DEEP ACIDなんでもかんでも日記・ヤプログ!より移行

ブラタモリ 5/20

 京都・山科。私も行ったことない。珍しく良い天気、と思ったら、タモリさん花粉症でしたか、ご愁傷様です。
 「要衝・山科は何を生んだ?」
 あら、すぐに隣の滋賀県へ。逢坂の関と言えば百人一首、さすがタモリさん、蝉丸の和歌を諳んじました。かつての交通の要衝。すごいターミナルポイント。山科から大津へ峠を越える、これは大変、難所だ。でも距離は短いのか。断層に挟まれた高まりの逢坂山の峠。それで山科が要衝になったと。
 大津には行かずに(笑)、山科に戻る。
 なんか、岩の塊と思いきや、軽石?なんと、牛車の線路(車石)。くぼみは車が通ってできたもの。なるほど、大津・京都間は水路がないのでこのような陸路が重宝されたのか。
 こんもり盛り上がった丘発見。土塁の下にはお堀。街がありお寺があったと言う。お寺に土塁はすごいな。なるほど、戦国時代だとお寺も防衛が必要だったのか。
 堀の痕跡が鉄板で覆われているとは。残った土塁、クランクになってるのが面白い。なんと、サウナ(蒸風呂)の跡まであった!当時のサウナは贅沢品でしょうね。どうやらこのお堀の折れが先進技術だったらしい。つまり、当時はまだクランクなお堀はなかった。その後のお城はそれを見て真似したと言うことですね。
 平坦な道路から急な坂へ。レンガ、タテモノカと思いましたが、トンネル?丘を登らせない?ムムムッ、旧東海道線の跡か。京都・大津間は鉄道の山越えの初だったんですね。
♯次回は屋久島。
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