スピリチュアルの考え発信ブログ

主に「奇跡のコース」からの学びや
僕の思っている事や日常を記事にします。

「特別な愛」と言われているモノは苦しみを産みます

2022-07-10 07:37:00 | 日記
誰しも
「自分だけを深く愛してくれる特別な人」
を求めているのではないでしょうか?

僕もその1人でした
恋愛至上主義ではない人でも
心の欠乏を埋めてくれるのは
「特別な誰か」だとどこかで
信じているのでは無いでしょうか?

その証拠に、この世界で
良く歌われている愛は

「君しか見えない」
とか
「あなた以外何も要らない」
とか
「2人で永遠に歩んでいこう」
とか

自分にとっては
『あなただけが価値がある』
そんな価値観で歌われて
居るのでは無いでしょうか?

しかし、真に愛と言えるモノは
永遠のモノです。

「何が言いたいんですか?
その愛が素晴らしいから
みんな歌って居るんでしょ?

と、あなたは言うかも知れません
僕はそんなあなたに問います。

「本当にそんなに素晴らしいのでしょうか?」

仮に、美男美女のカップルが
上手く行って結婚して
仕事も上手く行って
お金も結構稼げたとします。

この2人の夫婦は
特別な愛を持っていて
ずっと幸せでしょうか?

「当たり前じゃないですかっ!」

あなたは言うかも知れません
しかし、僕はそうとも言えないと思います。

基本、特別な愛には条件があります

「君だけが特別だよ」

なぜ「だけ」なのでしょうか?
その「だけ」の根拠がどこにあるのか?

結局、特別な愛は
「自分の◯◯を満たす君だけが特別だよ」
なのです。

男性目線から例えるなら
それは女性の容姿かも知れません。

もしそうなら
女性は老化と共に特別な愛を維持出来なくなります。

もし、女性の「優しさ」なら
常に女性は「優しさ」を要求されている事になります。

「自分の愛はそんなのじゃない、◯◯だけ特別で愛しているんだ」

あなたは言うかも知れません
それでは、極端な事を言います。

あなたのお相手が、事故にあって
顔が醜く潰れたとします
植物状態になり、普段の様に
話す事が出来なくなりました。

変わらずあなたは愛し続ける事が出来ますか?

その相手が事故で死んで
骨だけになっても、あなたはその骨になった
状態のその人を
変わらず愛し続ける事が出来ますか?

「肉体」を条件として愛しているのであれば
無理でしょう。

相手が50歳歳を経っただけで
関わりたく無くなるかも知れません。

それが永遠の愛でしょうか?


別にパートナーを持つなと
言っている訳ではありません。

何が言いたいか?と言うと…。

恋愛のときめきや
変な期待は、その人の視力を曇らせ
「本来のその人」ではなく
「信じたいその人」を信じて見てしまいます。

そして無駄にドキドキして
正常な判断が出来なくなり
周りから見たら不幸にしかならない様な相手を
喜んで選んでしまったりします。

そして特別な愛は
恋愛だけでなく
勿論、家族関係や
普通の人間関係にもあります。

価値観の合う人と合わない人等
善人と悪人
味方と敵

特別な愛は
自分の認める人は素晴らしく
それ以外の人は価値の無い人
そんな風にあなたを説得します。

本当にそうでしょうか?。

「条件を満たしてくれるあなたを愛している」

果たしてそんなものが本当の愛でしょうか?

特別な愛は麻薬」という事を伝えました

そこに苦しみを感じる時
一体性や赦す事を
幻想によって忘れていたからだと
気付けたならば
改めてその人を真に愛せます。

最後に
特別な愛で選んだ人との関係に
本当の愛が起こり得ないと
言っている訳ではありません。

ちゃんと冷静にその人を見ましょう
と言っているんです
そうすれば
「こんな人と思ってなかった」を
出来ると思います。

ここまで読んで下さって
ありがとうございました。

自我を選択してしまうあなたへ

2022-07-10 04:43:00 | 日記
「愛」と「恐れ」
「心」と「身体」
「正気」と「狂気」
「内側」と「外側」

どちらを大事にしたら良いか?
スピリチュアルを少し学んだ人なら
簡単な問題だと思います。

しかし、学んでいる人でさえ
狂った事を言ったり
何かに怯えていたり
普通にします。

あなたがそんな状況だとして
何故、そんな事が起こるのでしょうか?

意識的に
あなたは知識で
「愛の方が良い」
と、思ってそれを選んでいるつもりでも
「無意識のあなた」が「恐れていたい」と
思っているからです。

「辛いと分かっているのにそれに浸りたい」

「楽になれると信じているのに『アイツが悪い』を棄てられない」

これ、狂ってますよね?

そんな「無意識のあなた」を変えるには
どうしたら良いのでしょうか?

一つは
「真に決断する主体は自分」
だと気が付き
「愛を選択したい」ではなく
「愛を必ず選択する」と決断する事です。

思い切っても、本当は失うものは無く
得るモノしかありません
安心してやって良いのです。

もう一つは
純粋非二元の存在である神の子(あなた)の
「永遠性」を理解する事です。

実在するものは永遠であり
非実在は幻想です。

そして変わるものは全て非実在です
この世界も、この身体も
あなたの自我も恐れも
非、実在です。

恐れの創り出した幻想を
信じる度に僕等は苦しくなります。

言い方を変えれば、僕等は
「幻想を信じなければ苦しくありません」。

真にそれを理解すれば
理解する前より、選択は容易な筈です。

そして苦しみを感じなくなる選択が
出来る様になると
この世が幻想なんだと信じるとが出来ます。

つまり、知識ではなく
『実感』として必要だと言うことです。

そして、それがわかってくると
この世で不快に感じていた出来事も
「正気の自分に戻る為のレッスン
だという事がわかってくるでしょう。

あなたは、根底で何を変えるために
学んでいるのでしょうか?

明るい未来でしょうか?
この世の成功の為でしょうか?
愛される為でしょうか?
楽になる為でしょうか?

本当は、それで得られるものよりも
大切なモノが内側にあるのでは
無いでしょうか?

僕は、その利益を実感する為にも

「自我の罠を見抜き
愛を選択する主は自分」

という事を忘れずに居られる様に
恐れは本当は無力だと言う事を
ちゃんと見抜いて行きます。

あなたは
どうこの世界を見るのでしょうか?

ここまで読んでくれて
ありがとうございました。