きもちはでこぼこ

文章を書くのが好きです。
普段のなんてことないことを書いてます。

あの時の自分に会える手帳

2024年12月02日 | 日記
 
手帳が売れてるそうだ。
前年の同じ時期よりも40%も売れてるとか。
 
スマホが主流の時代に?
あ、40代以降の昔ながらの手書きの世代には「やっぱり手帳」なのか?
と思ったらなんと、売れてるのは
若い世代が多いんだって。
 
手帳の主な使い方と言えば 
以前は仕事の予定とか、個人的な約束とか
いわゆる「未来」のことを書いていたのが多かったと思うのだけど
今、若い世代を中心に売れてる手帳は
その日にあったこと、食べたもの、その日に思ったことなど
「過去」の記録って感じに変わって来てる。
いつからでも始められるように
日付がない物が多いのも特徴だそうだ。
書くことがなくて書かなくてもいいし
1ページじゃ足りない日もあっていい。
 
 
スケジュールはパソコンやスマホでちゃちゃっと書き込んでるのに対して
今、使われている「手帳」は予定を書き込むだけじゃなくて
見に行った映画やコンサートのチケットを貼ったり
買って食べたものの袋やその一部を挟んだり
とてもアナログで、
テレビやSNSで紹介していた人の手帳を見ていても楽しい。
 
 
 
 
そして共感したのが、手書きの文字。
その日あったこと、悔しい思いや
反対に気持ちがホッとあったかくなったことや
怒りが収まらなかったこととか、体調が悪かったことなど
スマホでも記録はできるのだけど
あえて手書きの文字にする事でそのときの「気持ち」も
保存できてるように感じた。
 
走り書きの急いで書いたような読み返すのに大変な文字。
色々な色のペンを使い分けて
ゆっくり思い出しながら丁寧に描いた文字。
かすれて いら立ってるような文字。
「あぁ、この時はすごくつらかったなぁ」とか
文字を見てその日の気持ちが思い出される。
 
これって・・・・・何かと似てるな なんだろ?と思う。
日記?スクラップブック?アルバム?
それらがみんな合わさったようにも思う。
 
昔、若い頃に旅行をするとその土地土地の
観光案内や駅弁のパッケージやおいしいお店の
箸袋などいろいろ取っておいたなぁ
駅や観光案内でもらったパンフレットも。
 
それらを写真と一緒に整理してアルバムに貼ったり
いつか整理しようと思ったままお菓子の空き箱に
入れていたのを何年も経ってから
たまたま見つけた感じ。
 
 
この頃は
誰かと会ったら写真を撮り、行ったお店の写真を撮り
行先の周りの景色や建物や食べたものの写真を撮り SNSに。
便利でたくさん書いたり調べたりできるスマホももちろん
手放せない存在だろうけど
写真だけじゃない もっとアナログな楽しみが
今の手帳を使ってる人にはあるのかも。
 
 
カラフルで可愛らしくて
絵日記のようでもあり
子供の頃の研究発表ようでもあり。
 
でも強制ではなく、後で見返す自分のために
作った「お楽しみ」のようでもある。
 
 
 
最近はアナログが好きな人はごくごく少数かと思ったけど
よくよく考えると少し前に使い捨てのカメラ「写ルンです」が
若い人にウケて
写真を写して現像してもらって数日後にカメラ屋さんで
受け取るまでどんな風に撮れてるかわからない楽しみが新鮮、
というのもあったから
みんながみんな新しい物だけを好んでるというわけじゃない。
 
時々昔を懐かしんだり
新しいものに飛びついたり
そうやって時代は繰り返すものなのかも・・・・
 
なんてな。
 
 
 
 

ただでは歩けない 

2024年11月28日 | 日記

昔は電車の中で本を読んだり新聞を読んだりしてる人がたくさんいた。

満員電車の中でも新聞を半分や四分の一くらいに折って読んでいる人がいたけど

今はほとんどスマホなんだろうな。

 

最近は新聞なんて広げてる人は見なくなったなぁと

思ったら、きのう新聞読んでる人がいた。しかも歩きながら

新聞は半分の大きさだけど結構広がってる。

向こうから来たときは、新聞だけがこっちに向かって歩いてるようだった。

あんなんで前見えるのだろうか? たぶん見えないな

足元だけちらちら見ながら歩いてるんだろうか?

