土木屋政策法務自習室(案)

(元)土木系技術職員がいろいろな事案を法律を基点に検討しています。

道路法と道路交通法の通行規制の内容に関して考察してみた。

2017年12月18日 21時03分41秒 | 道路法
 道路の通行規制は、道路管理者が行う場合と警察が行う場合とがあります。
 以下には、通行規制の法根拠を明らかにするとともに、規制権者の違いによる権限の内容の違い、すなわち規制区間内において通行者を選別して通行させることができるかについて明らかにしたいと思います。
※この考察は、道路管理者が法面崩落等の危険性があり通行止めにした区間について、一部の限定した者に通行させる運用があったことから、道路管理者の通行規制の権限の内容について確認する意味で書いてみました。

 
1.はじめに
 道路においては、工事を行う場合や道路構造に損傷が生じた場合、あるいは交通の安全を図り交通障害を防止する場合に通行規制が行われる。この通行規制は、道路管理者が道路法に基づき行うものと、公安委員会及び警察官等(以下「警察官等」という)が行う道路交通法に基づき行われるものとがある。
 このうち、道路管理者による通行規制の態様は、「①道路法第46条にもとづくもの、②道路法第47条(車両制限令)にもとづくもの、③道路法第43条の2にもとづくもの、④その他のもの、に大別することができる(行政実務p141)」とされる。このうち道路の破損等及び工事を原因として、道路構造を保全し交通の危険を防止する場合には、道路法第46条第1項各号を根拠として通行規制を行うこととなる。
 一方、警察官等が行う通行規制は、道路交通法第4条、第6条及び第8条の規定に基づき行われる。
 以下には、これら道路法と道路交通法の通行の禁止又は制限の規定について、関係条文から各規制権者の規制の内容を明らかにする。
 
2.通行規制に関する法令
 道路法及び道路交通法における通行規制に関する規定について整理すると、下表のとおりとなる。
 
 
 このうち、道路法の通行規制は、破損等(道46①一)あるいは工事(道46①二)の物理的変状を原因とした規制であることから、その規制の効果は通行する車両等の全てに一律に及ぶこととなる。つまり、土砂崩れによって通行不能となった場合には、営造物(道路)が通常有すべき安全性を欠いている状態であり、一般車両はもちろんのこと警察や消防の緊急車両であっても通行することができないこととなる。
 一方、道路交通法の規制の場合には、道路法と同様に道路構造の損壊等による通行規制(道交6④)と、標識等によって全ての通行者が一律に規制される規定(道交4①、道交8①)がある。このうち、道交6④については、通行規制の要件を「道路の損壊、火災の発生その他の事情により道路において交通の危険が生ずるおそれがある場合」とし「道路の損壊」を例示しているものの、「その他の事情」として交通の危険が生ずるおそれのある広範な事象を対象としており、道路構造の物理的変状はこの規定の通行規制において必須ではない。また、物理的変状を伴わない規制(道交4①、道交8①)については、別途、警察官等への交通整理(道交6①)に従う義務あるいは警察署長の許可(道交8②)による通行の規定が用意されている。さらに、緊急自動車等については道路標識等による通行禁止の例外扱いとする規定(道交41①)が用意されており、緊急自動車等の運行に支障のないよう配慮がなされている。
 
3.各規制権者の権限の内容
 前述のとおり、道路法の通行規制は例外なく全ての通行者に及ぶのに対して、道路交通法の通行規制は危険防止及びその他交通の安全と円滑を図るためであれば一般的な規制に対して別途、個別あるいは通行者の種別に応じた規制措置をとることのできる権限が警察官等に与えられている。つまり、警察官等は、通行者の属性によって通行の可否を選択的に判断することが可能である。具体的には、災害発生時に一定区間を通行禁止とし避難及び救助関係者のみを選別して通行させることができたり、パレードや祭典において特定の者の通行のみを認める措置等が挙げられる。
 一方、道路において土砂崩れや路肩崩落が生じ道路管理者が通行禁止等の通行規制を行った場合には、一律に全ての通行者に対して規制の効果が及ぶこととなるため、その規制の原因を解消し通常有すべき安全性が回復するまでは個別の通行者を選別して通行させることはできない。
 ただし、道路法の規制に道路交通法の規制が重なることも考えられる。この場合は、道路法の通行規制において通行が認められた形態を侵さない範囲で道路交通法の規制が行うことができるものと考える。たとえば、道路管理者が土砂崩れ等による片側交互通行規制を行った後、その区間にある集落の住民を早急に規制区間外への避難させようとする場合などである。この場合、警察官等は住民の避難を優先するため避難者以外の通行を一時禁じ住民の通行のみを認めたうえで、道路管理者の片側交互通行規制に重ねて規制を行うことも可能であるといえる。
 
以上
 

 
【参考文献】
[行政実務] 新建設行政実務講座・第6巻、建設行政実務研究会編、第一法規出版、昭和57年11月15日発行
 

 

【関係法令】
◎道路法(抜粋)
(この法律の目的)
第一条  この法律は、道路網の整備を図るため、道路に関して、路線の指定及び認定、管理、構造、保全、費用の負担区分等に関する事項を定め、もつて交通の発達に寄与し、公共の福祉を増進することを目的とする。
(道路の維持又は修繕)
第四十二条  道路管理者は、道路を常時良好な状態に保つように維持し、修繕し、もつて一般交通に支障を及ぼさないように努めなければならない。
2  道路の維持又は修繕に関する技術的基準その他必要な事項は、政令で定める。
3  前項の技術的基準は、道路の修繕を効率的に行うための点検に関する基準を含むものでなければならない。
(通行の禁止又は制限)
第四十六条  道路管理者は、左の各号の一に掲げる場合においては、道路の構造を保全し、又は交通の危険を防止するため、区間を定めて、道路の通行を禁止し、又は制限することができる。
一  道路の破損、欠壊その他の事由に因り交通が危険であると認められる場合
二  道路に関する工事のためやむを得ないと認められる場合

 


 

◎道路交通法(抜粋)
(目的)
第一条  この法律は、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図り、及び道路の交通に起因する障害の防止に資することを目的とする。
(公安委員会の交通規制)
第四条1 都道府県公安委員会(以下「公安委員会」という。)は、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図り、又は交通公害その他の道路の交通に起因する障害を防止するため必要があると認めるときは、政令で定めるところにより、信号機又は道路標識等を設置し、及び管理して、交通整理、歩行者又は車両等の通行の禁止その他の道路における交通の規制をすることができる。この場合において、緊急を要するため道路標識等を設置するいとまがないとき、その他道路標識等による交通の規制をすることが困難であると認めるときは、公安委員会は、その管理に属する都道府県警察の警察官の現場における指示により、道路標識等の設置及び管理による交通の規制に相当する交通の規制をすることができる。
2  前項の規定による交通の規制は、区域、道路の区間又は場所を定めて行なう。この場合において、その規制は、対象を限定し、又は適用される日若しくは時間を限定して行なうことができる。
3  公安委員会は、環状交差点(車両の通行の用に供する部分が環状の交差点であつて、道路標識等により車両が当該部分を右回りに通行すべきことが指定されているものをいう。以下同じ。)以外の交通の頻繁な交差点その他交通の危険を防止するために必要と認められる場所には、信号機を設置するように努めなければならない。
4  信号機の表示する信号の意味その他信号機について必要な事項は、政令で定める。
5  道路標識等の種類、様式、設置場所その他道路標識等について必要な事項は、内閣府令・国土交通省令で定める。
   (罰則 第一項後段については第百十九条第一項第一号、第百二十一条第一項第一号)
(警察署長等への委任)
第五条1 公安委員会は、政令で定めるところにより、前条第一項に規定する歩行者又は車両等の通行の禁止その他の交通の規制のうち、適用期間の短いものを警察署長に行なわせることができる。
2  公安委員会は、信号機の設置又は管理に係る事務を政令で定める者に委任することができる。
(警察官等の交通規制)
第六条  警察官又は第百十四条の四第一項に規定する交通巡視員(以下「警察官等」という。)は、手信号その他の信号(以下「手信号等」という。)により交通整理を行なうことができる。この場合において、警察官等は、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図るため特に必要があると認めるときは、信号機の表示する信号にかかわらず、これと異なる意味を表示する手信号等をすることができる。
2  警察官は、車両等の通行が著しく停滞したことにより道路(高速自動車国道及び自動車専用道路を除く。第四項において同じ。)における交通が著しく混雑するおそれがある場合において、当該道路における交通の円滑を図るためやむを得ないと認めるときは、その現場における混雑を緩和するため必要な限度において、その現場に進行してくる車両等の通行を禁止し、若しくは制限し、その現場にある車両等の運転者に対し、当該車両等を後退させることを命じ、又は第八条第一項、第三章第一節、第三節若しくは第六節に規定する通行方法と異なる通行方法によるべきことを命ずることができる。
3  警察官は、前項の規定による措置のみによつては、その現場における混雑を緩和することができないと認めるときは、その混雑を緩和するため必要な限度において、その現場にある関係者に対し必要な指示をすることができる。
4  警察官は、道路の損壊、火災の発生その他の事情により道路において交通の危険が生ずるおそれがある場合において、当該道路における危険を防止するため緊急の必要があると認めるときは、必要な限度において、当該道路につき、一時、歩行者又は車両等の通行を禁止し、又は制限することができる。
(通行の禁止等)
第八条1  歩行者又は車両等は、道路標識等によりその通行を禁止されている道路又はその部分を通行してはならない。
2  車両は、警察署長が政令で定めるやむを得ない理由があると認めて許可をしたときは、前項の規定にかかわらず、道路標識等によりその通行を禁止されている道路又はその部分を通行することができる。
(緊急自動車等の特例)
第四十一条1 緊急自動車については、第八条第一項、第十七条第六項、第十八条、第二十条第一項及び第二項、第二十条の二、第二十五条第一項及び第二項、第二十五条の二第二項、第二十六条の二第三項、第二十九条、第三十条、第三十四条第一項、第二項及び第四項、第三十五条第一項並びに第三十八条第一項前段及び第三項の規定は、適用しない。


