橋本健二,2018,新・日本の階級社会,講談社.(6.19.2020)
なにより、現代日本を、「階層社会」ではなく、「階級社会」として位置づけて論じた点で、日本の階層研究においても、画期的な書物だ。
経済格差が拡大し、日本は、今や、富の不平等が生まれながらに決定づけられる階級社会となった。さまざまな統計データや事例研究、ルポルタージュから、それくらいはわかった気ではいた。しかし、2000年代にホームレス自立支援活動が進展しまちなかからそれとわかる人は少なくなり、行きかう人々は、みな、こぎれいなファストファッションを身にまとい、旧産炭地の市街地周辺部に広がる木造平屋建て住宅、もしくはアパートがたちならぶ地域に足を踏み入れないと、「貧困」の実態は見えてこない。いや、それ以上に、市街地もしくは郊外の、戸建て住宅、集合住宅が立地する地域に、虫食い状態のように「貧困」はひっそりと偏在する。現に、わたしがいま住んでいる集合住宅も、シングルマザーが病気で住宅ローンを払えなくなって放出された物件だ。(偶然だが、前に住んでいた戸建て住宅は、社交的で活力あふれたシングルマザーが買い取ってくれた。)
本書では、主に、SSM(Social Stratification and Mobility=社会の階層化と移動)調査のデータにもとづき、「階層」ではなく、あえて、「階級」という概念を活用して、絶望的なまでに拡大し、世代間で継承される不平等の実態を分析する。
著者の橋本さんは、現代日本の階級構造を、大胆に、資本家階級、新中間階級、労働者階級、非正規労働者階級+旧中間階級に分類する。マルクスの階級概念とアメリカ合衆国で開発された階層概念とを折衷させたかのような違和感のある類型であるし、そしてまた、たとえば、「中小企業の社長」と大企業のCEOが同じ「資本家階級」というのはどうしてもおかしいのではあるが、なにごとかの有益な知見を得るための実証研究では、これくらい、きちんとことわったうえで対象を捨象しないと前に進めないのである。概念操作の厳密さを期してはいるものの、結局、なにがいえるのか不明な階層研究が量産されてきたことを思うにつけ、こうした思い切った概念措定を、わたしは、むしろ評価したい。そして、橋本さんは、そうした概念上の粗雑さを補うかのように、実に緻密なデータの分析と解釈とを行っている。そして、その分析の射程は、収入、職業、学歴、親職継承の不平等の検討にとどまらず、それらと政党支持、社会意識との関連の分析にまでおよぶ。
橋本さんがさいごに言及しているとおり、社会が不平等であることは自覚してはいるものの、富の再配分には消極的な「新中間階級」は、けっして一枚岩ではない。「新中間階級」の半分近くを占める「リベラル派」の人々には、富の再配分に賛意を示す者が少なくない。資本家階級はともかく、労働者階級、非正規労働者階級、旧中間階級といえど、その内実はとても多様だ。
絶望的な貧困の拡大と世代間継承を緩和するべく、複数政党の連立政策が実現すれば、政治的無関心層も巻き込んで、大いなる再配分と貧困問題緩和へ社会が舵を切る期待がもてるだろう。それが、ポピュリズムというかたちをとろうが、わたしは、いっこうにかまわないと思う。
目次
「格差社会」から「新しい階級社会」へ───序に変えて
第一章 分解した中流
第二章 現代日本の階級構造
第三章 アンダークラスと新しい階級社会構造
第四章 階級は固定化しているか
第五章 女たちの階級社会
第六章 格差をめぐる対立の構造
第七章 より平等な社会を
参考文献
あとがき
日本はもはや「格差社会」ではない、「階級社会」である、という現実
日本社会の格差はますます広がり、固定化され、〈階級社会〉と呼ぶべき様相を呈している。著者は最新の学術的データを用い、そんな現代の格差の輪郭を明瞭に描き出す。
「著者は以前から著作で、日本が階級社会への道を歩んでいることを指摘してきました。ここに来てそれがより多数の読者に手に取られるようになったのは、事態が悪化し、目を背けていた現実に向かいあわざるを得ない状況が生まれたからではないでしょうか」(担当編集者)
格差拡大が放置され続けたことで、膨大な貧困層が形成された。中間層も厳しい状況に追いやられている。わずかな躓(つまず)きで転落し、ひとたび貧困に陥ると、階級を上昇することは極めて難しい。本書は厳しい現実を冷静に指し示している。
「自己責任論に肯定的な、ある種エリートと呼ばれる立場にある方も、ご自身は中間層に留まることができても、お子さんまでそうとは限りません。就職の失敗や、大きな病気や怪我などで、貧困層になりうる可能性は多々ある。そうした不安から本書を手に取る方も多いのかもしれません。本の中で1章分を割いている、女性たちからの反響も大きいですね。女性の階級は配偶者に左右されがちで、死別などをきっかけに困難な立場に置かれることが多い。『明日は我が身』のような不安が、今の日本社会全体に漂っているのではないでしょうか」(担当編集者)
評者:前田久
(週刊文春 2018年04月12日号掲載)
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