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本と音楽とねこと

ハンチバック

市川沙央,2023,ハンチバック,文藝春秋.(2.8.24)

 なかなかおもしろかったな。

 主人公の井沢釈華は、固定ツイートで、「生まれ変わったら高級娼婦になりたい」と嘯く、重度障がい者である。

金で摩擦が遠ざかった女から、摩擦で金を稼ぐ女になりたい。(p.39)

 また、「普通の人間の女のように子どもを宿して中絶するのが私の夢です。」(p.42)とも。

 わたしは、小説に、「読み手のこころを傷つける毒」を期待しており(←それだけじゃないよん)、その点、エグい性的描写が散見され、その「気持ち悪さ」を堪能できた。(←変態)

 とくにエグかったのが(ポリコレ的に傷つきたくない人は以下読まないでね)、身長165cmの釈華が、その男性介助者、身長155cmの「田中さん」の洗ってないペニスを口に含み射出された精液を飲み下すところだ。おまけに釈華はそれで誤嚥性肺炎になるという落ちつきで、いやあ不快度100%。

 作者の市川沙央さん自身が重度障がい者であり、読者は、当然、釈華を市川さんに重ねてみるわけだが、「重度障がい者にあるまじき」主人公の振る舞いに、困惑した者も多いことだろう。その困惑や違和感の一つは、「重度障がい者もまた性的存在である」という、当たり前の真実を突きつけられることによるものであろう。そこに、本作品の真骨頂は発揮されているように思う。

 原一男監督の傑作映画、『さようならCP』のように、日常的には隠蔽されがちな重度障がい者を、露悪的に描くことは、本作同様、「差別している自覚のない」者を困惑させ、自らの差別意識をいやがうえでもわからせるために、有効だ。

 わたしは、重度障がい者を、職場や街頭で見かけても、とくにその存在を強く意識することはなく、ただ、さりげなくほどよい距離に近づき、介助等お役に立てることがあればする、そういうスタンスでいる。

 もちろん、重度障がい者を、「おかわいそう」とも思わない(思うとしたらとても失礼なことだ)し、「ふつうの人」としてしか捉えていない。

 もっと、重度障がい者が、学校で、会社で、病院で、レストランで、街頭で、ふつうに存在するようにならないといけないわけだが、そのためには、障がい当事者の住居のグループホーム等への転換、地域生活移行が必要であり、介助者の大幅な増員も必要だ。

 本作品は、重度障がい者を「ふつうの人」と捉える感性を導いてくれるものでもあろう。

 また、重度障がい者は、一見、それとわかるが、内部障がい、知的障がい、精神障がい、発達障がい、そして、「実存のキズ」に悩む人たちをどう可視化していくか、そして、彼、彼女らのプライバシーを尊重しながらエンパワーしていくしくみをどう構築していくか、これらは、社会福祉学の大きな課題であり続けている。

「本を読むたび背骨は曲がり肺を潰し喉に孔を穿ち歩いては頭をぶつけ、私の身体は生きるために壊れてきた。」
圧倒的迫力&ユーモアで選考会に衝撃を与えた、第128回文學界新人賞受賞作。

打たれ、刻まれ、いつまでも自分の中から消えない言葉たちでした。この小説が本になって存在する世界に行きたい、と強く望みました。
--村田沙耶香

小説に込められた強大な熱量にねじ伏せられたかのようで、
読後しばらく生きた心地がしなかった。
--金原ひとみ

文字に刻まれた肉体を通して、
書くという行為への怨嗟と快楽、
その特権性と欺瞞が鮮明に浮かび上がる。
--青山七恵

井沢釈華の背骨は、右肺を押し潰すかたちで極度に湾曲している。
両親が遺したグループホームの十畳の自室から釈華は、あらゆる言葉を送りだす--。
圧倒的圧力&ユーモアで選考会に衝撃を与えた文学界新人賞受賞作。第169回芥川賞受賞。


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