 
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道路の隣地に対する事務管理(民法第697条第1項)の適用を考えてみた。

2017年12月18日 21時02分14秒 | 道路法

道路に隣接する物件が道路管理の支障となる場合に、事務管理(民法697①)を適用して解消できないか検討してみました。


道路隣接地に対する道路管理者の事務管理(民法第697条第1項)の適用について

1.   検討目的

公物管理において、その法の対象とする区域を定めている場合、管理者による監督権限(強制力)はその区域にのみ及ぶこととなり、区域外(隣接区域)には及ばない。このため従来から隣接区域の支障物件に対しては、その所有者及び管理者に対して修繕及び除却を依頼し、相手方の履行を待つというのが実務上の流れであった。

しかし、所有者等が履行しない場合、公物の本来の利用を妨げる状態が継続し、公物の損傷あるいは一般利用者の事故等の発生のおそれが生ずることとなる。このため、所有者等の履行を期待できない場合に、公物の本来の利用を妨げる状態を解消するため、管理者が自ら修繕等を行うための法的根拠が必要であると考える。

本検討においては道路法分野を対象として、その「管理者が自ら行う」根拠を民法第697条第1項及び第2項に規定する「事務管理[1])」に求め、法適用の妥当性及び運用上の制限等を検討することとする。

2.   本検討において対象とする事象

道路や河川等の公物に隣接する土地あるいは物件が、公物の本来の利用を妨げる場合がある。例えば、歩道に隣接するビルの壁面が崩落、あるいは看板が落下するおそれのある場合に、落下地点の区域の通行をバリケードなどで制限する場合である。

本検討において対象とする事象は、(図-1)に示すような、道路に老朽化した建物の壁面及び看板が近接し道路に崩落のおそれのあるような場合を想定している。通常、通行の安全性及び構造に支障があり、現状の道路区域外に構造物等の設置を必要とする場合においては、道路区域外の土地の権原を取得し、また物件の補償を行うことによって道路区域(道18①)を拡張し、道路構造の「衝撃に対する安全(道29)」及び「安全かつ円滑な交通を確保(同前)」する。

しかし、道路に建物壁面が近接し連なる商業地等において、老朽化した建物が通行に支障となることを理由として、道路管理者がその土地の権原を取得し建物を補償し、また除却することもできない。なぜなら、その老朽建物の存否を問わず、現状において道路の物理的な構造そのものについては安全性を欠く状態にはないため土地取得の根拠に乏しいことや、また隣接するビルの老朽化を理由として道路管理者が移転を求める権限も無いことが挙げられる。

原則的には、建物の所有者等が自らの権限の行使として適正な管理を行い、また相隣関係においては相手方の所有権等の侵害(そのおそれを含む)をしてはならない。また、このような侵害等に対しては、その侵害を止めるよう求めたり、予防を求めたりすることができる。

しかし、道路の隣接区域にある建物が適正な管理がなされず、道路交通に対して支障が生ずる場合(そのおそれを含む)、所有者等に対して修繕等を求めたとしても、その所有者等が自ら履行しない場合には、道路の支障状態が継続してしまうこととなる。

このような場合、支障状態の解消のための修繕等を道路管理者が行いうるか、法令根拠に基づいた手段の有無及びかかる制約事項等について検討する。

3.   道路管理者の義務、権限及びその範囲

道路法は、道路管理者に対していかなる義務及び権限を付与しているか見ていくこととする。

まず、義務に関する規定である。道路管理者には、道路の保全等(道第4節・42~47の5)に関する義務があり、道路管理者が「道路の維持又は修繕(道42①)」を実施することにより「一般交通に支障を及ぼささない(同前)」義務(以下「保全義務」という)を負う。

つぎに、権限に関する規定である。公物管理者には、その法令に定める義務規定に違反する者に対する監督処分の権限が付与されている。道路管理者には、監督処分の権限(道71①各号・以下「監督権限」という)が規定されており、私人に対する強制力によって一般交通に支障のない良好な道路の状態が保たれることとなる。

では、保全義務と監督権限のそれぞれが及ぶ土地の範囲、すなわち客観的範囲の相違の有無について検討することとする(図-2)。

人工公物である場合、その法律の効力の及ぶ客観的範囲は法で定められた区域を原則とする。道路法においては、道路区域(道18①)を本来の区域とする他、道路構造の損害予防と交通への危険防止のための「沿道区域(道44①)を指定することができる。このことより道路管理者の監督権限の客観的範囲は、道路区域と民地である沿道区域に拡張され及ぶこととなる。

一方、保全義務については、公物管理を「単に物を財産的価値の客体として管理するのではなく、もっぱら、公共用物本来の目的を達成させるため[2])」に行うこととされる。このため、保全義務の対象とする客観的範囲は道路区域及び沿道区域(以下「道路区域等」いう)に限定されることなく、道路の目的を達成するに必要とされる範囲に対しても及ぶものと解されることとなる。道路法が「一般交通に支障を及ぼさないように努めなければならない(道42①)」としているのは、管理の作用としての「道路の目的に対する障害の防止及び除去[3])」の対象とする区域が、道路区域は当然のこと、必要に応じてそれ以外の区域にも拡張されることを意味するものである。

このため、保全義務と監督権限の客観的範囲を比較した場合、道路管理者の監督権限が及ばない範囲として民地の隣接区域(以下「隣接区域」という)が存在することとなる。では、隣接区域の物件が一般交通の支障となっている場合、道路管理者の義務(道42①)を履行するためにいかなる対応が考えられるか、以下に検討する。

4.   支障解消のための法的手段

道路法及び他法令において、道路管理者及び私人に対し規定される権限及び義務等を見ていくこととする。

(図-3)のとおり、道路区域等に対しては、道路管理者に対する権限の他、私人に対する義務及び刑事罰の規定があり、私人に対して一般交通の支障となる行為を行わせない効果及び支障状態を解消させる効果を間接的に促すものとなっている。また私人が支障状態を自ら解消しない場合には、行政が直接履行する手段として行政代執行を可能としている。このため、道路区域等では、道路管理者が自ら支障状態を解消する権限を有していることから保全義務(道42①)を果たすことができる。

しかし、道路隣接区域においては、私人が一般交通の支障を回避するための義務を負わない。また私人に対しては、前述のとおり道路法の規定による監督権限が及ばない。このため行政代執行による強制力をもって支障物件の修繕等の対応もできない。つまり、道路法等に規定する強制力をもって解決することはできず、「民法の相隣関係に関する規定の趣旨を類推[4])」し適用することによって、私人としての道路管理者の立場によって支障の解決を行うこととなる。

この場合、まず、支障を解決するための手段としては、相手方に対する請求が考えられる。この請求は、私人としての道路管理者の民事上の請求ということになる。

考えられる請求は、①土地所有権を基礎とする物権的妨害予防請求権と、②占有を基礎とする占有保全の訴え(民199)が挙げられる。道路法の及ぶ客観的範囲の根拠は道路区域(道18①)の供用開始(道18②)であり、土地の権原の有無は直接道路区域の根拠にはならない。また、古い時代に供用されている道路では、土地の権原取得がなされていない場合もあり、このような場合では物権的妨害予防請求権はその根拠を失うこととなる。このため、道路区域を管理しているという状態、すなわち占有を根拠とした占有保全の訴え(民199)を根拠に隣接区域の土地及び物件の所有権者等に支障状態を解消する旨の請求をすることが妥当と考える。

