法務大臣 森 英介
指 定 代 理 人 名島 享卓
同 浅川 晃
同 山本 浩光
同 鳥山 佳則
同 和田 康志

主    文
1 原告らの本件確認の訴えをいずれも却下する。
2 原告らのその余の訴えに係る請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は, 原告らの負担とする。


事 実 及 び 理 由
(本件確認の訴え)
1 原告らと被告との間で, 原告らに海外委託による歯科技工が禁止されることにより歯科技工士としての地位が保全されるべき権利があることを確認する。
(本件賠償請求)
2 被告は,原告らに対し,各白10万円及びこれに対する平成19年7月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

本件は, 歯科技工士である原告らが, 被告に対し, (l)歯科医師による歯科技工の海外の業者への委託によ り歯科技工士の免許を有しない海外の業者が作成した補てつ物等が輸入されて歯科医療に使用される事態が生じており, 被告がこれを放置しているため, 原告らの歯科技工士と しての地位が侵害されているとして. 被告による適切な監督権限の行使がされるよう, 「海外委託による歯科技工が禁止されることにより歯科技工士としての地位が保全されるべき権利」の確認を求める(本件確認の訴え)とともに,(2)上記(l)の海外の業者への委託及び輸入・使用にっき実態を調査して規制をすべき義務に違反し, これを歯科医師の自由裁量にゆだねて事実上許容するなど, 被告の違法な行為により原告らは精神的苦痛を受けているとして, 国家賠償法1条1項に基づき, 各原告につき慰謝料各100万円のうち10万円及び遅延損害金の支払を求めている(本件賠償語求)事案である。

1 関連法令の定め

(1) 歯科技工士法
ア 歯科技工士法は,歯科技工士の資格を定めるとともに,歯科技工の業務が適正に運用されるように規律し, もって歯科医療の普及及び向上に寄与することを目的とする(同法1条)。

イ(ア) 同法において, 「歯科技工」とは,特定人に対する歯科医療の用に供する補てつ物, 充てん物又は矯正装置を作成し, 修理し, 又は加工することをいう。 ただし, 歯科医師(歯科医業を行うことができる医師を含む。以下同じ。)がその診療中の患者のために自ら行う行為を除く (同法2条1項)。

(イ) 同法において, 「歯科技工士」とは,厚生労働大臣の免許を受けて,歯科技工を業とする者をいう (同条2項) 。
(ウ) 同法において, 「歯科技工所」とは,歯科医師又は歯科技工士が業として歯科技工を行う場所をいう。 ただし, 病院又は診療所内の場所であって, 当該病院又は診療所において診療中の患者以外の者のための歯科技工が行われないものを除く (同条3項) 。

ウ 歯科技工士の免許(以下「免許」という。)は,歯科技工士試験(以下「試験」という。)に合格した者に対して与える(同法3条)。
エ 歯科医師又は歯科技工士でなければ, 業として歯科技工を行つてはならなぃ(同法17条1項)。
オ(7) 歯科医師又は歯科技工士は, 厚生労働省令で定める事項を記載した歯科医師の指示審によらなければ, 業として歯科技工を行つてはならなぃ。 ただし, 病院又は診療所内の場所において, かつ, 患者の治療を担当する歯科医師の直接の指示に基づいて行う場合は, この限りでない (同法. 18条)。 .

(イ) 病院,診療所又は歯科技工所の管理者は,当該病院,診療所又は歯科技工所で行われた歯科技工に係る上記いの指示書を, 当該歯科技工が終了した日から起算して2年間, 保存しなければならない (同法19条) 。

カ 歯科技工士は,その業務を行うに当たっては.印象採得,咬合採得,試適, 装着その他歯科医師が行うのでなければ衛生上危害を生ずるおそれのある行為をしてはならない(同法20条)。

キ(ア) 歯科技工所を開設した者は,開設後10日以内に,開設の場所,管理者の氏名その他厚生労働省令で定める事項を歯科技工所の所在地の都道府県知事 (その所在地が保健所を設置する市又は特別区の区域にある場合にあっては,市長又は区長。以下,後記(ウ)ないし切において同じ。) に届け出なければならない(同法21条1項)。