急に車や自転車や子供が飛び出して来たらよけられまい。

 

歩きスマホも危ないけど歩き新聞も危ないな。

いつだったか歩きながらカップ焼きそばを食べてる人がいた。

いやカップ焼きそばを食べながら歩いてるだけか。どっちでもええわ。

いつの世にも変な奴はいるんだな。

 


ちゃんと作ればちゃんとおいしいのだ。

2024年11月24日 | 日記

 

「きのう何食べた?」っていうコミックはずっと好きで

いまだに図書館で借りて読んでいる。

実写化されてドラマにもなってそっちも見てる。

男性カップルの話なのだけど

毎日の生活は男女のカップルとそんなに変わらなくて

話の中で出てくる毎日の食事はいつもおいしそうで

仕事から帰って作る簡単なものから休みの日に作る本格的なカレーとナンや

クレープなんかも出て来て

下手な女性よりもまめに作ってるから

「こんな恋人、私が欲しい」と思う。

 

この前読んでた19巻でピーマンの肉詰めが出てきたので

久々に作ってみようと思った。

いつも分量など計らずに適当に作ってピーマンと肉だねが

分かれてしまったりして、「肉詰めってこれよくあるんだよな」なんて思いつつ

おいしかったからいいか、で済ませてきたけど

たまには書いてある通りにやってみますか。

洗ったピーマンは縦半分に割って、へたと種を取る。

最近は種も食べられるのだから何も取らずに肉を詰めて焼く、って

レシピも多いから、好きな人はそっちでいいかも。

この種やわたが肉だねを固定させてはがれにくくなっていいとか

種も火が通ると全然分からなくなるとか。・・・・ほんとか?

 

中身を取って並べたところ。いや並べなくていいんだった。

肉を詰めた時にはがれないように粉を(片栗粉でも小麦粉でも)

まぶす作業があるので

 

私はポリ袋にピーマンを全部入れて粉をパパっと入れて

シャカシャカ振り回す。こうすると簡単に粉がまぶされる。

内側だけでいいのだけど外にもしっかり付いてる。あははは。

 

でもって肉だねを詰めて あんまり山盛りにしないのがいいんだって。

いよいよフライパンで焼く。

肉の面をフライパンにつけて焼いて、いい色に焦げ目がついたら

肉の面を下にしたまま、水とケチャップ、ソース、めんつゆ、酒を

入れて蓋をしてコトコト。

水分が飛んでトロッとして来たら出来上がり。

 

ピーマンの肉詰めはピーマンと肉だねがはがれやすいところが

いつも困っていた。

そっか、途中でピーマンをひっくり返さないで

蒸し焼きにすればよかったんだ。

 

いつも何個かは皮がはがれていたのに

今回は一つもはがれなかった。簡単な事だったのに

何で今までひっくり返していたんだろう。

 

コミックに教わることもあるんだな。

食事って初めてのものはレシピ通りに分量を測ったり

切り方を揃えたりやってるのに、作りなれたものは

ついつい自己流でやってたんだな、と思ったり。

 

料理本や料理番組で紹介しているものは

その調味料の量を決めるために何度も作り直すそうだ。

ある料理家はもう何年も料理番組に出てるベテランなのに

翌日の料理番組の収録前には寝ていても考えるそうだ。

大さじ2のしょうゆを「いや、大さじ1.5がいいのかも」という感じで

収録のぎりぎりに変更したり

細かく調整するという話を聞いた時、とても驚いた。

そして他の料理家の話では、本にするまでその家族は何度も何度も同じ料理が食卓に並び

嫌というくらい同じ料理を食べることになるとか。

 

もちろん、料理家によってはみんなそうではないだろうし

本の評価を見ると「どれも味が決まらずまずかった」なんて

評価がとても悪いものもある。

 

味覚というものはみんな違うから誰かがおいしいと言っても

すべての人がそう思うはずはない。

ただ、どこかで紹介してるのは、私たちが

知らないところで何度も微調整を繰り返してるのかも。

 

大胆に大雑把に作っておいしいものもあるのだけど

たまには料理家のレシピにそって

丁寧に作ってみるのもいいのかも、と思った日だった。

 

 

 

 

前にやってたブログにも「きのう何食べた?」のことは

書いてました。

こちらも よかったら。

   ↓

だからどうした:普通のしあわせ

 


食べるってどういうことなんだろう

2024年11月19日 | 日記

朝はだいぶ冷え込んでる。

夫が早く出かけてしまったので私は洗濯をして一息。

さて、朝ごはん何にしようか。

こんなことを考える時間も楽しい時間だ。

 

