上野・国立西洋美術館
ル・コルビュジェ(1887-1965年)
は、スイス生まれでフランスで活躍した建築
家です。
モダニズム建築を提唱した、近代建築界の巨
匠、コルビュジェによる日本で唯一の実作が
国立西洋美術館です。

コルビュジュの影響を受けた建築家は数知れ
ません。
1928年(昭和3年)3月31日夜、前川
國男は東京帝国大学建築学科の卒業式を終え
るやいなや、東京をたって、シベリア鉄道で
パリに向かいました。
「モスクワは雪に埋れて復活祭の鐘がなりひ
びいていた。ポーランドも吹雪に鎖されてい
た。然しパリは繚乱の花盛り。その頃私はセ
ーブル街35番地のコルビュジェのアトリエ
にはじめてこの人の風貌に接したわけである」
(前川國男「伽藍が白かったとき」日本語版
まえがき)
当時、コルビュジェのアトリエには世界各国
から青年たちが集まり、挑戦的なコルビュジ
ェの姿勢が青年たちを魅惑しました。

1955年(昭和30年)11月、コルビ
ュジェは国立西洋美術館の敷地をみるため、
1週間だけ日本に滞在しました。
最初で最後の来日となりました。
前川國男、坂倉準三、吉阪隆正といった弟子
たちが、東京・京都など各地を案内しました。

戦前に松方コレクションとして集められていた
絵画・彫刻が、1951年サンフランシスコ平
和条約によって、フランス政府から返却される
ことになりました。
その美術館の設計者として、ル・コルビュジェ
が指名されました。
コルビュジェから設計案が届き、弟子3名が実
施設計を行ないました。
コルビュジェの設計案は付属棟、劇場ホール棟
を含む大規模なものでしたが、財政難のため、
本館のみの建設となりました。
1959年にコレクションの日本への引き渡し
が行われ、同年開館しました。


前庭にはロダンの名作「考える人」と「地獄
の門」「カレーの市民」があります。

今年3月よりフェルメールの「聖プラクセデ
ィス」(1655年頃)が常設展示されていま
す。
ただし、フェルメールの真作かどうかについ
ては異論があるそうです。
その為、「フェルメールに帰属」と表記して
展示しています。
(参考文献:東秀紀「荷風とル・コルビュジ
ェのパリ」新潮選書)
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