(イ) 歯科技工所の開設者は, 自ら歯科医師又は歯科技工士であってその歯(科技工所の管理者となる場合を除くほか, その歯科技工所に歯科医師又は歯科技工士たる管理者を置かなければならない (同法22条) 。

 (ウ) 都道府県知事は, 歯科技工所の構造設備が不完全であって, 当該歯科技工所で作成し, 修理し, 又は加工される補てつ物, 充てん物又は矯正装置が衛生上有害なものとなるおそれがあると認めるときは, その開設者に対し, 相当の期間を定めて, その構造設備を改善すべき旨を命ずることができる(同法24条)。

(エ) 都道府県知事は, 歯科技工所の開設者が上記(明に基づく命令に従わないときは, その開設者に対し, 当該命令に係る構造設備の改善を行うまでの間, その歯科技工所の全部又は一部の使用を禁止することができる(同法25条)。 ・

(オ)都道府県知事は,必要があると認めるときは,歯科技工所の開設者若しくは管理者に対し,必要な報告を命じ,又は当該職員に,歯科技工所に立ち入り, その清潔保持の状況,構造設備若しくは指示書その他の帳簿審類 (その作成又は保存に代えて電磁的記録の作成又は保存がされている場合における当該電磁的記録を含む。 ) を検査させることができる(同法27条)。

ク 上記工の定めに違反した者は, 1年以下の懲役若しくは50万円以下の罰金に処し,又はこれを併科する(同法28条1号)。

ケ 上記オの(ア)又は(イ)の定めに違反した者は, 30万円以下の罰金に処する(同法32条2号, 3号)。

(2) 厚生労働省設置法

ア 厚生労働省は, 国民生活の保障及び向上を図り, 並びに経済の発展に寄与するため, 社会福祉, 社会保障及び公衆衛生の向上及び増進並びに労働条件その他の労働者の働く環境の整備及び職業の確保を図ることを任務とする(3条)。

イ厚生労働省は,上記アの任務を達成するため,医療に関し,次に掲げる事務等をつかさどる(4条)。

(ア)医療の普及及び向上に関すること(同条9号)。

(イ) 医療の指導及び監督に関すること(同条10号)。

(ウ) 医師及び歯科医師に関すること(同条12号)。

(エ)保健師,助産師,看護師,歯科衛生士,-診療放射線技師,歯科技工士,臨床検査技師,理学療法士,作業療法士,視能訓練士,臨床工学技士, 義肢装具士, 救急救命士, 言語聴覚士その他医療関係者に関すること(同条13号)。

(オ) 医薬品, 医薬部外品, 医療機器その他衛生用品の研究及び開発並びに生産, 流通及び消費の増進, 改善及び調整並びに化粧品の研究及び開発に関すること(同条15号)。

(カ) 医薬品,医薬部外品,化粧品,医療機器その他衛生用品の製造販売業,製造業,販売業,,賃貸業及び修理業(化粧品にあっては,研究及び開発に係る部分に限る。)の発達,改善及び調整に関すること(同条16号)。

(キ) 医薬品,医薬部外品,化粧品,医療機器その他衛生用,品の品質,有効性及び安全性の確保に関すること(同条31号)。

2 前提となる事実 (当事者間に争いがない事実並びに掲記の証拠により容易に認められる事実)

(1) 原告らは, 社団法人東京都歯科技工士会に所属する歯科技工士である。

(2) 社団法人東京都歯科技工士会は, 近時, 海外において作成された歯科医療用の補てつ物,充填物,矯正装置など(以下「補てつ物等」という。)が輸入されて歯科医療に使用されていること (以下「補てつ物等の輸入使用」 という。) を,歯科技工を海外の業者に委託していること (請求の趣旨第1項にいう「海外委託による歯科技工」。以下「歯科技工の海外委託」ともいう。)によるものと位置付け,平成16年7月13日, 「歯科技工行為の海外委託の是正」を目的とした「遵法・歯科技工行為の海外委託問題対策本部」を設置した。

(3) 上記(2)の「遵法・歯科技工行為の海外委託問題対策本部」の構成員らは,社団法人日本歯科技工士会等の関係団体と協議の上, 平成17年3月11日, 厚生労働省医政局歯科保健課を訪れ, 歯科技工の海外委託及び補てつ物等の輸入使用(以下「海外委託及び輸入使用」ともいう。)は違法であるとして, 行政上の指導・取締りを行うよう申し入れ,その後も再度,同旨の申入れを行った。 .

