客演オーボエ奏者 カール・マイヤーホーファー氏
Prof.Karl Mayrhofer
1969年9月から1970年6月までのシーズン、ウィーン・フィルのオーボエ奏者、カール・マイヤーホーファー氏が客演奏者としてN響に招かれた。
この期間の演奏で聴かれる、よく通る明るいオーボエの音色は氏の音である。
フィルハーモニー誌1969年9月号に掲載のマイヤーホーファー氏招聘の記事。

マイヤーホーファー氏が演奏する、1969年末の「第九」(指揮:岩城宏之)

第9回N響室内楽の夕べ(1970.6.8)
モーツァルト 五重奏曲変ホ長調K.452
Ob.K.マイヤーホーファー、Cl.千葉国夫、Fg.霧生吉秀、Hr.宮田四郎、Pf.本荘玲子

マイヤーホーファー氏退任の記事とそれに当たってのオーボエセクション5氏の座談会記事。
(フィルハーモニー誌1970年7/8月号)






1975年2月ウィーンフィル来演の折、N響メンバーと再会したものの1年後の1976年、49歳の若さで亡くなってしまった。

Prof.Karl Mayrhofer
1969年9月から1970年6月までのシーズン、ウィーン・フィルのオーボエ奏者、カール・マイヤーホーファー氏が客演奏者としてN響に招かれた。
この期間の演奏で聴かれる、よく通る明るいオーボエの音色は氏の音である。
フィルハーモニー誌1969年9月号に掲載のマイヤーホーファー氏招聘の記事。

マイヤーホーファー氏が演奏する、1969年末の「第九」(指揮:岩城宏之)

第9回N響室内楽の夕べ(1970.6.8)
モーツァルト 五重奏曲変ホ長調K.452
Ob.K.マイヤーホーファー、Cl.千葉国夫、Fg.霧生吉秀、Hr.宮田四郎、Pf.本荘玲子

マイヤーホーファー氏退任の記事とそれに当たってのオーボエセクション5氏の座談会記事。
(フィルハーモニー誌1970年7/8月号)






1975年2月ウィーンフィル来演の折、N響メンバーと再会したものの1年後の1976年、49歳の若さで亡くなってしまった。

フルートの小出先生、ファゴットの菅原(眸)先生など、このところ訃報が続き、寂しい限りです。
フルートの小出先生、ファゴットの菅原(眸)先生など、このところ訃報が続き、寂しい限りです。