しかし、請求された相手方が必ずしも支障物件の修繕等を行うとは限らない。履行されない場合には、支障状態が継続し、本来の通行に支障が生じたり事故が発生したりするおそれがあるため、道路管理者は保全義務を履行できないこととなる。また、道路管理上の支障を理由として、相手方の意向に反して、あるいは不意打ち的に物件を加工あるいは除却することは、所有権(民206)を侵害したとして不法行為(民709)の責任を負いかねないこととなる。

そのため、道路管理者が本人に代わって修繕等を行いうる法的根拠として、事務管理(民697①)の適用を検討することとしたい。では、どのような場合に適用可能であるか、相手方への請求からの流れを追って検討する(図-4)。

道路管理者からの修繕等の請求に対し、相手方が同意しない場合には、履行の強制の可否を裁判によって判断することが可能であるが、この場合、事務管理の要件である本人の「意思に従(民697②)」うことを満足しないことから事務管理の適用対象とはならない。事務管理が適用できる場面は、相手方が道路管理者の修繕等に対して同意があり、自ら履行できない場合に限定されることとなる。

この際、事務管理が「他人のために(民697①)」を要件としていることから、他人(相手方)の利益に加えて自己(道路管理者)の利益が存在する場合には、どのように考えられるか。この点については、「利他性と利己性が併存する場合であっても、事務管理は成立する[5])」とされるため、道路管理者が支障解消のために他人の支障物件の修繕等を行うことは可能であるということとなる。

5.   順守すべき一般原則

事務管理による修繕等は、行政代執行及び裁判経由の代替履行に比べ、圧倒的に容易であるため早期の支障解消が可能となる大きな利点がある。しかし、道路管理者は、道路法及び他法令に逸脱して事務を行うことはできないことから、事務管理が無制限に許されるものではない。そのため、行政活動の制約原理である「法の一般原則」を順守し、それに則って事務管理を履行する必要がある。

この法の一般原則は、従来からの「信義誠実の原則」の他、「権利濫用の禁止原則」、「比例原則」及び「平等原則」が挙げられている。また現代型一般原則として、「市民参加原則」、「説明責任原則」、「透明性原則」及び「基準準拠原則」があり、さらに制度設計指針として「補完性原則」及び「効率性原則」が挙げられる[6])。これら行政活動一般原則は、全ての原則を行政活動の基底にすべきものであるが、行政活動の性質によって、特に重視すべき原則が選定され妥当性が判断されることとなる。

ここでは、民法規定を執行する行政としての立場から、「透明性原則」、「効率性原則」及び「基準準拠原則」を行政が事務管理を行う上での基準原則として捉え、以下に道路管理者の適切な事務管理の内容を検討する。

6.   「透明性原則」に対する検討

透明性とは、「一定の業務や組織に関する情報が狭い関係者にとどまらず広く知られるようになっている状態[7])」とされる。すなわち、事務管理を行うに際して、実体及び手続きの両面において、妥当な内容に沿い運用されていることが客観的に確認されることといえる。

実体上の妥当性は、事務管理の道路法に対する法適合性の是非を検討することで判断する。すなわち、妥当性判断項目として、①一般交通の支障回避(道42①)に対する「目的適合性」、②道路管理者が履行しなければならないほどの「緊急性」、③道路区域(施設)では解消できない「非代替性」、④目的を達成する最小の「手段の妥当性」を挙げる。つまり、目的に対する手段の妥当性を前提として、緊急性がなく道路区域内の対策によって解決できる事案については、対象とはしないという選別を行うことによって事務管理の妥当性を確保する。

手続上の妥当性は、①相手方に対する不意打ち防止、②第三者(当事者以外の県民)の納得の観点から判断する。すなわち①については、事務管理が相手方の意思の把握を義務付けてはいないが、財産権の侵害を防止するため、現に差し迫った危険がある場合及びそのおそれがある場合を除き、同意の意思確認を確実に行うこととする。また②については、本来は相手方が行うべき履行に対して安易な費用支弁を防ぐため、道路管理者の相手方に対する修繕等の請求及び説得を重ね、事後に適正な事務管理手続きであったことを確認できるようにする。

7.   「効率性原則」に対する検討

地方公共団体の事務は、「最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない(地方自治法2⑭)」とされる。この費用最少とは、会計手続(例えば一般競争原則の採用)にまで及んで最も費用支弁が少なくなる手法を要求されるものであると考える。

すなわち、道路管理において事務管理を行う場合には、実施時期、他工区(箇所)、他事業、他事業主体等の関連する要件を総合的に判断しての費用支弁を最少としなければならないということであると判断する。

8.   「基準準拠原則」に対する検討及び要綱骨子

行政処分の場合には、その許認可等の可否を判断するための審査基準を定め、審査基準を公にすることが定められている(行政手続法5及び行政手続条例5)。基本的には、事務管理が行政処分ではないことから、要綱等の審査基準は必要とされない。しかし、事務管理の履行にあたって審査基準がなければ、担当部局や職員の裁量が大きく、統一した事務執行がなされないおそれが生ずる。

このため、事務管理においても、道路管理者として画一的に執行するため、またその事務の基準を明確にするため、行政処分に準じて「要綱」を定め、それに沿って履行することが望ましいものと考える。

これまで論じてきた、「透明性原則」、「効率性原則」及び「基準準拠原則」は、(図-5)の通り表すことができる。すなわち、この要綱「道路管理における事務管理手続要綱」は、道路管理者が「道路を常時良好な状態に保つように維持し、修繕し、もつて一般交通に支障を及ぼさないように努めなければならない(道42①)」とする義務の履行のために必要な、道路区域に隣接した土地及び物件に対する事務管理(民697①)の履行のための要件を定め、その基準を対内的及び体外的に示すことにより、適正な行政運営を担保するものである。これを今後制定する際の要綱の骨子としたい。

9.   最後に

本検討は、公物管理において、その支障の原因が個別法(道路法等)の区域外からの事象によってもたらされる場合に、いかに適法、簡便そして具体的に解決できるかを個別法以外の法令にまで拡張して検討したものである。

近年、建物の適正管理を促すとともに住民環境及び景観保全を目的として、空き家条例を制定する市町村が増えている(H26.2.3現在、18/25県内市町村制定)。その背景には、建物所有住民の不在及び建物の維持が困難な高齢住民の増加などの原因が考えられる。同様に、適正管理のなされない建物等を原因として公物管理に支障が生じる事案は、今後増加傾向になるものと推測する。

これまでも、道路隣接区域の支障となる事案については、いわゆる「現場の判断」をもって対応してきた場合も少なからずあったと考える。相手方あるいは第三者から目立った異議がないことからすれば、要綱等の基準がないとしても概ね妥当な対応であったものと考えられる。しかし、基準がないことは、事後に客観的に履行の妥当性を検証することが困難であり、また、履行すべき事案に対して管理者が履行を躊躇してしまうなどの不都合が生ずる。

このため、事象が個別法の範囲外にまで及んだ場合であっても、民法などの一般法にまで履行の根拠を見出すことができる場合、そのための基準をあらかじめ規定し、法目的を達成することが管理者に対する要請であると考える。

10.   参考文献

「行政法概念の諸相」塩野宏著 有斐閣

「自治体政策法務[初版]」北村喜宣・山口道昭・出石稔・礒村初仁編 有斐閣

「新版注釈民法(18)債権(9)[初版]」谷口知平・甲斐道太郎編 有斐閣

「改訂版道路法解説[第2版]」道路法令研究会編 大成出版社

「国家補償法[初版]」宇賀克也 有斐閣

以上



[1]) 民法(事務管理)

第六百九十七条 義務なく他人のために事務の管理を始めた者(以下この章において「管理者」という。は、その事務の性質に従い、最も本人の利益に適合する方法によって、その事務の管理(以下「事務管理」という。)をしなければならない。

2 管理者は、本人の意思を知っているとき、又はこれを推知することができるときは、その意思に従って事務管理をしなければならない。

[2]) 「公物営造物法[新版]」原龍之助 有斐閣 214頁

[3]) 同前

[4]) 「公物営造物法[新版]」原龍之助 有斐閣 190頁

[5]) 「新民法大系Ⅴ 事務管理・不当利得・不法行為[第2版]」加藤雅信 有斐閣 9頁

[6]) 「行政法Ⅰ現代行政過程論[初版]」大橋洋一 有斐閣 42頁

[7]) 「法律学小辞典[第4版]」金子宏他編 有斐閣 912頁


砂防法の都道府県から市町村への権限移譲について考えてみた。

2017年12月18日 21時01分41秒 | 地方分権

事務の権限委譲については、国から都道府県に対して行われるものと、都道府県から市町村に対して行われるものがあります。
この論文は、都道府県から市町村に対して行われる事務の権限移譲について、公物管理法のうち砂防法を題材として、その妥当性を検討したものです。
※平成22年作成、県名は「〇〇県」及び「△△県」と表しています。  


