知床半島の根元の街斜里の街に戻る。
折角なので昨日の記事に書いた
天に続く道をもう一度走ってみたく寄る。
今日は数名の観光客がいらっしゃったが、
旅の思い出としてそこを走った動画を撮ってみた。
が、このブログは動画は無理なので省略^^
その後鉄道好きの私はやはりこの辺りの
鉄道事情にも非常に興味があるのは事実。
この春も富良野辺りのローカル線が
一つの区間での影響を終えたと聞いたが、
確かにこれだけ人がいないと仕方がないかも。
で寄ったのはここ、知床斜里駅。

ローカル線とは思えぬ立派な駅舎に少々驚く。
仕事柄(^^♪ついつい眺めてしまうのは駅頭時刻表。

想像通りの閑散としたダイヤは、
立派な駅舎の造りとはある意味反するほどの感覚。

加えてこの電光掲示板が、
ローカル線とのギャップを大きくさせていた。
ちなみに発車が
上り下りとも16時代となっているが、
この時はまだ正午を回ったあたりだったか。
それにもかかわらず一人の外国人旅行者が
いつ来るかわからぬ列車を待っていたのは驚き。
まぁ、そんな無計画なる旅も魅力的かも。
(私は絶対できないけど。。)
この日の移動は旅行中最短距離の70キロほど。
時間にして2時間かからない距離であったので
ある意味観光に徹する。
途中にこんなところに寄ってみたり、


ローカル線の駅と、
これまた道の駅が合体した施設に寄ってみたり、


網走の街を目指します。
しかし直線道路があまりにも多い。
摩周湖の時の記事に書いた頃はそれがまだ珍しく、
ついつい車から降りてまで写真を撮っていたけれども、
ここまでくると写真の数も一気に減ります(^^♪
網走到着。
網走の街はやはり大きく、
街道に在る全国チェーンの数々のお店が
なんとなく風景として懐かしくホッとするけれども、
それでもわが街のそれとは一回り二回り小さいのは
やはり人口が少ない表れなのねと納得。
車に目を移すとこの辺りは「北見」ナンバーだが
知床で見た知床ナンバーというのはまだ新しい様子。

道内には9種類のナンバーが存在するらしいが、
(もっと詳しくは2025年に十勝が増え10になるとか)
網走ほど有名な街でも網走ナンバーではなく
北見ナンバーということを初めて知った豆知識。

その後昼食に海鮮丼をこれでもかと頂き、
この写真にある網走番屋という所で今回最大の買い物。
もちろん自分ではなく子供たち家族へ。

今が旬なのだと聞いたが毛ガニ!
それだけではなくホッケやサーモンなどの海鮮を
箱いっぱいに詰め込んで子供たちに送りましたょ。
まぁこうして旅行ができるのも、
子供たちが私たちに何の心配もかけず、
自立して育ってくれたお陰でもありますからね!
そして網走といえば!のこの場所へ出向く。

言わずと知れた網走監獄。
我々はよく網走刑務所と言っていたが、
意味は同じと思うが刑務所という言葉はどこにもなかった。
とにかく写真をたくさん撮ったのでご紹介。
正面玄関

ちなみに看守がいるがこれはマネキンで、
あらゆる施設にそのいわゆる像がいるのだけれども、
表情一つ一つが恐ろしいほど良くできている。

放射状に延びる監獄の入口。

それを外から見たところ。

建物の中心の内部。
何処からでも見られるように
こんな造りになっているのだとか。

牢の内部。


外での作業風景もリアルに再現。

下の二部屋は、特に出来の悪いものが
単独に閉じ込められていたとされる建物。


そして、看守たちの宿舎まで再現。

資料館ではなぜ網走であったのか、
そしてこの網走で入所者達は何をしていたのかが、
こと細かに説明がされ、映像化されていて、
大変興味深く拝見することができました。
当然のようにお土産屋さんもあり、
「逃走者」とか「脱獄者」と書かれたТシャツが
たくさん売られていたのに苦笑していたら、
孫へと妙なものを買っている家内が....。
まぁ、何でもありです。
そしてここでは食べませんでしたが、

監獄食堂なるものまで備えられ(^^♪
大変勉強になる一つのテーマパークでありました。
その後、この辺りではサロマ湖が代表的だが、
サロマ湖同様汽水湖の一つでもある能取湖という
かなり大きな湖の畔の料理旅館へ。