(4) 厚生労働省は,近年,インターネットの普及等に伴い,国外で作成された補てつ物等を病院又は診療所の歯科医師が輸入し (輸入手続は歯科医師自 らが行う場合と個人輸入代行者に委任する場合がある。 ) , 患者に供する事例がみられるとして,平成17年9月8日,各都道府県衛生主管部(局)長に対し, 「国外で作成された補てつ物等の取り扱いについて」 と題する下記の内容の通達(医政歯発第0908001号)を発出し(甲1。以下「本件通達」という。), これを同省のインターネットホームページに掲載した。(甲1,乙8)



「歯科疾患の治療等のために行われる歯科医療は, 患者に適切な説明をした上で, 歯科医師の素養に基づく高度かつ専門的な判断により適切に実施されることが原則である。
歯科医師がその歯科医学的判断及び技術によりどのような歯科医療行為を行うかについては, 医療法(昭和23年法律205号) 第1条の2及び第1 条の4に基づき, 患者の意思や心身の状態, 現在得られている歯科医学的知見等も踏まえつつ, 個々の事例に即して適切に判断されるべきものであるが, 国外で作成された補てつ物等を病院又は診療所の歯科医師が輸入し, 患者に供する場合は, 患者に対して特に以下の点についての十分な情報提供を行い,患者の理解と同意を得るとともに, 良質かつ適切な歯科医療を行うよう努めること。

1)当該補てつ物等の設計
2) 当該補てつ物等の作成方法
3)使用材料(原材料等)
4) 使用材料の安全性に関する情報
5) 当該補てつ物等の科学的知見に基づく有効性及び安全性に関する情報
6) 当該補てつ物等の国内外での使用実績等
7)その他,患者に対し必要な情報」 .

3 争点

(1) 本件確認の訴えの適法性等
ア 法律上の争訟性の有無
イ確認の利益の有無(確認対象の適否)
ウ 確認請求の当否

(2) 本件賠償請求の成否

4 争点に関する当事者の主張

(l) 争点(l)(本件確認の訴えの適法性等)について

(原告らの主張の要旨)
ア 法律上の争訟性の有無

 歯科技工士は, 歯科技工士法により, 業務を独占する法的地位が保障されている(経済的には, 歯科医師から業務を独占的に受託し, 報酬を受け取ることができる地位が保障されている。)。このため,歯科医師は,国内では, 歯科技工士以外の者に歯科技工を委託することはできない。 しかしながら, 歯科医師が海外委託及び輸入使用をすることによって, 歯科技工士の上記法的地位が侵害されており,これを契機として,原告らの上記法的地位に不安が生じている。 海外委託及.び輸入使用は歯科技工士法の規定及び趣旨に反して違法であり禁止されるべきであり, そのことが裁判によって確認され, それによって被告による適切な監督撞限の行使がされるならば, 原告ら歯科技工士の上記法的地位への脅威が除去されて救済されることになる。
 本件において,原告らは, こうした法的地位が保全されるべき権利の確認を求めるものであるから, 本件は, 法律上の争訟に当たる。

イ確認の利益の有無(確認対象の適否)

