「ごめん、私、もう少しやっていくから」
定時が過ぎてすっかり帰る気になっている同僚のアニーに、ターニャは申し訳なさそうに両手を合わせて詫びた。そして、さらに申し訳ない顔になり、上目遣いで、言いにくそうに二日連続のお願いを切り出す。
「それでさ……もしあいつが待ってたら、もう帰ったって言ってくれない?」
「またぁ? 私は別にいいけど……でも、嫌ならちゃんと断った方がいいよ?」
アニーは机の書類を片付けながら軽く忠告する。しかし、そんなことはもちろんターニャにもわかっていた。疲れたように薄く笑って溜息をつく。
「もう何度も断ったわよ。でも、あいつ全然あきらめてくれないんだもの」
「そんな情熱的に想われるなんて羨ましいよ。いっそ付き合っちゃえば?」
「バカ言わないでよ!」
悪戯っぽくからかうアニーの言葉に、ターニャはむきになって反論した。思いのほか大きかった声は、しんとしたフロアに響き渡り、まわりの注目を集めてしまう。ターニャは慌てて肩を竦めて小さくなり、ごまかし笑いを浮かべながら周囲にペコペコと頭を下げた。
アニーは首を伸ばしてターニャに顔を寄せると、声をひそめて話を続ける。
「どうしてよ? 結構カッコイイし、一途っぽいし、何よりラグランジェ家のご子息なんでしょう? 言うことないじゃない。上手くいけば玉の輿だよ? 何が不満なわけ?」
「……バカなのよ」
少し考えたあと、ターニャはぽつりと言葉を落とした。
「えっ? でもアカデミー卒業したんでしょう?」
「成績の問題じゃなくて、人としてバカなのよ」
「ふぅん、まあ、人の好みはそれぞれだけどね」
アニーは興味なさげにそう言うと、鞄を持って立ち上がり、「お先に」と挨拶をして帰っていった。遠ざかる彼女の足音を聞きながら、ターニャは書類に目を落としたが、胸がざわついてなかなか集中することができなかった。
突然の告白以来、レオナルドは毎日のようにターニャの前に姿を現した。
その度に、ターニャは毅然と断ってきた。少なくともターニャ自身はそのつもりだった。しかし、人の話を聞いているのかいないのか、それとも断り方が悪いのか、レオナルドは性懲りもなく告白を繰り返し、付き合えと偉そうに迫るのだ。
彼のことが嫌いなわけではない。
だが、あくまで友人の一人である。恋愛対象として見たことはなかったし、見るつもりもなかった。それ以前に、彼とは付き合うわけにはいかない理由がある――。
…続きは「遠くの光に踵を上げて」でご覧ください。
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