論題 都道府県から市町村への権限移譲にかかる問題点について
副題 〇〇県の砂防法許可事務に関して

【論文の概要】
〇〇県では、市町村が自主的、主体的に個性豊かな地域づくりを展開し、住民が最も身近な市町村において行政サービスを受けることができるようにすることを目的として「市町村への権限移譲の推進に関する条例(平成16年12月24日〇〇県条例第71号)」を制定し、この条例に基づきそれまで〇〇県が担っていた各分野の事務が市町村に権限移譲されることとなった。これにより、〇〇県において行われていた砂防法分野の行政処分である「砂防設備の占用等の許可」の事務が、市町村で行うことが可能になった。
しかし、市町村に権限が移譲されたことにより、制限行為許可及び占用許可は市町村長に、砂防指定地の監視及び砂防設備の工事・維持管理は〇〇県知事にその権限が分離され、〇〇県の砂防指定地管理及び砂防設備管理の面で支障が生ずるおそれが出てきた。このため、砂防設備の占用等の許可の事務を市町村へ権限移譲することが果たして妥当かどうかの検証を行うこととした。
都道府県知事には、砂防指定地に対する行為禁止及び制限する権限(砂防法第4条第1項)、砂防指定地を監視し砂防設備を管理・工事施行・維持する義務(同法第5条)が課されていることから、都道府県知事は砂防指定地管理者であり砂防設備管理者である。権限移譲したとしても、市町村長は砂防指定地管理者及び砂防設備管理者にはなり得ない。また、市町村に権限移譲された事務は、市町村長が自らの責任と判断のもとで行政処分すればよく、砂防指定地管理者である都道府県知事の関与は受けることはない。このため、砂防指定地管理上好ましくない行為が、管理者ではない市町村長の適法な行政処分によって行われてしまう危険を孕んでいるのが、〇〇県の砂防法関係事務の権限移譲であるといえる。
管理者の権限に服する義務を負わない者を抱合したままの状態では適切な維持・管理を行えない。よって、市町村に砂防設備の占用等の許可の事務を移譲すること、すなわち砂防法第4条第1項の許可権限を都道府県知事から分離し市町村に権限移譲することは、包括的で統一的な都道府県知事の管理権の行使が妨げられ、法で課された義務を果たせないことから、妥当ではないと判断する。
この移譲により支障となる事例としては、国家賠償法上、市町村長が許可した占用工作物が起因して発生した災害であったとしても砂防指定地管理者である都道府県知事は、国家賠償法2条1項の賠償責任を負うことが挙げられる。
地方自治法第1条の2第2項において「住民に身近な行政はできる限り地方公共団体にゆだねることを基本」とする理念は、行政が担う公物管理が十分履行できることをもって住民の利益になるものと考える。この権限移譲を砂防法の目的に合致して適切に履行するためには、砂防設備の占用等の許可の権限のみを市町村に移譲するのではなく、砂防指定地管理及び砂防施設管理の権限を一体として移譲しなければならない。
このため、指定地を監視し砂防設備を管理・工事施行・維持する義務(砂防法第5条)、砂防設備を管理・維持・工事するための費用の負担義務(同法第12条)、及び砂防指定地を監視し砂防設備の管理する職員の配置義務(同法第31条)等の管理者に要求される義務や負担をあわせて市町村に移譲できるような法整備が必要である。


【目次】
一 地方分権及び権限移譲
(1)地方分権及び権限移譲の経緯
(2)都道府県から市町村への権限移譲
二 〇〇県における権限移譲
三 〇〇県の砂防法に関する移譲事務
四 〇〇県の砂防事務と市町村移譲事務に関する問題提起
五 移譲事務の砂防法及び他法令規定に対する検討
(1)砂防法における都道府県知事の権限及び義務
(2)砂防法制限行為許可権限と他の義務との関係
(3)市町村長の行政処分の意思決定に対する都道府県知事の関与
(4)国家賠償法の適用の可否
(5)想定される〇〇県の管理の支障
六 おわりに


【本文】
一 地方分権及び権限移譲
(1)地方分権及び権限移譲の経緯
長らく、都道府県及び市町村の地方自治体における事務については、各省庁が全国一律の基準や統一的な方針を決定するなどして各地方自治体の行政運営の裁量を制限することから、政府の関与の度合いが強いところにその特徴があった。このため、中央集権的色合いが濃く、各地方自治体が独自の政策や基準を定めて特色のある行政活動を展開することが妨げられる原因ともなっていた。このことは、地方自治体の行政を政府が制約するものと見る一方、地方自治体にとっては政府の後立てのもと他の地方自治体と類似し均衡のとれた行政を運営するには都合のよいものであった。しかし成熟社会となり、ある程度の社会基盤が整備された昨今においては、政府が全国一律の基準を定め地方自治体がそれにそって行政を運営することは、各地方の地域の実情に合わせた特色ある行政活動が制限されるとする短所が指摘されるようになった。
このような流れのもと、地方自治体にこれまで以上の権限を付与することを目的として、平成5年6月3日の衆議院及び同年同月4日参議院における「地方分権の推進に関する決議」がなされるに至り、本格的に地方分権が動き出した。
その後、地方分権推進委員会において4次にわたる勧告がなされ、政府の地方分権推進計画の策定、この法制化としての「地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律」すなわち「地方分権一括法」が平成11年7月8日に成立、平成12年4月1日に施行され第一次地方分権改革が本格稼動するに至った。
(2)都道府県から市町村への権限移譲
この地方分権一括法は、国と地方の役割の明確化、機関委任事務の廃止及び国の権限を都道府県に移譲することが主な内容となっており、地方公共団体の自主性及び自立性が十分に発揮されるよう住民に身近な行政はできる限り地方公共団体にゆだねることを基本理念としている。この理念のもと、それまでと都道府県の事務とされていたものも、「都道府県は、都道府県知事の権限に属する事務の一部を、条例の定めるところにより、市町村が処理することとすることができる。この場合においては、当該市町村が処理することとされた事務は、当該市町村の長が管理し及び執行するものとする(地方自治法第252条の17の2第1項(条例による事務処理の特例))」と規定されたことから、市町村に権限が移譲できることなった。
この都道府県から市町村への権限移譲に対して、地方分権一括法施行前から存在する地方自治法第252条の14第1項の事務の委託の規定がある。この規定は、「普通地方公共団体は、協議により規約を定め、普通地方公共団体の事務の一部を、他の普通地方公共団体に委託して、当該普通地方公共団体の長又は同種の委員会若しくは委員をして管理し及び執行させることができる」とするものであり、地方公共団体の事務を再配分するという意味においては権限移譲と類似のものである。しかし、権限移譲が都道府県から市町村への事務の再配分の制度であるのに対して、事務の委託は定められた区域の範囲は存在せず、普通地方公共団体相互において、すなわち都道府県と市町村、市町村相互あるいは都道府県相互の間において行われることにその違いを有する。また、権限移譲では都道府県知事の市町村長に対する協議が義務付けられているが同意までは要求されていない反面(地方自治法第252条の17の2第2項)、事務の委託においては議会の議決を経なければならない(地方自治法第252条の2第3項を準用する地方自治法第252条の14第3項)。
これらのことから、権限移譲の規定は都道府県の判断によって市町村に権限の移譲を可能にする内容であり、事務の委託の制度よりもさらに強く権限移譲を推進することができる制度であるといえる。

二 〇〇県における権限移譲
地方自治法第252条の17の2第1項に基づき、〇〇県においては「市町村への権限移譲の推進に関する条例(平成16年12月24日〇〇県条例第71号、以下「条例」という)」を制定した。この条例は、「市町村が自立的、主体的に個性豊かな地域づくりを展開し、及び県民が最も身近な市町村において総合的な行政サービスを受けることができるようにすることを目的(条例第1条)」とし、移譲対象事務を目的に応じてまとめた「パッケージ化」にすることによって、類似した事務が統一的に市町村に移譲できることに考慮がなされている。これらパッケージを列挙すると、身体障害者手帳の交付等の事務の「福祉パッケージ(条例第4条)」、有料老人ホームの設置の届出の受理等の事務の「長寿社会パッケージ(条例第5条)」、児童扶養手当の認定等の事務の「子育てパッケージ(条例第6条)」、墓地等の経営の許可等の事務の「衛生パッケージ(条例第7条)」、農地等の権利の移動の許可等の事務の「農林水産業パッケージ(条例第8条)」、砂利の採取計画の認可等の事務の「商工業パッケージ(条例第9条)」、都市計画区域内における開発行為の許可等の事務の「まちづくりパッケージ(条例第10条)」及び旅券の発給等の許可等の事務の「生活・安全安心パッケージ(条例第11条)」の8のパッケージが規定されている。
権限移譲の対象となる砂防法関係の事務である「砂防設備の占用等の許可」事務は、条例第11条の「生活・安全安心パッケージ」のひとつとして規定され、さらにその詳細は別表第84において定められている。