 歯科技工士法の上記趣旨にかんがみれば, 歯科技工の海外委託及び輸入使用は禁止されており, 歯科技工士は,歯科技工士法により, 業務を独占する法的地位が保障されている。しかしながら, 歯科医師が海外委託及び輸入使用をすることによって,歯科技工士の上記法的地位が侵害されている。 この点について被告が発出した本件通達は, 海外において, 歯科技工士法に係る資格がない者によって, 指示書の交付を受けず, 都道府県知事等の監督が及ばない場所での歯科技工を許容し, それにより作成された歯科技工物の使用については, 歯科医師の自由裁量にゆだねる内容となっており, 補てつ物等の輸入使用を許容し, 歯科技工士の上記法的地位を侵害するものとなっている。 そのため, 業者が海外委託を斡旋し, 歯科技工の海外委託は増加しており, 原告らの存立基盤である業務独占が崩れ始め, それに伴い, 独占的に業務を受託し報酬を得る地位も脅かされている。 海外委託及び輸入使用は歯科技工士法の規定及び趣旨に反して違法であり禁止されるべきであって, そのことが裁判によって確認され, それによって被告による適切な監督権限の行使がされるならば, 原告ら歯科技工士の上記法的地位への脅威が除去されて救済されることになる。本件の確認訴訟によって, 原告らの上記地位が確認されたならば, 国は,海外委託及び輸入使用を禁止する措置をとらざるを得なくなり, 原告らの業務独占に対する危険が除去される。 したがって, 原告らは, 上記業務を独占する法的地位の確認を求める法的利益がある。

ウ 確認請求の当否

 歯科技工士法において, 海外委託及び輸入使用は禁止されており, 歯科技工士である原告らには, 被告による海外委託及び輸入使用に対す・る適切な監督権限の行使がされることによって, 前述の歯科技工士としての地位を保全されるべき権利がある。

(被告の主張の要旨)

ア 法律上の争訟性の有無

 裁判所がその固有の権限に基づいて審判することのできる対象は, 裁判所法3条1項にいう 「法律上の争訟」 , すなわち当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって, かつ, それが法令の適用により終局的に解決できるものに限られる。歯科技工士法は, 国民の公衆衛生を確保するために歯科技工に関して資格制を採用しているのであり, このことから, 直ちに, 個々の原告らの固有の法的利益が導かれるものではない。 海外委託及び輸入使用により国内の歯科技工士制度や国民の歯科衛生の確保に重大な影響を与えることになるおそれがあるとしても, これにいかなる規制をすべきかは, 行政府ないし立法府の専権に属する事柄である。 原告らは, 結局, 国民一般の立場において,海外委託問題が歯科技工士制度や国民の歯科衛生に重大な影響を与えることから, 海外委託及び輸入使用を禁止するよう求めているのに等しく, このような訴えは,具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争について審判を求めるものではない。

イ確認の利益の有無(確認対象の適否)

 行政事件訴訟法4条に基づく確認の訴えが認められるためには, 現に原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在し, これを除去するために被告に対し確認判決を得ることが必要かつ適切な場合に限られる。
 しかしながら, 歯科技工士の資格を有する地位から, 直ちに個々の原告らの固有の法的利益が導かれる関係は認められない。 原告らは, 結局, 国民一般の立場において,海外委託問題が歯科技工士制度や国民の歯科衛生に重大な影響を与えることから, 海外委託及び輸入使用を禁止するよう求めているのに等しく, 原告らの主張する歯科技工士の資格を有する者という地位に現実かつ具体的な危険又は不安が存在すると主張している とはいい難い。
 また, 歯科技工士法上, 海外委託及び輸入使用が禁止されているかどうかを確認しても, そのことで, 個々の原告らの固有の法的利益が確保されるという関係にもない。 また, 仮に海外委託及び輸入使用が違法であり, かつ, 将来これらの弊害により, 個々の原告らに何らかの経済的利益の侵害が生じるおそれがあるとしても, 歯科技工士の地位に関する確認判決を得たところで, 直ちに原告らの権利利益に変動をもたらすものではなく, そのような確認判決を得ることが必要かつ適切ともいえない。

ウ 確認請求の当否
 上記ア及びイのとおり, 本件確認の訴えについては本案の答弁を要しないが, 海外委託及び輸入使用と歯科技工士法との関係については, 後記(2)(被告の主張の要旨) アのとおりである。

(2) 争点(2)(本件賠償請求の成否)について


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