タンゴの令和化け猫日記

日本スリーデーマーチでの思い出話

充月が終わり、神様が戻ってきた11月。

気がつけばあと2ヶ月弱で「明けましておめでとうございます🎉」になります。

11月といえば「日本スリーデーマーチ」という世界規模のウォーキング大会があり、私自身、若い頃は数回参加しました。
コロナが流行った頃は中止になっていましたが、今はどうなったのでしょうか?

ヘタレで体力のなかった学生時代、唯一の憧れが日本スリーデーマーチに出て50キロコースを歩き切ることでした。
そのために学生時代はワンゲル部に入ったものの、見事に長続きしなかったのを思い出します😭。

その夢が叶ったのは私が二十代前半OL時代のときで、その時は初めてということもあって20キロコースを3日間連続で歩くことに決めました。

恥ずかしながらウォーキングでは初の一人旅です。
当時の職場を午後半休し、東武東上線に乗って東松山駅に着いたあと、旅館に行ったのが懐かしい。
みんな独りで周りは人生のパイセンたちばかりでしたが、とても良い時間を過ごさせていただきました。

ウォーカーの消灯も朝も早くて消灯は夜8時、起床は朝5時でした。

そこから食事をして、会場まで送迎してもらい歩きます。

私は初めてでしたので、同部屋のお母さん的な方とご一緒させていただきました。
おかげさまで無事に3日間ずっと20キロコースを完歩することが出来ました。

翌年も独りで参加。
その時は本来は30キロコースでエントリーしていましたが、試しに50キロコースに参加したのを覚えています。
2日目、3日目に30キロコースを完歩して無事に3日間歩き通すことが出来ました。

(1日目ながら50キロを歩き切って思わず電話をかけた私。
それを聞いた母と妹君は翌日に目的地まで20キロを歩いたそうだ!!)

そのときに歩き方を間違えたために右足の爪を剥がしてしまいました。
本当に痛くて、その後に病院行きになるという苦い経験もしました。

その後に50キロコースをトライしました。
ですが…3日間歩き通すことは出来ませんでした。
最高で2日間50キロ+30キロコースでした。

1日目は何とか歩けましたが、2日目になると脚が動かなくなってしまうのです。
何と表現したら良いのだろう…心は前に行くのですが、脚がストライキを起こして進んでくれないという苦痛。

この経験をしているときが、一番泣きたくなりました。
景色は綺麗なので癒やされるのですが、如何せん制限時間というものがありますので。

脚がストライキを起こしながらも、完歩した瞬間「二度と歩くもんか!」って思ったこと数知れず。
でもね、また歩きたくなるのです。

だから「ある中」なんですけれどね。

東松山のスリーデーマーチは良かったです。
相部屋で泊まるのに慣れていますので、結構貴重でした。

2008年を最後にスリーデーマーチには参加していませんが、機会があったら行きたい場所でもあります。

母が生きていた頃は、東松山のスリーデーマーチよりも京都ツーデーウオークや今はなき函館ツーデーマーチなどがメインになりました。
(奈良まほろばツーデーマーチも参加しました。)

結構ご当地の良さもたくさん知る良い機会でもありました。

少しずつ若い頃に行ったウォーキングの話にも触れたいと思います✨。
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