三 〇〇県の砂防法に関する移譲事務
条例において対象とする砂防設備の占用等の許可(別表84)の事務は、砂防法施行条例(平成15年3月11日〇〇県条例第32号)に規定する11の事務である。
列挙すると、①第3条第1項(砂防指定地内における行為の許可、以下「制限行為許可」という)、②第4条第1項(砂防設備の占用等の許可、以下「占用許可」という)、③第6条(行為の許可等の変更の許可)、④第7条(行為の許可等の更新)、⑤第8条(行為についての国等との協議)、⑥第9条第2項(行為の許可等を受けた者の地位の承継の届出の受理)、⑦第10条第1項(行為の許可等に係る権利義務の譲渡の許可)、⑧第11条(砂防指定地内における行為等の開始等の届出の受理)、⑨第12条(原状に回復することが適当でない旨の認定等)、⑩第13条(砂防指定地内において行為を行っている旨の届出の受理等)及び⑪第14条(行為の許可等の取消し等)である。
砂防法施行規程第3条では、「砂防法第四条ニ依り禁止若ハ制限スヘキ行為ハ同条第一項ノ場合ニ於テハ都道府県ノ条例ヲ以テ(中略)之ヲ定ム」とし、砂防法施行条例が「砂防法の施行に関し必要な事項を定める(第1条)」としていることから、砂防法施行条例は、砂防法第4条第1項の「治水上砂防ノ為一定ノ行為ヲ禁止若ハ制限」する内容を具体的に規定したものといえる。このため、市町村移譲した前述の11の事務は、砂防法第4条第1項の「行為制限の権限」の内容を具体化したものであるといえる。

四 〇〇県の砂防事務と市町村移譲事務に関する問題提起
砂防法において都道府県知事に義務付けられている主たる事務は、「指定シタル土地ニ於テハ都道府県知事ハ治水上砂防ノ為一定ノ行為ヲ禁止若ハ制限スルコト(砂防法第4条第1項)」、「都道府県知事ハ其ノ管内ニ於テ第二条ニ依リ国土交通大臣ノ指定シタル土地ヲ監視シ及其ノ管内ニ於ケル砂防設備ヲ管理シ其ノ工事ヲ施行シ其ノ維持ヲナス(砂防法第5条)」ことの二つがある。
権限移譲前であれば、〇〇県知事は砂防法第4条第1項の行為制限の権限である制限行為許可及び占用許可と、砂防指定地監視及び砂防設備の工事・維持管理(砂防法第5条)とを一体の事務として処理することができた。このため、砂防指定地で他の者が行う掘削等の制限行為許可申請あるいは橋梁等の占用許可申請の審査においては、〇〇県が行う砂防工事に対する支障の有無、既設砂防施設への有害性及び将来の砂防計画に対する影響を判定して許可の適否を具体的に一貫性をもって審査することができるという利点があった。また、〇〇県知事が制限行為許可申請及び占用許可申請を受理するということは、どのような内容の行為がどの期間なされるかという情報を把握することでもあり、砂防指定地の監視の際に、どの箇所に重点を置いて監視するかの判断の要素ともなることから効率的管理にとって有効であった。
しかし、権限移譲後にあっては、制限行為許可及び占用許可は市町村長の権限となり、砂防指定地監視及び砂防設備の工事・維持管理は〇〇県知事が担うこととなるため、権限移譲前と同様の審査が制度として可能かどうか不安視された。この理由としては、市町村が知り得ない〇〇県施行の砂防事業の将来計画に整合した許可審査の機能が失われたこと、また許可の有無及び許可内容については〇〇県知事に対する協議及び報告の義務がないことから、〇〇県は砂防指定地の監視において許可行為あるいは許可物件を事後的に把握することとなり、砂防指定地内で行われる行為の十分な情報収集機能が失われたことが挙げられる。
また、市町村が砂防法施行条例第3条第1項第1号の工作物の新設の許可審査を行う場合には、市町村が独自の権限のもとで「治水上砂防ノ為(砂防法1条他)」の影響の有無等を形式的に審査をすれば、それによってなされた許可あるいは不許可の行政処分は当然に有効となる。このため、その工作物の新設が〇〇県の砂防事業上支障となる物あるいは場所であったとしても、〇〇県の砂防事業計画との整合性を具体的に審査がなされない点で砂防事業に対する支障の発生が十分に考えられるのである。
一般的に、都道府県から市町村へ移譲された事務は、「当該市町村の長が管理し執行する(地方自治法第252条の17の2第1項後段)」こととなり、権利行使あるいはそれに付随する義務を行使する主体が都道府県知事から市町村長に置き換わるのであって、双方に権限や義務の行使に伴う新たな衝突や干渉が生じることは基本的には考えられない。例えば、開発行為許可(都市計画法第29条第1項及び第2項)の場合、権限移譲がなされれば都道府県知事はその権限を失い、替わって市町村長が許可に対する権限を得ることになるものであって、都道府県と市町村との間において権限の行使に関する衝突等は想定できない。
しかし、移譲対象となる事務とは別に、法律上都道府県知事に義務が課せられている規定がある場合には、移譲された事務を執行する市町村と、法律上の義務を履行しなければならない都道府県との間で事務執行に関して衝突等が生ずることが予想される。
このような、不都合な事態が想定される「砂防設備の占用等の許可(別表84)」の事務の、市町村への権限移譲が果たして妥当かどうかを検証する必要があると考えるのである。

五 移譲事務の砂防法及び他法令規定に対する検討
(1)砂防法における都道府県知事の権限及び義務
「『砂防』とは、土砂の生産を抑制し、流送土砂を扞止調節することによって災害を防止すること(建設省河川局砂防法研究会『逐条砂防法』41頁(全国加除法令出版、昭和47年))」と定義される。山地においては、主として降雨及びそれに伴う河川の増水等によって山肌が削りとられることによって、多大な土砂が生産され流出する。
このため、川は絶えずその形状を変化するこことなり、土地の侵食や川底の上昇がもたらされ土砂崩れや水害を引き起こす。これを防止するのが「治水上砂防」であり、砂防法においては「砂防設備ヲ要スル土地又ハ此ノ法律ニ依リ治水上砂防ノ為一定ノ行為ヲ禁止若ハ制限スヘキ土地(第2条)」に対して、都道府県知事に一定の権限を付与し義務を課している。
規定されている都道府県知事の権限及び義務のうち主たるものは、①指定地に対する行為禁止及び制限する権限(砂防法第4条第1項)、②指定地を監視し、砂防設備を管理・工事施行・維持する義務(同法第5条)、③管内公共団体の行政庁に対する砂防工事施行・維持を指示する権限(同法第7条)、④他の工事等で砂防工事が必要となった場合の工事施行・維持の命令(同法第8条)、⑤砂防台帳の調整・保管の義務(同法第11条の2)、⑥指定地を監視し、砂防設備を管理・維持・工事するための費用の負担義務(同法第12条)及び指定地を監視し砂防設備の管理する職員の配置義務(同法第31条)である。
これによれば、都道府県知事は治水上砂防のため、砂防指定地の監視及び砂防設備の維持管理義務、費用負担義務及び監視職員の配置義務を負い、その義務を果たすべく行為禁止及び制限の権限を有することとなり、すなわちこれらの権限及び義務を履行することが砂防法上都道府県知事が行う「管理」ということとなる。
このうち砂防指定地の監視とは、「法第二条により治水上砂防のため一定の行為を禁止制限した砂防指定地における遵守義務について、違反行為がないかどうか等を常時監視すること(建設省河川局砂防法研究会『逐条砂防法』116頁(全国加除法令出版、昭和47年))」、すなわち砂防指定地の管理である。砂防指定地は降雨や台風などによって山肌が侵食され絶えず土砂生産・流出がなされるところであり、砂防指定地管理者は、その現状を変更して治水に影響を与えるような有害行為を禁止制限し、違反行為を監視する必要がある。また、自然崩壊や現状変更のおそれの有無、崩壊等の現況等を常時把握して、砂防設備の新設、改良、維持、修繕、災害復旧等の工事の必要性の有無、工事施行の時期等を判断するため、不断の監視、すなわち管理を必要とする。
この管理は、砂防法第4条第1項で規定される砂防指定地の現状を変更して治水上砂防に影響を与えるような行為を許可対象として禁止制限し違反する行為を監視する(同法第5条)砂防指定地の監視と、同法第5条で規定される砂防設備の工事及び維持を行う砂防設備の管理とをもって構成される。そのため砂防指定地を監視し、砂防設備を管理・維持・工事するための費用の負担義務(同法第12条)及び砂防指定地を監視し砂防設備の管理する職員の配置義務(同法第31条)が都道府県知事には義務付けられている。
よって、都道府県知事は、砂防指定地管理者と砂防設備管理者の双方の立場をもって治水上砂防のための管理を行うものとなる。

