誕生日はもう少し先ですが,60歳になる誕生月である9月の1日を気が付いてみれば何の感慨もなくとおりすぎていました。
先月は暑い最中の山の日に,東京ステーションホテルで高校の同期会。いよいよ60歳という年なのでそこそこ盛大でした。
何年振り,何十年ぶりという再会があり,貴重な時間を過ごしたのですが,それとは別に,
もうすぐ60歳になる人,もう60歳になった人。右を見ても左を見ても,男も女もみんなそうで,
そりゃあ同期会だもの,当たり前ですけどね。
だけど,こんな感じで60歳なんてすごい大台だったり壁みないなものだったりという印象があったのに,
いつの間にか慣れて,受け入れるでもなくすんなりと自分の中に入ってきていたことに気が付きました。
そもそも年の初めの元旦だとか,誕生日だとか,その日に限っていろいろ決意してみたりとかは,違うだろう。
毎日の一日一日が大事なんじゃないの。
という発想で,あえてそういう節目は考えないようにしてきたところはあるのですが,
そうしているうちにその一日一日も漫然と過ごしている。
少し話はそれる感じですが,「大人の時間はなぜ短いのか」という話題をネットで見て,そこで紹介されている本を早速読んでみたのですが,
その中で,24時間営業のコンビニとか,為替とか,時代に変化で「時間」が均質化しているという話もありました。
確かにお正月やお盆はどこの店も休み,なんてことなくなりましたもんね。
そうなってみると,一日一日を大事にという意識をしっかり持ちつつも,
節目の「特別な時間」というのも大事にしなければいけないのかなあと,最近はちょっと考えたりしています。