NHKスペシャル取材班,2011,女と男──最新科学が解き明かす「性」の謎,角川書店.(3.12.24)
(著作権者、および版元の方々へ・・・たいへん有意義な作品をお届けいただき、深くお礼を申し上げます。本ブログでは、とくに印象深かった箇所を引用していますが、これを読んだ方が、それをとおして、このすばらしい内容の本を買って読んでくれるであろうこと、そのことを確信しています。)
医学、脳科学、神経生理学、生命科学、遺伝学、自然人類学等による、ジェンダー特性についての研究は、ややもすると、バトラーかぶれの構築主義派のくそフェミから、「本質主義」として斥けられる傾向があるけれども、人間が、遺伝子、性ホルモンの影響を強く受けながら、環境と当人の意思により、かなりの可塑性を有する存在であること、そうした自明の認識があるのであれば、自然科学系の研究知見に無頓着であるのは、知よりもイデオロギーを偏重しているだけとのそしりは免れえないだろう。
自然科学は、人はなぜ恋におちるのか、そのことについても、ちゃんと説明してくれている。
ここで、登場するのが、もと自然人類学者で、のちに脳科学者に転向(?)したヘレン・フィッシャーだ。
そう、名著、『愛はなぜ終わるのか―結婚・不倫・離婚の自然史』の著者、その人である。
さて、そんな「恋の中枢」である腹側被蓋野と尾状核だが、これらは、原始的な衝動のひとつ、「報酬系」と呼ばれる脳内の神経ネットワークを形成する重要な担い手でもある。
報酬系は、「報酬を得ることの喜び」や、「報酬を得る動機」と密接に関わっている。
(中略)
しかも、人間の場合、生物としての基本的欲求が満たされたときだけでなく、他人に褒められる、といった社会的な欲求が満たされたときにも働くことが知られている。そしてさらに、好きな相手と話がしたい、会いたい、どうしても自分のものにしたい、こうした恋心の裏でもまた報酬系が働いているというのだ。
この報酬系にとってきわめて大事な働きをしているのが、快楽をもたらす神経伝達物質、ドーパミンだ。「ドーパミンは報酬系の燃料であり、恋の燃料なのだ」とフィッシャー博士が言うように、恋の諸症状と密接に関わっているようなのだ。
(pp.82-83.)
ドーパミンが「恋の燃料」となって、会いたい、話がしたい、一緒にいたいという情熱が湧き起こるというのは、なんと素敵なことであろうか。
ところで、長年の研究を通してフィッシャー博士は、交配と生殖のために3つの脳システムが進化したという仮説を立てている。そのひとつが今まで見てきた「恋愛感情」。残りの2つは、「性欲」と「愛着」である。
「恋愛感情」についてはここまで説明したとおり「恋する気持ち」と高揚感で、そのときどきでひとりの相手にのみ求愛するために生まれたものをさす。一方、「性欲」は、性的な喜びに対する欲望で、ほとんどどんな相手とでも性的に結合できるよう、その動機を与えるために誕生したもの。そして「愛着」は、長い間付き合っている相手に抱く、落ち着いた、穏やかな愛情だという。
(p.91.)
人間は、樹上生活を捨てサバンナに降り立ち、二足歩行を遂げるようになり、それに適した骨盤が形成され、女性の産道はいたく細くなってしまった。
さらに、人間の子は、大脳新皮質が肥大化したがゆえに、胎内でじゅうぶん発育を遂げる前に、その細くなった産道から、まったく無力な状態のまま、生まれ落ちてしまう。
そして、
「片腕に10キロのむずかる子どもを抱えながら、もう片方の手で根を掘り出したり、小動物を捕ったりすることなどが、若い母親にできただろうか?チンパンジーのように子どもを背中に乗せて運べない中、赤ん坊を腕で抱えて、ライオンから逃げることができたのだろうか?厳しい環境の中、母子だけでは到底生き延びられなかったのではないでしょうか?」
フィッシャー博士はそう指摘する。
子育ての期間中の食料の確保や安全の確保のために女性たちは「適切なパートナー」を見つける必要が生まれたのではないか。そして、それを保障するために、恋人選びのメカニズムやひとりの人に夢中になる恋愛のメカニズムが進化したというわけである。
(p.138.)
女性が、男性を好きになり、独占したいという気持ちになるのにも、他の女性に嫉妬してしまうのにも、こんな起源の物語があるのだ。
しかし、現代は、狩猟採集の社会でもなければ、定着農耕の社会でさえなく、社会移動が激しく展開する流動化社会である。そこから、さまざまな悲喜劇が生じることになる。
「愛は4年で終わる」とフィッシャーは言うが、「恋」はさらにはかない。
博士たちの結果を多少強引にまとめると次のようになる。
7か月までは熱烈ラブラブな状態が続く。8か月から17か月の間は個人差があるが、ラブラブとそうではない状態がオーバーラップする。そして、18か月を過ぎて安定した関係が続いたとしても、もはや熱烈な恋ではなくなる。
(p.161.)
しかし、「恋」は終わっても、「愛」はもう少し長続きする(こともある)。
これが何を意味するのかはまだ結論を得ていないが、フィッシャー博士は、「恋愛期間が長引くと、記憶や評価、過去に抱いた感情などを処理する部分が新たに作動し始める」のではないかと考えている。つまり、賞味期限までに恋が成就し、安定した恋愛関係へと発展すると、時間とともに愛が変化していくのではないか。それがひょっとして「愛着」のステージなのではないか。博士はそう考えているのだ。
(p.163.)