買っておいたそうめんを一束ゆでる。

あっという間に茹った。流水でしっかり洗って

水けをきって、だし、しょうゆ、みりんで作っためんつゆを沸かして

そこにそうめんとしめじと油揚げを入れて軽く煮る。

 

どんぶりに入れてねぎをいっぱい散らしただけの

かんたんなもの。 

写真を撮るほどでもないくらいの地味なもの。

だけどあえて写してみる。

 

簡単だけど、きのこや油揚げから味が出て

そうめんはしこしこして「おいしいなぁ」としみじみ。

ひとりで食べていても誰かと食べていても

ちゃんと味わいたい。

 

 

「ながら食べ」をする人が多いそうだ。

何かをしながら、という意味の「ながら食べ」

中でも多いのがスマホを見ながら、だそうで

2024年の調査では10代~20代の8割がスマホを見ながら食事しているそうだ。

 

 

 

あるラーメン屋さんでは注文したラーメンが目の前に来ても

スマホを見てて食べるのにとても時間がかかったりして困って

そのせいで回転率が下がってしまったとの事。

店主は困ってしまって、

「スマホを見ながらの食事を遠慮して下さい」と

メッセージをテーブルの近くに置いたところ8割の「ながら食べ」していた人が

4割ほどまで減ったそうだ。 それでも4割か。

 

スマホを見ながらの食事は食べ物に集中しないため

ダラダラ食べたりスマホに夢中でやたらに早食いになったりして

健康にも影響があるとか。

 

 

街中でのインタビューでも「ながら食べ」をしてますか?と

質問するとスマホを片手にもったまま食べるとか

テーブルに置いて見ながら食べるというのは当たり前になってるようで

なぜ『ながら食べ』をするのかという質問には

「食べ物に興味がないから」「食べてる間、暇だから」

「時間がもったいないから」

「食べ物なんて、おなかに入ればいいだけだから」

そんな理由だったのが何だか腹が立つ。

 

食べ物に興味がないって何だろう?

とにかくスマホを触りたいだけ、スマホにばかり気をとられ

無意識に口に物を運んでいる様子は、想像するだけでもとても気持ちが悪い。

 

ひとりでいる時や仕事に追われてその短時間で食べるものは

「ながら食べ」になることはあるだろうし

わからないでもない。

 

 

だけど お店で食べるもの、家で自分以外の誰かが用意してくれたものを

食べるときはそれはマナー違反じゃないかなと思う。

ラーメンだって定食屋のご飯だって、それが一番いい状態で

出してくれてるんじゃないかな。

ゆでたてとか揚げたてとかね。

 

お店で食べるものはお客さんがお金を出してるんだから

どんな食べ方をしようが自由だという人がいるけど

食べる方にも礼儀ってあるんじゃないか。

目の前に置かれても写真を撮りまくって、なかなか手を付けない。

SNSにあげて人からの評価は欲しがるくせに

食べ方が汚かったり、たくさん残したり

「いただきます」も「ごちそうさま」も言えない人が多い。

 

「いただきます」って言葉は何かの、誰かの命を「いただく」ということ。

そして誰かがおいしく調理してくれたものを「いただく」

ということでもあるのかも。

 

奥さんや母親や恋人が作った食事をそんな風に「ながら食べ」できる人

それはマナーだの健康問題だのではなく思いやりもない。

自分が作った料理をそんなスマホ片手で食べられたら

私なら「食べなくていい」とさっさと料理を下げるかも。

 

子供の頃から家でそういう食べ方をしていたら

親が何も言わなかったんだろうか。

 

料理を出す方は 

温かいうちに食べてもらいたい、これを食べて元気になってもらいたい

季節を味わってもらいたい という気持ちではないか。

 

食べ物を用意するのには手間暇だけじゃなくて

たくさんの気持ちが入ってる と私は思う。

自分が逆の立場に立って誰かのために作ったものを

そんな食べ方されてもいいのかな。

 

「口に入ればいい」とか「食べ物に興味がない」って人は

そこまでは考えないってことなのかな。

 


アボカドその後

2024年11月07日 | 日記

前回載せたアボカド3兄弟は

こんな感じだったけど

一番奥のアボカドが少し育って

 

 

葉っぱが出て来ました。

茎もぴよーんと伸びてきた。

 

この種を載せるためのお皿が

なかなかちょうどいいのが見つからず

樹脂粘土でムチムチこねて作ってみました。

写真で見ると紙みたいだけど

種を乗っけても安定が悪かったクリアファイルから卒業して

アボカドの種も一安心 

・・・・してるかどうかは知らんけど。