ラウルの厳しさは、ジークの体を見れば一目瞭然だった。大きな怪我は初日の骨折のみだが、細かい生傷が絶えることはなかった。連日、違う場所に絆創膏が貼られていった。
ジークは何かにつけラウルへの不平不満を口にしていたが、それでもどこか楽しそうだった。
「これで約束の一ヶ月は終わりだ」
ラウルは無表情で言い放った。
ジークは道場の中央に汗だくで座り込んだ。そして、うなだれるように声なくうなずいた。
「……そういや、すげぇ呪文とか、何も教えてくれなかったよな」
肩を揺らし、荒く呼吸をしながら、ふいに思い出したようにつぶやいた。
外に出ようとしていたラウルは、戸口で足を止めた。わずかに振り返り、ジークを冷たく一瞥した。
「おまえには無理だからだ。そういうことは基礎ができてから言え」
「ほんっとーに頭にくるな、オマエ」
ジークは力なく笑った。
「魔導力もないくせに、無理に高等呪文を使えば、下手をすると体が吹っ飛ぶ。欲張らないことだ」
ラウルは、背を向けたまま淡々と忠告をすると、再び歩き始めた。
「ラウル!」
ジークは顔を上げ、呼びかけた。しかし、彼は少しも振り返ることなく、長い髪をなびかせ道場を出ていった。
「お、おいっ!」
ジークは慌てて立ち上がり、後を追った。
「ラウル!!」
外に飛び出し、彼の後ろ姿を見つけると、さらに大きな声で呼び止めた。
「俺……この一ヶ月……感謝してる」
振り向かないその背中に、少し照れくさそうにしながら、真顔で不器用な言葉を送った。
ラウルは一呼吸ののち、静かにつぶやいた。
「あしたは雨だな」
「……っんだと?!」
ジークの怒号が闇に響いた。
「お疲れさま、ラウル先生」
からかい口調でにこにこと医務室へ入ってきたサイファに、ラウルは冷ややかな視線を送った。だが、ため息ひとつついただけで、すぐに机に向き直り、書類整理の続きを始めた。
「追い返そうとしないところを見ると、何か話したいことがあるんだな?」
サイファはにやりと笑いながら机にひじをつき、身を屈めてラウルを覗き込んだ。ラウルはわずかに眉をひそめると、間近に迫った端整な顔を、容赦なくファイルで払いのけた。それでも懲りない彼を見て、呆れたようにため息をつくと、静かに口を切った。
「今度の試験で対戦型 VRMを使いたい」
サイファの顔から笑みが消えた。
…続きは「遠くの光に踵を上げて」でご覧ください。
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