(2)砂防法制限行為許可権限と他の義務との関係
砂防法第4条第1項の行為制限の権限が移譲されると、市町村長は行政処分手続の適否の側面でのみ責任を負うこととなるが、公物管理としての砂防指定地管理の責任は負うものではないこととなる。すなわち、権限移譲がなされたとしても市町村長は砂防指定地管理者あるいは砂防設備管理者にはなり得ないということである。一方、権限移譲された場合であっても、都道府県知事は砂防法第5条の指定地監視義務を負う立場には変わることはない。
基本的に、公物を管理する場合、管理主体にはその管理を適切に行うための手段として管理者以外の者の行為を禁止及び制限する手段が付与されている。例えば、道路法においては、道路法第12条から第16条までの道路管理者は、道路管理者以外の者の道路工事に対する承認の権限(道路法第24条)を有し、道路の占用についての許可権限(同法第32条)を有する。また、河川法においても河川管理者(河川法第9条及び第10条)は、河川管理の手段として、流水占用(同法第23条)、土地の占用(同法第24条)、土石等の採取(同法第25条)、工作物の新築等(同法第26条)、土地の掘削等(同法第27条)、竹木の流送等の禁止・制限(同法第28条)及び川管理上支障を及ぼすおそれのある行為の禁止・制限(同法第29条)の各許可権限を有する。これら道路法や河川法を見てわかるように、公物管理においては管理者以外の者の行為を禁止し規制する権能が管理者に備わっていなければ法の目的を達成することはできないため、管理者に必要不可欠な権限として様々な許可が規定されているのである。
また、国から発せられる砂防関係の通達においては、制限行為許可及び占用許可と砂防指定地管理に関して次のように表されている。平成39年8月13日付け建河発第399号(建設省河川局長から各都道府県知事あて)「砂防指定地等管理の強化について」では、治水上砂防の見地から支障の生じている事例に対して砂防指定地等の管理強化を指導する旨通達がなされている。ここでは、①制限行為等の許可にあたっては治水砂防上の支障の有無を十分検討し厳正に行うこと、②制限行為等の許可にあたっては砂防指定地又は砂防設備に治水砂防上の支障ないようにすること、③許可した制限行為等の状況を常時監視し必要となる場合は的確な行政指導を行うこと、が求められている。これによれば、砂防指定地と砂防設備の管理を行うためには、都道府県
知事が制限行為等の許可の厳正な審査が必要であり、制限行為等を許可した事後においても常時監視をすることが不可欠であることを前提としているものである。このため、砂防指定地及び砂防設備を管理するにあたって、制限行為許可及び占用許可の権限を都道府県知事から分離することは到底考えられないものといわざるをえない。
公物管理権とは、「公共用物をその本来の目的にしたがって、公共の用に供するために認められた特殊の包括的権能(原龍之助『公物営造物法』219頁(有斐閣、昭和53年 ))」であり、その管理行為の一部の権限を他の者に対して移譲することは、包括的で統一的な管理権の行使が妨げられる。また、管理者の権限に服する義務を負わない者を抱合したままの状態では適切な維持・管理を行えないことは明白である。
よって、市町村に制限行為許可及び占用許可を移譲することによって砂防法が規定する都道府県知事の管理義務が適切に履行されないおそれがあり、市町村長には移譲後にあっても管理権限がないことから、制限行為許可及び占用許可すなわち「砂防設備の占用等の許可(条例・別表84)」の事務を〇〇県から分離し市町村に権限移譲することは、妥当ではないと判断する。

(3)市町村長の行政処分の意思決定に対する都道府県知事の関与
前述のとおり、砂防指定地管理及び砂防設備管理については都道府県知事にその義務及び権能が付与されており、管理者としての責任を負わない市町村長に対して管理権の一部である許可権限を移譲することは、一貫した統一的な管理に対して大きな支障となるものである。
ただし、権限移譲された事務を市町村長が許可等の行政処分した場合に、都道府県知事が是正等の要求が行うことが出来るとすれば、一応形式的には適切な管理が担保される可能性がある。地方自治法第252条の17の4第2項は、権限移譲により都道府県が処理することとされた法定受託事務についての是正の要求が出来る旨の特則を置く。是正の対象となるのは、法令もしくは国・県の処分に違反する事務の執行もしくは事務を怠った場合である。そのため、市町村へ権限移譲された事務について、許可基準等に則り行った行政処分が結果として都道府県の管理あるいは将来計画等に支障がでたとしても、法令違反もしくは事務を怠ったということにはならないため、権限移譲された砂防設備の占用等の許可の事務に対して県が是正を求めることはできないということとなる。

(4)国家賠償法の適用の可否
国家賠償法第2条第1項では、「道路、河川その他の公の営造物の設置又は管理に瑕疵があつたために他人に損害を生じたときは、国又は公共団体は、これを賠償する責に任ずる」と規定する。この「公の営造物」の伝統的理解は「国又は公共団体により公の目的に供される人的物的施設の総合体を指称するのが普通であるが、国家賠償法第2条第1項では、道路、河川、港湾、水道、下水道、官公庁舎、学校の建物等、公の目的に供用されている有体物を意味する(宇賀克也『国家補償法』233頁(有斐閣、1997年))」のであり、また法条文に河川が挙げられていることからも人工公物のみならず自然公物も含まれるものと解される。このことから、砂防指定地及び砂防設備は公の営造物であり、管理者である都道府県知事は国家賠償法第2項第1項により賠償責任を負う場合があるということになる。
ただし、権限移譲によって市町村長が許可した掘削や盛土等の制限行為、及び橋梁や取水施設等の占用工作物が起因し他人に損害が生じた場合であっても、砂防指定地管理者である都道府県知事がその管理責任を問われるのかということが検討されなければならない。当然ながら、他人に対する損害が都道府県知事が許可した制限行為及び占用工作物に起因する場合には、治水上砂防に対する妥当性や既存の砂防設備及び将来計画に対する支障の有無を自らの審査によって判定し、また制限行為及び占用工作物を含めた砂防指定地の管理義務が都道府県知事にあることから、瑕疵が問われ賠償責任を負う場合がある。
一方、市町村長が許可した場合はどうか。権限移譲された許可の事務の対象とする行為は、一般的には申請から始まり内容審査を経て行政処分がなされ、工事等の許可内容の履行が完了するまでの一連の事務手続のみである。このため、砂防指定地に市町村長の許可によって設置された占用工作物が存在したとしても、市町村長に治水上砂防についての管理義務が生ずることはない。よって、「公の営造物の管理」を要件とする国家賠償法第2条第1項の賠償責任は市町村長には及ばないこととなる。
結局のところ、『河川管理者以外の者が設置した許可工作物の維持管理は、河川とは独立したものとして設置の許可を受けた者が行うが、河川管理者は、監督処分権を有するから(河川法七五条二項)、許可工作物に内在する欠陥により河川災害が生じた場合、河川管理者が許可工作物の維持管理に直接関与していないからといつて何らの責任も負わないものとすることはできない(平成2年12月13日最高裁一小法廷判決昭和63年(オ)第791号)』とするように管理者はその責任を免れない。そうすると、市町村長によって許可された制限行為及び占用工作物が起因して他人に損害が生じた場合であったとしても、砂防指定地管理者である都道府県知事は、国家賠償法第2条第1項の賠償責任を負う場合があるということとなる。

(5)想定される〇〇県の管理の支障
市町村によって許可された制限行為及び占用工作物と、〇〇県が行う砂防指定地管理や砂防設備整備とが場所や時期において衝突し、砂防事業に支障が生ずることは容易に考えられる。そのうえで、支障となる事態について具体的に見ていくことする。
まず、砂防設備の事実管理の側面に関してである。市町村の制限行為及び占用許可の行政処分は、砂防事務における〇〇県の審査を経るものではないことから、処分対象となった物件が、現況及び将来計画に対して、治水上必要とされる適切な川幅や水面からの距離等の砂防上の技術的な要件が確保されないおそれがあるということである。
さらに、市町村が砂防指定地内で自らの事業を施行する場合、具体的には市町村所有地での土石の採取行為を行う場合や、市町村道の橋梁を設置する場合である。市町村に制限行為許可及び占用許可の権限があるということは、市町村が砂防指定地内において、自由に制限行為や占用を行うことができるということである。このような砂防指定地の管理に責任を負わない者が、砂防指定地においてその行為が制限されないことは、公物管理の上で妥当ではないと考える。
また、砂防法施行条例第8条「国又は地方公共団体が第三条第一項の行為又は第四条第一項の占用若しくは採取をしようとするときは、あらかじめ、知事に協議し、その協議が成立することをもって第三条第一項又は第四条第一項の許可を受けたものとみなす」が権限移譲対象事務となっている。このため、果たして砂防事業を行う〇〇県が市町村長に対する協議を必要とするのか疑義が生ずる。しかし権限移譲は、その行使する主体が都道府県から市町村に置き換わる制度であり、従来の都道府県の権限が市町村と並列に残存するものではない。そのため、この条文においては〇〇県は「地方公共団体」としての扱いを受けることとなり、市町村に対する協議が必要とならざるを得ないこととなる。

