アンジェリカは校門前のジークとリックに駆け寄ると、いつものようににっこりと挨拶をした。だが、ふたりの反応はいつもとは違った。リックは目をぱちくりさせて尋ねた。
「家出でもするの?」
「違うわよ!」
アンジェリカは肩をいからせて言い返した。
「少し大きな荷物を持っているだけで、どうしてすぐに家出って思われてしまうのかしら」
腕を組み、不満げに眉根を寄せる。その背中には大きなリュックサックが負われていた。少しどころではなく、かなり大きい。彼女自身がすっぽり入ってしまうくらいだ。どう考えても、アカデミー通学には相応しくない鞄である。
「リック、この前はどうして来てくれなかったの? 楽しみにしていたのに」
彼女は顔を上げ、思い出したように言った。彼女が言っているのは、ジークの家で手料理を作ったときのことだ。それが一昨日で、きのうも休日だったため、リックと顔を会わせるのは、その後、初めてである。
「ごめんね、急に用事が出来ちゃって」
リックは申しわけなさそうに微笑んだ。詳しい内容は言わなかった。
「もしかして、セリカに関係があるの?」
アンジェリカはそんな気がして、何となく尋ねた。別に、だからどうというつもりもなかった。だが、リックはそれに答えようとはしなかった。
「ごめんね」
にっこりと謝るだけで、肯定も否定もしなかった。
「まあ、いいけど」
アンジェリカは、彼の態度に引っかかるものを感じながらも、おとなしく引き下がった。これ以上の追求は無駄だと悟ったのだ。セリカに気を遣っているのだろう、そう思うことにした。
ジークは心配そうに彼女を見つめていた。
あの夜、アンジェリカは屋根の上で意識をなくした。そして、そのまま翌日の昼過ぎまで眠り続けた。だが、目を覚ましたときには、すっかり元気を取り戻していた。
「起こしてくれればよかったのに。だいぶ寝過ごしちゃった」
小さく肩をすくめ、笑いながらそんなことを言っていた。
結局、何が原因なのか、何が起こったのか、ジークにはわからないままだった。ただ、あの夜の彼女の状態は、普通ではなかった。確かなことはそれだけだ。
サイファにはまだ言っていない。その機会がなかったからだ。だが、言うべきかどうかも迷っていた。今の彼女を見ていると、あのときはただ疲れていただけかもしれない、そう思えてくる。それでも一応、知らせておいた方がいいのだろうか――。
「それで、その荷物は何なの?」
リックは非常識なリュックサックを指さして尋ねた。アンジェリカはにこにこして答えた。
「今日はユールベルのところへ行くのよ」
「本気か?!」
今まで黙り込んでいたジークが、突然、大声で割り込んできた。リックを押しのけ、慌てた様子で詰め寄る。しかし、彼女は嬉しそうに、明るく声を弾ませた。
「ええ、料理も作るの。楽しみだわ」
「ダメだ!」
ジークは強く言った。だが、彼女は涼しい顔で切り返した。
「もう約束したもの」
「どうしてもっていうなら、俺も一緒に行く」
ジークは負けじと食らいついた。
「私はユールベルとふたりきりで話がしたいの」
アンジェリカは口をとがらせた。
「ダメだ!」
あんなことがあったすぐ後だ。何がなんでも止めなければならない。ユールベルとふたりきりなんて――。ジークは必死だった。
アンジェリカはますます不機嫌になった。眉根を寄せ、ジークを睨みつける。
「どうしてジークにそんなことを言われなければならないの? お父さんとお母さんの許可は取ったのに」
「え……」
ジークは何も言えなくなった。まさか、両親の許可を取っているとは思わなかった。ユールベルとふたりきりなんて、よく許したものだ。心配ではないのだろうか。ジークは不思議でならなかった。
「行ってもいいのね?」
アンジェリカは下から覗き込んで尋ねた。
「あ、ああ、まあ……」
ジークは困り顔で口ごもった。
アンジェリカはにっこりと満面の笑みを浮かべた。
「良かった」
そう言うと、重そうなリュックサックを揺らしながら、軽い足どりで校舎へと駆けていった。
ジークとリックも、彼女を追って駆け出した。
…続きは「遠くの光に踵を上げて」でご覧ください。
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