だから、大事なんだ、楽しかった記憶、安らいだ記憶、幸せだった記憶が。
こういう大事なことがわかってない男女が多いから、苦しかった記憶、憎みあった記憶ばかりを重ねてしまい、「愛は4年で終わる」ことになる。
実際に、フィッシャーが集めた世界58地域の離婚データによれば、世界共通して、離婚のピークが結婚4年目にくることがわかっている。
そして、この4年という「愛」の賞味期限は、狩猟採集時代の女性の出産間隔と、見事に一致する。
それでは、どうしたら「愛」の賞味期限を延ばすことができるのだろう?
もちろん、お互いを尊重し優しくするというのは、当然であるとしても、始終一緒にいれば、当然、ぶつかることもある。
そのときに、二人の会話が、「批判」、「防戦」、「見下し」、そして「無視」という、悪循環に陥らないとにすることが大切なのだという。(pp.179-188.)
破局に陥らないためには、相手を「批判」するのではなく、「わたしはあなたが〇〇して悲しい(腹が立つ、苦しい等)」と、自分の感情をぶつけること、、、なんだろうけど、難しいね、こればかりは、、、
もちろん、悪循環にはまって、無視し合うことになっても、まだ、じゅうぶん、関係を「修復」するチャンスはある。
「ごめん」とまずは謝ることだ。
こうした男性を助けるために、講習会にはカウンセラーが配置されている。そのアドバイスは、「相手の気持ちを聞くことに集中しなさい」というものであった。「なんて言われたとき傷ついたの?」とか「そう言われてどう感じたの?」「それを見てどう思の?」などなど。
相手に質問するだけというと簡単に思えるが、なかなか奥が深い。
ゴットマン博士が質問にこだわる理由は、そうすることで自然と会話は長くなり、お互いへの理解が深まるためである。また質問を繰り返す中で、自然と愛着を育む共通の土台が築かれていくという。そして、このことこそ、円満な夫婦関係を長年続ける最大の秘訣だと考えているのだ。
「私は、夫婦が目指すべき理想の関係は、〝よき友だち関係〟だと考えています。男女関係というと、ついついかっこつけたり、ロマンチックでないとだめだと考えがちですが、そうではないのです。お互いを信頼しあえる共通の土台を持った〝よき友だち関係〟これこそ、長い間、愛を育むための唯一の方法ではないかと考えています」
(p.200.)
ほんそれ。
夫婦であれ、恋人であれ、それ以前に「よき友だち関係」であることが大切だ。
そうすれば、終生、「愛」することもできる。
「男性にも気持ちを受け止めることが求められるようになってきています。これは新たな挑戦です。男は、自分の感情を話すのはいいことではないと信じており、ぐっとこらえ、もくもくと働けばいいと考えているのです。しかし、それは正しくありません。怖がらずに感情に対して心を開き、家族との絆を深めることが大切なのです」
博士は、今求められている男性像を「感情に対する知性が備わった男」と表現している。そして、そういう男性は確実に増えているとも言う。出産に立ち会う男性が増えていることや、残業をせずに早く家に帰る男性が増えていることなどもその表れのひとつだろう。いずれにせよ、もっと妻や家族に目を向け、「生きがい」や「自己実現」をともに探っていくことが求められているようである。そしてそのためには、自分の考えを押し通すだけでなく妻の影響力を受け入れることが大事だという。
(p.216.)
大事なのは、「論破」するんじゃなくて、「感情表出」し「自己開示」することなんだよね。
やはり、ケアは大事。
とても大切。
ちょっと、もう、息切れしてきたので、割愛するけれども、本書には、ほかに、人類は、一夫一婦婚を定着させたがゆえに、男性が、一人の女性をめぐって競争する必要がなくなり、生殖能力(精子の量と質)を低下させたんじゃないかという話であるとか、人類の性染色体──XX、XYのY染色体が消滅しかかっており、さては男性は消滅するんじゃないかといった話が最後に展開されており、興趣が尽きない内容となっている。
13年前に出版された書物ではあるが、恋愛、性愛のあり方を再考するのにうってつけの本でもあるので、お薦めしたい。
気持ちを聞いてもらいたいだけの女と問題を解決しようとする男。なぜ女と男はこうもすれ違い、話が噛みあわないのか?最新科学による研究結果から明らかになっていく「女と男」の違い。違いを利用した教育現場や夫婦カウンセリングの盛り上がり。取材班はそこから生殖という視点を通して現在の私たちが避けて通れない「性の仕組み」に迫っていく―。NHK傑作ドキュメンタリー番組の文庫化。
目次
第1章 男と女は何が違う?なぜ違う?
医療の世界の性差 女性の心臓病はなぜ無視されたのか?
かかる病気は同じなのに薬の効き目には男女差がある ほか
第2章 惹かれ合う2人―恋する脳と身体のメカニズム
脳を画像化する「fMRI」が恋愛のメカニズムを解明する
「恋する脳」をスキャンせよ ほか
第3章 すれ違う2人―恋の賞味期限と男女の未来
燃えるような恋は体力を消耗させる!?
なぜ離婚のピークは全世界共通で結婚4年目なのか ほか
第4章 男が消える?そして人類も消える?
忍び寄る「精子の劣化」という危機
自然に任せるべきか否か 精子の劣化に隠された人間の本質 ほか