無極 Innerly Beyond

アルジュナと共に苦行する猫@マハーバリプラム。
令和、アクエリアスの時代をしなやかに泳いでいけますように。

ゲートとみるか、巨大な目とみるか、ブラックホールとみるか

2007-05-05 14:13:34 | Weblog
 それともファースト・ポイントとみるか、Emitterとみるか、Apertureとみるか、それは、個人の言語センスによります。

 目と理解したからといって、本当に目であるかどうかは別問題です。

 自分の認識はきわめて言語に制約されたものなのだ、だから自分の理解は「さもありなん」ぐらいでとどめておくのが賢明です。

 自分の経験と認識を絶対なものとするのは、自己制約以外の何ものでもありません。そういう制約は老化を早めます。

 自分の中に世界観や価値観、常識、哲学を持つのも構いませんが、それは制約以外の何物でもないと認識した上のものであれば、賢者といえるかもしれません。そうでない場合は、その手のものは「放下著」(ほうげじゃく)ですね、つまり、捨ててしまえってことです。エネルギーワークや瞑想にとっての障害となりえますので。





 


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