六 おわりに
この砂防関係の事務を市町村へ権限移譲対象としているのは全国47都道府県のうち、〇〇県の他1県にとどまる。さらに実際に移譲しているのは〇〇県のみである。
移譲の対象事務としていない都道府県の理由としては、「砂防指定地を適正に管理するための砂防工事等には、多大の費用を要するため、国庫補助事業が必要である。国庫補助の適正な執行のため事務及び管理に関する事務は全て県が行うことになっている(△△県)」としており、指定地及び設備の管理と許可権限は分離して事務を執行できないと判断した結果であるといえるものである。権限移譲のうち、県民あるいは様々な活動主体に対して行政が法規制する場合であれば、規制する行政主体は国、都道府県あるいは市町村のいずれであってもかまわない。たとえば、都市計画法29条の開発行為許可の規制主体(許可権者)が都道府県知事であっても市町村長であっても規制の効果は同様であり、また都道府県と市町村との間での権利義務の干渉や衝突は考えられない。
しかし公物管理においては、管理者自身に他の者の有害な行為を排除する権限が備わっていなければ適正な管理を行うことは不可能である。このため、公物管理者たる〇〇県知事から市町村長に権限移譲することは妥当ではない。
地方自治法第1条の2第2項において「住民に身近な行政はできる限り地方公共団体にゆだねることを基本」とする理念は、行政が担う公物管理が十分履行できることをもって住民の利益になるものと考える。しかし、条例が定めた「砂防設備の占用等の許可」(条例第11条・別表第84)の事務の権限移譲は、〇〇県の砂防指定地及び砂防設備の一元的で適正な管理を失わせるものである。
この権限移譲を砂防法の目的に合致して適正に履行するためには、砂防設備の占用等の許可の権限のみを市町村に移譲するのではなく、砂防指定地管理及び砂防施設管理の権限を一体として移譲しなければならない。
このためには、砂防指定地を監視し砂防設備を管理・工事施行・維持する義務(砂防法第5条)、砂防設備を管理・維持・工事するための費用の負担義務(同法第12条)、及び砂防指定地を監視し砂防設備の管理する職員の配置義務(同法第31条)等の管理者に要求される義務や負担をあわせて市町村に移譲できるような砂防法の改正及び整備がなされなければならない。

以上


【参考文献等】
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宇賀克也 『法律学体系・国家補償法』初版 有斐閣
建設省管理課長高田賢造『最近における公物立法の展開 公共物管理法に関する諸問題』14-30頁 自治研究第28巻第10月号 良書普及会
建設省計画局建設事務官永井陽『公共物の管理に関する諸問題』19-29頁 地方自治第74号 地方自治制度研究会
南博方・高橋滋編 『条解行政事件訴訟法』第3版補正版 弘文堂
澤俊晴 『政策法学ライブラリィ12 都道府県条例と市町村条例』初版 慈学社


いわゆる「2hルール」が適用される範囲を行政法から考えてみた。

2017年12月18日 21時00分19秒 | 河川法
◯はじめに
 
 土木の技術系職員、特に河川畑の皆さんには馴染みの「2hルール」という技術上の基準があります。正式には、「平成六年五月三一日 建設省河治発第四〇号 建設省河川局治水課長通達 『堤内地の堤脚付近に設置する工作物の位置等について』」において示されている、河川堤防の法尻付近における工作物を設置してはならない範囲を示した規定のことをいいます。
 「2hルール」といわれているのは、提内地において縦1に対して横2の割合(高さhに対して横2倍(2h))の勾配で引いた線の下方を構造物を設置してはならない範囲(通達の図参照)としていることに由来します。
 土木の技術系職員は、「堤防法尻」イコール「2hルール」による工作物の設置制限、と考える場合が多いのですが、河川法等の公物管理法による管理権限の及ぶ範囲は無制限ではなく、また私有財産に対し私人の権利を制限し義務を課すには法律の定めが必要です。
 以下には、この「2hルール」が適用できる要件について、行政法の一般原則の観点から考察してみたいと思います。
 

◯2hルール 
 
 以下、国土交通省の告示・通達データベースシステムから検索した通達本文です。
 
[引用開始]
堤内地において、堤防の堤脚に近接して工作物を設置する場合については、水路等の設置に伴う掘削により堤防の荷重バランスが崩れること若しくは基盤漏水が懸念される箇所においてパイピングが助長されること又は止水性のあるRC構造物等の設置により洪水時の堤防の浸潤面の上昇が助長されること等の堤防の安定を損なうおそれがあることから、従来より、工作物の設置による堤防に与える影響について検討し、その設置の可否を決定してきているところであるが、この度、堤内地の堤脚付近に設置する工作物の位置等に係る判断基準等をまとめたので、今後は、左記により取り扱われたい。
(1)堤脚から五〇パーセントの勾配(二割勾配)の線より堤内側及び堤脚から二〇メートル(深さ一〇メートル以内の工作物の場合については一〇メートル)を越える範囲(下図の斜線外の堤内地側の部分)における工作物の設置(堤防の基礎地盤が安定している箇所に限る。)については、特に支障を生じないものであること。
(2)から(8)まで略
 
※下線は、ブログ管理人が付けました。 
[引用終了]
 
 図を見れば、工作物の設置が制限される部分は、河川区域境を起点として河川区域以外の区域を対象として定められています。
 この河川区域以外の区域は、すなわち民地(この場合、私有地の他、道路や公的機関の敷地等の公有地である場合もありますが、河川管理者以外の者が管理する土地であれば、以降の考察においては同様に取扱うことができるため、以下「民地」と表記します。)です。このため、「2hルール」は、河川区域に隣接した民地である堤内地の堤脚付近に設置する工作物の位置等に係る判断基準等を具体的に示した通達であることがわかります。
 

◯民地に対する所有権制限の可否
 
 前述のとおり、「2hルール」は民地における工作物の設置を制限する規定ですが、民地(私有財産)には土地所有者の所有権が存在します。民法では、「土地の所有権は、法令の制限内において、その土地の上下に及ぶ(207条)」と規定されているため、「法令の制限」がない限り土地所有者は所有権を自由に行使(使用、収益及び処分)することができます。
 このため、河川管理者が民地における工作物の設置の制限を行うのであれば、まずは河川法に民地の土地所有権を制限する規定があって、この規定を具体的に執行するために通達である2hルールが存在するということとなります。
 それでは、「2hルール」はどの河川法規定を具体的に執行する通達であると考えられるでしょうか。
 以下には、行政法の一般原則から考察していきたいと思います。
 

◯行政法の一般原則
 
 「法律による行政の原理」は、法治主義の代表的法理とされ、「法律の優位原則」と「法律の留保原則」をその内容とします。
 「法律の優位原則」は、「法律規定と行政活動の内容が抵触する(=矛盾する)場合に、法律は、「あらゆる」行政活動に対して優位する(大橋・行政法24頁)」とするものである。このため、法律規定に反する政令等は無効となったり、行政活動そのものが法律違反になったりする場合が生ずることとなります。
 また、「法律の留保原則」は、私人の権利を制限し義務を課す等の「侵害行為」について、「『法律』形式による議会の事前承認を要求する(同25頁)」とされるものです。このため、「法律が予めそれを許容した旨の根拠をおいていなければ当該活動は違法となる(同25頁)」こととなります。
 具体的に法律においては、「政令には、法律の委任がなければ、義務を課し、又は権利を制限する規定を設けることができない。(内閣法第11条)」、及び「省令には、法律の委任がなければ、罰則を設け、又は義務を課し、若しくは国民の権利を制限する規定を設けることができない。(国家行政組織法第12条第3項)」と表されています。
 つまり、「2hルール」について考えれば、それ自体が私人に対する制限等を行う効力はなく、河川法の制限等の規定あるいは河川法の政令等への委任規定が存在することによって私人に対する工作物の設置制限がなされることとなります。
 次には、河川や道路等の「公物」に対する管理について考えていきます。
 

