Denis Zhitnik / Shutterstock.com
実際に原爆を落とされた国であるのに、核シェルターの普及率がまだ0.02%というのは異常としか言いようがありませんね。
早急に核シェルターの整備をしていくべきです。
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なぜ核シェルターがないのか 北朝鮮から身を守れないのは「吉田ドクトリン」のツケ
2017.12.15
ザ・リバティWeb
http://the-liberty.com/article.php?item_id=13900
《本記事のポイント》
- 戦後日本は、国防軽視のインフラ開発で、核シェルターを整備しなかった
- 背景にあるのが、軽武装・経済外交という「吉田ドクトリン」
- インフラ開発は「軍民一体」が基本。日本は政策を転換させるべき
北朝鮮が、今年の9月に日本の上空に弾道ミサイルを発射した際、全国瞬時警報システム(Jアラート)が鳴っても、避難した国民は5.6%に過ぎなかった。
政府が13日に公表した9月の調査結果によると、避難しなかった理由は、「不必要と考え、避難しなかった」が50.8%、「どうしたらよいかわからず避難できなかった」が26.3%、「避難が必要と考えたが時間がないなどの理由で避難できなかった」が17.3%だったという。
国防軽視のインフラ開発
結果を受けて、政府は「逃げる理由そのものを理解してもらう必要がある」と説明するが、国民は逃げる場所がないというのが本音のところだろう。核シェルターの整備が必要不可欠だが、なぜ、未整備のままだったのか。
結論を一言で言えば、戦後日本の政策が、「非軍事」「国防軽視」であったからに他ならない。その様子が分かるものとして、冷戦真っ只中の1960年代、北海道の防衛の任についた廣瀬榮一氏の発言を紹介する。少し長いが、当時の雰囲気も分かるだろう。
「私が北部方面総監の時代に、町村(金五)知事に『北海道開発は、ある程度防衛政策を織り込んでやってください』とお願いしたことがあるんです。『どういうことですか』と聞かれるので、『稚内(わっかない)の付近の山よりの排水溝は隊員が入れる深さにしてください』と話したんです。そうすれば(散開した兵士が退避・射撃できる)散兵壕ができているのと同じことになりますよね。
それからまた『石狩川の堤防の傾斜は戦車が上がれないような傾斜にしてください』とも話したんです。そのとき(北海道)開発庁などの人達が協力してもよいと言ってくれたんですが、知事から『日本の全般的な防衛意識が盛り上がっていないのに、ローカルな地域で開発に防衛を織り込んでやったということになると、中央の国会で政府がいじめられるというたいへんなことになりかねない。そうなると気の毒だから、このことは将来のことにしましょう』という話があって、結局採用されなかったです」(1969年9月号『軍事研究』)
このように、国土開発に防衛意識が欠落していた点を指摘している。その上で、廣瀬氏は「たとえば地下鉄なども、有事には住民が避難して生命を保てるように考えて建設すべきです」「倉庫一つ作るにしても、食糧倉庫は地下に作るといった配慮」が要るとまで提言したが、政策に反映されることはなかった。
これらは何も特別なものを作れ、というわけではない。新しいものを作る際に、防衛を考慮すればいい話なのだが、時の知事が、政府を"忖度"し、提案を断ったという。
戦後日本は、そうした経済合理性を過度に優先したインフラ開発に勤しんだ。その結果、高度経済成長を遂げるが、その一方で、戦車が通れない狭い道路や、敵からの攻撃に弱い高速道路が乱立した。
そんな状態だから、核シェルターの構想も議論されるはずもなかった。田中角栄の著書『日本列島改造論』にも、国防に言及している箇所はない。
以下、詳細は本サイトでご覧ください。
http://the-liberty.com/article.php?item_id=13900
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