自己紹介は「ごあいさつ」
の記事に書いております。
ご一読の上お読みいただけますと
お話しが解りやすいと思います。
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この世に生まれ落ちた時のこと。
私にとって「見える世界」が
はじまったあたりのお話し。
生まれて1歳を迎える前に
母は私をこの世に置いて
あの世へ旅立ってしまった。
今の私なら
「あちらの世界へ戻って行った」
と表現したいところだ。
私を出産したときの
「お産が悪かった」そうだ。
全く記憶がないのだが
成人した後、
周りの大人たちが
そのようにおしえてくれた。
つまり、私が生まれたことと引き
換えに、母は命を失ったのだ。
そう聞いて、
どうすることもできないのだが
なんだか生まれてきたことに
罪悪感のようなものを抱いた。
「私が産まれたために母が亡くなった」
という思い込みを抱えて
人生の半分を生きた。
そう感じてしまう訳は、
皆んなの話を聴く限り
周囲からとても愛された…
良い想い出を植え付けて
いった人のようだからだ。
良い思い出は、
私が産まれたところから
哀しい想い出へと変換され、
大人たちは私の姿を見ると
当時の悲痛な経験を思い出し
さめざめと泣いた。
自分の産まれた時に
起きたことを知ったのは、
ずっと大人になってからのこと。
子供時代は、
周囲の大人たちの配慮なのか
母について誰からも
何も知らされなかった。
名前すら知らなかった。
自分の親なのに。
そのためか
私を産んでくれた人は誰なのか?
ということについて全く
…1ミリも考えることがなく
感謝することもなく
或る時まで生きていた。
今の自分から見れば
とんでもない親不孝な若者だった。
母親について全く考えたことが
なかったもう一つの理由は、
子供時代が人生の中で一番
艱難辛苦に七転八倒していた時期で、
一日一日を乗り切ることで精一杯
だったことがある。
他に何かを考える余裕など
全く無い日々だったのだ。
まとめると、非常に
あっさりした表現にはなるのだが、
大変な子供時代を送っていたため
産みの親に想いを馳せる
暇さえなかった。
ということになる。
私にとって「見える世界」とは
何の罰ゲームだというのだろう?
と、思うほど暗闇の広がる世界。
闇の中に誰の助けもない。
助けが来る兆しも見えない。
何の光も灯りも届かない冷たい海の底に
孤独に沈んでいるような時間が
ただ延々と続いている世界だった。
何故いま、
ここに居なければならないのか
さっぱり解らなかった。
ただ、不思議と
そこから逃れようともしなかった。
闇の中で独り
誰にも助けを求めずに
何かと闘っていた。
この世の隅々に
おそらく有った筈の
美しいものが、何一つ
目に留まらなかった子供時代。
私がこの世に来て
「最初に見たこの世界」は
終わりが見えない
絶望に打ちひしがれた
暗く重い時間の
綴れ織りだった。