つづく。
折角なので昨日の記事に書いた
天に続く道をもう一度走ってみたく寄る。
今日は数名の観光客がいらっしゃったが、
旅の思い出としてそこを走った動画を撮ってみた。
が、このブログは動画は無理なので省略^^
その後鉄道好きの私はやはりこの辺りの
鉄道事情にも非常に興味があるのは事実。
この春も富良野辺りのローカル線が
一つの区間での影響を終えたと聞いたが、
確かにこれだけ人がいないと仕方がないかも。
で寄ったのはここ、知床斜里駅。

ローカル線とは思えぬ立派な駅舎に少々驚く。
仕事柄(^^♪ついつい眺めてしまうのは駅頭時刻表。

想像通りの閑散としたダイヤは、
立派な駅舎の造りとはある意味反するほどの感覚。

加えてこの電光掲示板が、
ローカル線とのギャップを大きくさせていた。
ちなみに発車が
上り下りとも16時代となっているが、
この時はまだ正午を回ったあたりだったか。
それにもかかわらず一人の外国人旅行者が
いつ来るかわからぬ列車を待っていたのは驚き。
まぁ、そんな無計画なる旅も魅力的かも。
(私は絶対できないけど。。)
この日の移動は旅行中最短距離の70キロほど。
時間にして2時間かからない距離であったので
ある意味観光に徹する。
途中にこんなところに寄ってみたり、


ローカル線の駅と、
これまた道の駅が合体した施設に寄ってみたり、


網走の街を目指します。
しかし直線道路があまりにも多い。
摩周湖の時の記事に書いた頃はそれがまだ珍しく、
ついつい車から降りてまで写真を撮っていたけれども、
ここまでくると写真の数も一気に減ります(^^♪
網走到着。
網走の街はやはり大きく、
街道に在る全国チェーンの数々のお店が
なんとなく風景として懐かしくホッとするけれども、
それでもわが街のそれとは一回り二回り小さいのは
やはり人口が少ない表れなのねと納得。
車に目を移すとこの辺りは「北見」ナンバーだが
知床で見た知床ナンバーというのはまだ新しい様子。

道内には9種類のナンバーが存在するらしいが、
(もっと詳しくは2025年に十勝が増え10になるとか)
網走ほど有名な街でも網走ナンバーではなく
北見ナンバーということを初めて知った豆知識。

その後昼食に海鮮丼をこれでもかと頂き、
この写真にある網走番屋という所で今回最大の買い物。
もちろん自分ではなく子供たち家族へ。

今が旬なのだと聞いたが毛ガニ!
それだけではなくホッケやサーモンなどの海鮮を
箱いっぱいに詰め込んで子供たちに送りましたょ。
まぁこうして旅行ができるのも、
子供たちが私たちに何の心配もかけず、
自立して育ってくれたお陰でもありますからね!
そして網走といえば!のこの場所へ出向く。

言わずと知れた網走監獄。
我々はよく網走刑務所と言っていたが、
意味は同じと思うが刑務所という言葉はどこにもなかった。
とにかく写真をたくさん撮ったのでご紹介。
正面玄関

ちなみに看守がいるがこれはマネキンで、
あらゆる施設にそのいわゆる像がいるのだけれども、
表情一つ一つが恐ろしいほど良くできている。

放射状に延びる監獄の入口。

それを外から見たところ。

建物の中心の内部。
何処からでも見られるように
こんな造りになっているのだとか。

牢の内部。


外での作業風景もリアルに再現。

下の二部屋は、特に出来の悪いものが
単独に閉じ込められていたとされる建物。


そして、看守たちの宿舎まで再現。

資料館ではなぜ網走であったのか、
そしてこの網走で入所者達は何をしていたのかが、
こと細かに説明がされ、映像化されていて、
大変興味深く拝見することができました。
当然のようにお土産屋さんもあり、
「逃走者」とか「脱獄者」と書かれたТシャツが
たくさん売られていたのに苦笑していたら、
孫へと妙なものを買っている家内が....。
まぁ、何でもありです。
そしてここでは食べませんでしたが、

監獄食堂なるものまで備えられ(^^♪
大変勉強になる一つのテーマパークでありました。
その後、この辺りではサロマ湖が代表的だが、
サロマ湖同様汽水湖の一つでもある能取湖という
かなり大きな湖の畔の料理旅館へ。

つづく。