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本と音楽とねこと

新 クリエイティブ資本論

リチャード・フロリダ(井口典夫訳),2014,新 クリエイティブ資本論──才能が経済と都市の主役となる,ダイヤモンド社.(6.18.2020)

 クリエイティブ(創造的)であるかないかが、社会経済的地位と生きがい意識に大きく影響するということを、たんなる空理空論に終わらせるのではなく、明確な指標にもとづく計量研究をベースにして明らかにしている点は評価できる。それと、ロバート・パットナムといい、このリチャード・フロリダといい、こんな分厚い書物を一気に書ききる筆力がすごい。
 ただ、やはり「クラス」(階級)という言葉の使い方がまず気になる。フロリダは、アメリカ合衆国の勤労者を、「クリエイティブ・クラス」、「ワーキング・クラス」、「サービス・クラス」に分類するわけだが、激減してきた「ワーキング・クラス」はともかく、「クリエイティブ・クラス」、「サービス・クラス」が、「階級意識」にもとづいて成立しているとはいえないだろう。「階級」とは、「コミュニティ」同様、同語反復的な用語で、それへの帰属意識があっての「階級」なわけで、そんな帰属意識などほとんどないであろうことは、フロリダ自身が認めている。
 概念の意味は必要であれば変えられて良いわけだから、このような帰属意識なき階級社会が成立していることを認めたとしても、クリエイティブな経済活動、すなわち高度の技術や専門知、そして才能を駆使して付加価値を生み出すそれが収益、存在価値をもつことは当たり前、というか、ダニエル・ベル、アルビン・トフラー、エリック・オリン・ライト、ロバート・ライシュ等が議論の俎上にしてきたわけだから、その点では、「クリエイティブ資本論」は新味に欠ける。フロリダの議論のおもしろさは、知的労働であるとか、ライシュのいう「シンボリック・アナリスト」の活動が、ドレスコードのゆるさ(どんなにラフあるいはやや奇抜な服装で働いても良いこと)、同性愛者への寛容度が高い文化と相性が良いということを発見している点にある。端的にいえば、「ボヘミヤン(既存の社会規範にとらわれず自由奔放に生きる人)」と「ゲイ」への寛容度が高い地域、とくに都市部においてこそ、高付加価値経済が発展しているということである。また、こうした「クリエイティブ都市」では、自家用車以外の手段で移動でき、コンパクトな市街地で人々の交流や商談が行われ、また多様な音楽文化がはなひらき、こうした都市の魅力により、高度の知識、技能をもった人々のさらなる集積がすすむ、というわけである。まあ、どこか別のところで聞いたような話ではあるが。
 フロリダは、「ワーキング・クラス」や「サービス・クラス」の労働もクリエイティブになりうると指摘しており、前者については、たとえば工場へのコンピュータや産業ロボットの導入により高度の機械制御技能が要求されていることからもまあわかるが、後者については、たとえば、フロリダ自身が指摘している、合衆国の若者にもっとも「クリエイティブ」な仕事とみなされているらしい「美容師」。その賃金が、ごく少数の「カリスマ美容師」を除けば、著しく低いのはだれしも知るところだろう。あるいは、「介護」の「クリエイティブ」化が可能かといわれれば、ちょっと考え込んでしまう。(ありうるのかもしれないが。)フロリダは、高度の知識や技能が付加価値を生む、「ワーキング・クラス」や「サービス・クラス」の賃金がもっと高くあるべきとも指摘するのだが、公定価格がなく、市場原理で賃金が決まってくる職種では、まずそんなことは無理だ。サービス労働については、サービス産業の「テイラー主義」とでもいうべき「マクドナルディズム」を批判し、勤労者がマニュアルに縛られずに創意工夫をして高付加価値サービスを展開できる可能性を探らないといけないだろう。
 とかなんとか、議論の粗さもけっこうあるわけだが、ジェイン・ジェイコブズの『アメリカ大都市の死と生』を都市論の古典として再評価し、あらためて、合衆国の、寛容で、多様性にみち、地域の伝統に根ざした、また徒歩や自転車で自由に行き来できる都市において、さらなる人口と「クリエイティブ資本」が集積している現状を鮮やかに分析してみせる手腕は見事というほかないし、ジェイコブズに限らず、参照される文献の多くが社会学者によるものである点からも、本書は興味深く読み進めることができた。

目次
序論
第1章 日常生活の変化
第1部クリエイティブ経済の時代
第2章 クリエイティブ経済
第3章 クリエイティブ・クラス
第2部 新しい働き方
第4章 機械工場と美容室
第5章 素晴らしい新たな職場
第6章 カジュアルな職場
第3部 日常生活
第7章 不規則な時間
第8章 経験の追求
第9章 ビッグモーフ
第4部コミュニティ
第10章 場所の重要性
第11章 階層の地域分布
第12章 経済成長の三つのT
第13章 世界規模へ
第14章 場所の質
第15章 クリエイティブなコミュニティの構築
第5部 矛盾
第16章 不平等の地域分布
第17章 増大する階層の重要性
結論
第18章 人はだれもがクリエイティブである

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