◯公物管理における相隣関係からみた「2hルール」の適用範囲
 
 道路や河川等の公物は、その管理者によって公物の範囲を決定することができます。
 つまり、「公物管理者は、その一方的な処分によって公法上の制限をうけるべき公物の範囲を決定しうる(原・公物営造物法178頁)」こととなり、管理者の許可、認可及び監督処分は、公物の範囲、具体的には河川区域(河6条1項各号)等に対してのみ及ぼすことができることとなります。
 しかし、管理の範囲を公物の範囲のみに限定することによって、公物管理に支障となる場合があります。
 そのため、「公物そのものについて公法上の制限を加えるだけではなく、公物管理者は、特別の規定により、公物に隣接した区域を指定し、その区域内の一定の行為につき公用制限を加える(同188頁)」ことによって公物の目的を達成させることとしています。
 河川法においては、河川区域に隣接して行為の制限がなされる区域を「河川保全区域」として定めています(河54条1項)。この河川保全区域は、「河川の機能を維持し、その管理の目的を達成するためには、河川自体を保全するだけでは足りず、河川区域以外の一定の区域、とくに河川の流水によって生ずる災害の発生のために重要な機能を果たしている河岸及び河川管理施設(とくに堤防)を保全するため、必要な最小限度の区域に限り(同189頁)」指定することができます。また、私人が「この区域内において、河川管理上支障のある行為を制限するため、土地の掘さく、盛土、切土その他土地の形状を変更する行為、工作物の新築又は改築をしようとする者は河川管理者の許可をうけなければならない(同189頁)」(河55条1項各号)こととなります。
 「2hルール」は、河川区域に隣接した民地である堤内地の堤脚付近に設置する工作物の位置等に係る判断基準等を具体的に示した通達であることから、河川区域に隣接した民地すなわち河川保全区域(河54条1項)をその対象範囲として、行為制限(河55条1項各号)の判断基準を具体的に示したものということとなります。
 このため、河川保全区域の指定がなければ、河川管理者は河川区域に隣接した民地に対して「2hルール」による制限は行うことはできないということとなります。
 付け加えると、河川保全区域指定の無い隣接民地に対しては、河川管理者といえども対等な私人間の関係であることから、法律上の判断については「民法の相隣関係に関する規定の趣旨を類推すべき(同190頁)」こととなります。
 

◯さいごに
 
 通達及び要項等は、行政が法律を具体的また統一して執行するために行政内部において効力を有するものです。
 このため、通達等が直接、私人に対して権利を制限し義務を課すことができないことを理解する必要があります。単に「2hルール」があることだけで、民地の制限が可能であると短絡して結論を出すのではなく、根拠となる法律規定を念頭において考えることが大事であると思います。
 

◯参考文献
 
・大橋洋一 「行政法Ⅰ現代行政過程論」初版 有斐閣
・原龍之助 「公物営造物法」新版 有斐閣
 
以上


「旧川の帰属」に関して考察してみた。

2017年12月18日 20時58分13秒 | 河川法

都道府県が行う河川改修工事に伴って、それまでの河川(旧川)が不要となって市町村に移管する場合があります。
しかし、旧川移管は、市町村の負担が増えることから難色を示す場合が多く、なかなかすんなりとは行きません。
このような場合の旧川の帰属を考察してみました。

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旧川の帰属に関する考察

【概要】
洪水によって災害が発生する河川においては、その災害の発生の防止することを目的(河川法第1条)として河川改修工事が行われる。この河川改修工事の手法としては、①既存の河川の断面を拡大する手法(主として川幅の拡張。以下「拡幅」という)及び②既存の河川とは別に新しい河川を付け替える手法(以下「バイパス」という)とに大別することができる。
拡幅の場合であれば、既存の河川区域である1号地(河川法第6条第1項1号。以下、「河6①一」と表記。他の条文も同様)及び2号地(同二)に、拡幅した区域が1号地及び2号地として面的に連続することとなる。このため、一体とした河川区域が形成されることとなり、河川管理者は従前と同様の行政管理及び事実管理※1を行うことについて、なんら問題は生じないものと考える。
一方、バイパスの場合には、バイパス区間に1号地及び2号地が移転し、従前の河川区域は「河川の流水が継続して存する」1号地としての性格を失うこととなる。また既存の河川管理施設は、「洪水による災害発生の防止」(河1)を目的とした施設には当たらないこととなるため、その敷地は2号地としての性格を失うこととなる。つまり、バイパスの場合における従前の河川区域である、いわゆる「旧川」は、河川法の区域としての根拠を失うこととなるため、河川管理者以外の者によって管理される客体(土地及び施設)として扱われることとなる。
従来から旧川の取り扱いは、廃川手続き(河91①及び河令49)によって行政財産から普通財産へ変更するとともに、①同一地方自治体内における所管替え(以下「所管替え」という)、及び②他の自治体(市町村)への移管(以下「移管」という)、の2つの手法のいずれかによってなされてきた。
このうち、①所管替えの場合は、所管替え後の担当課による草刈り等の事実管理が、予算あるいは人的な制約によって従前の河川管理者による管理に大きく劣る水準となる。そのため、地元からの苦情等があった場合には、担当課による対応がほとんど期待できないことから、従前の河川管理者が対応せざるを得ない場合もあるように思われる。つまり、所管替えの場合、担当課は行政管理を担うことはできたとしても、事実管理についてはできない状態となるため、廃川敷地は実質的に放置される状態となる。
このため、住民生活全般を包括的に担い、機動的に対応できる市町村の行政活動に期待して、旧川を市町村に移管することを検討し、市町村との間で移管交渉を行う場合も多い。しかし、この旧川移管交渉においては、河川管理者側の移管の意向に対し、市町村側が新たな土地を管理し負担が増えることを理由として引受けに難色を示すことが多く、移管ができない場合や交渉が河川事業の完成間際までもつれ込む場合がある。
このような交渉となる原因としては、これまでの交渉が市町村側の任意の意思にのみに頼った交渉をしてきたことによることが大きいと思われる。つまり、これまでの河川管理者側の移管の意図は単に「不要物件の引き渡し」に過ぎず、市町村が旧川を引き受ける法律上の義務規定が存在しないとすれば、市町村においては積極的であれ消極的であれ旧川を引受ける動機を見出すことはできない。
しかし、旧川が従前には河川法上、一定の目的をもった行政財産であったことを考えると、単に河川管理者と市町村との任意の合意あるいは市町村の引受けの意思等によって「主観的」にその帰属が決定されるのではなく、住民生活を基点にして旧川が将来備えなければならない機能に着目して、その機能を担う管理者の妥当性を「客観的」に評価することによって、旧川の帰属が決定されることが必要であると考える。
以下には、これらを踏まえ旧川の帰属について考察を行い、原則的な考えを提示したい。
【考察】
従前の河川区域が、1号地としての性格を失い旧川となる場合、その区域は河川法上の行政財産から除外されることとなる。この場合、それまで河川を流末として流されていた隣接地からの地表水、宅内排水及びその他排水(以下「排水等」という)がその行き先を失うこととなる。このため、旧川に排水等を受け入れ、適切に排水できる機能及び施設、すなわち排水路を設ける必要がある。
この排水路を設置する際には、自然の公物としての河川の成り立ちやその河川の位置及び高さを前提として隣接地の排水路等が設置されてきたことを考えると、従前の河川が排水等を受け入れ流下していた形態と同様の形態により排水路を設置することが最も経済的で合理的な選択となる。
旧川に排水路を設置する場合、従前の河川と同様に隣接地の不特定の者の排水等を受けることとなるため、排水路は河川に代わる水路としての公的な性格を帯びる。つまり、この排水路は、民法において自家用等の排水の流末として規定する「公の水流」※2であって、公の管理に属するものとして扱われることとなる。
このことから、旧川に設置される水路は、河川法以外の規定により管理される水路、すなわち「法定外水路」として、市町村管理として扱われるものとなる。
【結論】
旧川の帰属は、旧川における水路の設置の必要を基準として、水路設置を要する場合には市町村への移管、不要な場合は所管替えとして扱うことを原則としたい。
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※1 「河川管理は、事実管理と行政管理に二分される。前者は、堤防の新改築、河川工事の実施、水門等河川管理施設の操作などをいい、後者は、土地の掘さくや工作物の設置の許可などの行政作用をいう。」 古崎慶長 「国家賠償法の理論」 有斐閣
※2 民法第220条(排水のための低地の通水)
高地の所有者は、その高地が浸水した場合にこれを乾かすため、又は自家用若しくは農工業用の余水を排出するため、公の水流又は下水道に至るまで、低地に水を通過させることができる。この場合においては、低地のために損害が最も少ない場所及び方法を選ばなければならない。