Eiichiro Blog

中年ベーシストの音楽談義と日々の日記。

たくさん泣いた日。

2016-01-13 22:59:47 | Weblog
1月8日朝。

夜勤を終えた私はご飯も食べずに入浴だけを済ませ車を走らせた。
翌日のライブに備えて練習するためだ。
運良く11時から2時間スタジオに入る事ができた。
練習が終わるとまっすぐに駅に向かった。

小倉から徳山。
普通なら車で行くところだが…私が夜勤明けのため運転が危険だと思われ
やむなく電車を使う事になった。
徳山まで約2時間。
その間に仮眠できるというのも理由のひとつであった。
厚狭あたりまで覚えているが目が覚めたのは新山口の手前だった。
それからまた少し眠りについた。

ほどなくして徳山へ到着。
同行したKAYOも寝ていたかどうかは定かではない。
この日はとても寒かった。
JR徳山駅は新しい駅舎になるらしい。
旧駅舎は解体している最中だった。
目的地の周南市文化会館へはバスも出ていたが時間もあったので歩く事にした。
やはり道中は寒かった。
事前に場所は調べていたので迷うことなく目的地へ着いた。
そこには既に行列ができていた。

ここへ来た目的。
そう…あるミュージシャンのコンサートを見るためだ。
以前見たのが26年前。
九州厚生年金会館にて行われたコンサートに私はひとりで見に行った。
やはり記憶というものは曖昧で忘れやすいもの。
私は26年前の記憶を取り戻しに来たのだ。

長い行列を見渡してみると私と同世代か上の人ばかり。
KAYOと同じくらいの世代の人は少なかった。
どれくらいの時間並んでいたか…
ようやくチェックが終わりホールの中へ。

ステージにはアメリカの雰囲気が漂うセットが組まれていた。
その中央にそのミュージシャンが立つ。
もうすぐ会える。

開演10分前。
私たちの席は2階のやや左寄り。
待てよ…この光景は…
26年前とほとんど同じ。
前に見た時も2階のやや左寄りだった。
何という偶然。
それを思い出した時…自然と涙が溢れてきた。
理由は分からない。
とにかく涙がこぼれるのだ。

いよいよ開演。
BGMと共にバンドメンバーがひとりずつ配置につき…最後にそのミュージシャンは…
中央のマイクの前に立った。
1曲目。
彼のギターの音色が私の耳を震わせた。
そして彼が歌い始めた。
26年前と全く変わらない。
伸びのある素晴らしい歌声だった。
私はもう涙で彼が見えなかった。
でも必死でその光景を目に焼き付けた。

コンサートは滞り無く進んでいった。
後半のバラード曲。
周りのお客さんも泣いていた。
そしてラストへ。
その頃には会場が一体となり…総立ちになっていた。
アンコールの拍手が会場に鳴り響く。
こうして約3時間半のコンサートは終わりを告げた。

このコンサートに来た目的。
それはKAYOにこのミュージシャンのパフォーマンスを見せたかったのと…
26年前の自分に会う事。
その頃の私はライブなどやっていなかった。
今は『bumpy blume』というユニットでステージ立っている。
私はてっきりミュージシャン目線でこのコンサートを見るものだろうと思っていた。
でもそれは違っていた。
自分がミュージシャンという事を忘れて彼のパフォーマンスを見ていたのだ。
26年経った今…そして…26年前の私…
それはこの空間においてひとつに融合していた。

夢のような時間だった。

彼は来月で63歳。
私は今年の12月で50歳。
普通なら私もまだまだ頑張らないとと思うところだが…
私はそうは思わなかった。

終わりまでやろう。

そう思った。
いつ終わるかは分からない。
終わりを決めるのは自分なのだから。
でも今は終われない。
だから終わりまで走り続けてやろうと思う。

ぶれることのない信念を貫く事。

たくさん学ぶことがあった。
私はこの日の事を忘れない。

そしてまた会いに行こう。
勇気をくれた偉大なるミュージシャンと未来の私に。

Eiichiro
コメント
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