ジムでイチロー引退の報道を知り、野球人としてこれは見守らなければいけないと思い、家に帰り引退会見を見る。テレビ番組の都合上、会見をフルで見ることはできなかったのが非常に残念なのだが、後日何らかの形で見れるだろう。断片的に見ただけではあるが、イチローの発する一つ一つの言葉が、深く、重い。言葉は思いのすべてを伝えることはできない。僕ら聞き手ができるのは、言葉を頼りに相手の思いを推察することだけだ。イチローから発せられる言葉が僕らの心にもたらす揺らぎ、そこから推察されるのはイチローの28年間のプロ野球人生への思いの片鱗に過ぎない。イチロー本人が、野球を楽しめたのはプロになってからの3年目までだったと語っていたが、イチローが野球を通して感じた苦悩、そして、栄光はどれほどまでに深かったのだろうか。会見を見ながら思ったのはそんなことであった。
小学生で野球を始めたての頃は、イチローがメジャーに行って大活躍していた時期だった。したがって、僕ら世代の野球少年はイチローに大きな影響を受けている。当時読んだイチローの本で紹介されていた彼の座右の銘『継続は力なり』は野球のみならず、僕の人生観に大きく深く刻まれてる。今はあまり自分の気持ちを整理しきれておらず、脈絡にかける文章になってしまった。野球に明るくない人にはこの喪失感が伝わらないかもしれないが、例えば、突然活動休止を告げられた嵐ファンの気持ちに近いのかもしれない。とにかく、今思うのは、プロ野球選手として野球ファンに多くの感動と夢を与えてくれたマリナーズイチローへの、海のように深い感謝である。
小学生で野球を始めたての頃は、イチローがメジャーに行って大活躍していた時期だった。したがって、僕ら世代の野球少年はイチローに大きな影響を受けている。当時読んだイチローの本で紹介されていた彼の座右の銘『継続は力なり』は野球のみならず、僕の人生観に大きく深く刻まれてる。今はあまり自分の気持ちを整理しきれておらず、脈絡にかける文章になってしまった。野球に明るくない人にはこの喪失感が伝わらないかもしれないが、例えば、突然活動休止を告げられた嵐ファンの気持ちに近いのかもしれない。とにかく、今思うのは、プロ野球選手として野球ファンに多くの感動と夢を与えてくれたマリナーズイチローへの、海のように深い感謝である。
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