大沢真知子,2023,「助けて」と言える社会へ──性暴力と男女不平等社会,西日本出版社.(1.29.24)
本書は、性虐待やセクシャルハラスメントも含めた、性暴力被害の実態と、性暴力が被害者にもたらすPTSD等の問題、被害の防止策、被害者への援助のあり方等を提示、考察したものである。
あらためて、性暴力被害がもたらす、苦痛、人格の尊厳の破壊、ふつうのことができなくなる苦しみ、しばしば生涯にわたって当事者を苦しめるPTSD、抑うつ、自傷、依存症などの問題、これら被害者が被ることになるキズの深刻さに、呆然となるほかない。
気分が落ち込む、自分を責める、自分には価値がないと思う、こうした感情と念慮が長期にわたって続くとは、なんと残酷なことであろうか。
幼少期に親から性被害を受けた場合は、言語的にその体験を認識する能力をもたないままに記憶されるので、時間とともにその記憶が鮮明になりフラッシュバックによってそれを再経験する。
(p.142)
5歳前後で家族や親族から被害を受けると、その後の人生で再度被害を受けるケースが多いのだという。
被害に遭いやすいのは当然なのです。自分と他人を分けて自分を守っている境界線を本人の意志にかかわらず踏み越えて、プライバシーに侵入されて暴力を受けたので、もう自分を守る壁はなくなってしまったのです。思春期になって自分がされたことの意味を知り、心を病んでいきます。機能不全の家庭から子供は飛び出します。生活できなくなったところに風俗は誘われます。そこで親しい人に騙されて複数に強姦されて風俗から逃れられなくなっているケースもパターン化したように見られます。
(日本福祉大学・長江美代子、p.226))
性暴力被害者が、しばしば、セカンドレイプの被害に遭ってしまうことにも、強い憤りをおぼえざるをえない。
例えば、なぜそんなところに行ったのか、なぜ拒否しなかったのか、男を刺激、挑発するような格好をしていたのが悪いといった「スラット・シェイミング」、たいていの男は性暴力をふるうものだ(から忘れろ)、といった言い草が、被害者のキズにさらに塩を塗り込める。
(被捕食動物は)生命の危機に瀕したとき、背側迷走神経がはたらき、身体が「凍り付く」。心拍や呼吸がゆっくりとなり、それにより、「失血死を免れ、生存の可能性が高まると同時に、捕食されてしまった場合でも、痛みが感じにくくな」るからである。(pp.144-146)
性暴力被害者は、耐えがたい苦痛をやり過ごすため、しばしば、「意識を飛ばす」。これが「解離」である。「解離」が繰り返されると、「解離性同一性障がい」を発症することにもつながる。背側迷走神経のはたらきにより、身体を「凍結」させるのも、あくまで、自己の生命を守り、苦痛の程度を少しでも軽くしようとする、自己防衛の手段なのだ。それを、どの口が、なぜ拒否しなかったのかなどと言えるのか。
また、レイプされているときも、女性は「濡れる」。もちろん、自分の身体を守るために、である。それを、「感じているから」と誤解する男の傲慢、勘違い、あまりのバカさ加減にも、呆れかえるほかない。
セクハラをする男たちは、自らが抱え込んだ閉塞感や虚しさを癒やし、その空白感を埋めてもらうことを女性に求めている。まさに性別役割である母性を求めるかのように、女性たちに絶えず癒しを期待しようとする身勝手な願望がセクハラを加速させると言ってもいい。
(金子雅臣,2006,壊れる男たち──セクハラはなぜ繰り返されるのか,岩波書店.,p.202)
女性を、「聖なる母」と「ビッチ」により分け、「ビッチ」扱いした女に対してさえ、「聖なる母」役割を期待する、この幼稚さと厚かましさ。
性暴力は、被害当事者に耐えがたい苦痛をもたらし、絶望の淵に追いつめるだけではない。
性暴力は、社会にも甚大な被害をもたらす。
人は、生まれ、大人のじゅうぶんな愛情とケアを受け、生活習慣、言語、知識、技能、社会規範を習得していく。そうして、はじめて、職業人として稼得能力を発揮する、「人的資本」となることができる。
しかし、性暴力は、そうした「人的資本」を破壊する。社会は、稼得能力を有する有益な「人的資本」を失うことになる。(pp.219-220)
本書には、興味深いデータが、提示されている。
性暴力を受けた年齢が5歳であったときの、推定生涯逸失利益が2億3617万9612円、10歳で2億3102万、15歳で2億2339万5989円、20歳で2億1195万1835円、25歳で1億9553万5903円、30歳で1億7725万0130円、35歳で1億5763万8489円、39歳で1億4093万0177円、以上となる。(pp.221-222)
かりに、生涯逸失利益が2億円、所得税、住民税、消費税、各種社会保険料がその4割を占めると仮定すると、社会は、8,000万円の損失を被ることになる。個人が、可処分所得の内、相当の金額を、教育、住宅、耐久消費財、食品、生活用品、被服、各種サービスに消費すること、また預貯金が間接的に民間投資の原資となることを考えると、その損失額は、さらに膨らむ。
性暴力被害者が受けたキズの責任と補償は、当然のことながら、加害者に負わせなければならない。
しかし、現行法規は、あまりに被害者に対して過酷で、加害者に対して手ぬるい。
刑法一七七条(強制性交等罪)
一三歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛門性交又は口腔性交(以下「性交等」という)をした者は、強制性交の罪として、五年以上の有期懲役に処する。一三歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とする。
刑法一七八条二項(準強制わいせつ及び準強制性交等罪)
人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、性交等をした者は、前条の例による。
(p.135)
なぜ、酷い目に遭った者が、「抗拒不能」であったことを証明しなければいけないのか、そこまで被害者を追い込んで、楽しいのか?
家父長制の下では妻は夫に対する服従義務を有し、家の血統を守るために「貞操」を負わされ、家長以外の男性との性交が禁じられていました。そのために、強姦されそうになっても、家の血統と貞操を守るためには妻は死ぬほど抵抗しなければならず、被害者がどれだけ抵抗したか、あるいは抵抗することが著しく困難な状況にあったかが加害者を起訴するための要件になっていたのです。そして、それは二〇一七年の刑法の改正の際にも変わらなかったのです。
(p.138)
「貞操」のために抵抗しなければならないなんて、いったい、いつの時代の話だ?
法曹界もまた、家父長制の残存にしがみつき、性暴力に加担しているだけではないのか?
公訴時効と除斥期間の問題もある。
公訴時効の期限は、強制性交罪・準強制性交罪が15年、強制わいせつ罪は12年であり、民事損害賠償請求が無効となる除斥期間は20年である。
(pp.141-142)
性暴力によるキズがしばしば生涯にわたって癒やされることがない、すなわち被害が長期にわたって続いていくことを鑑みると、公訴時効も除斥期間も、廃止すべきであろう。
相談援助のあり方も問われている。
性暴力の被害者が、被害に遭ったことを、それを話せるとしても、家族、パートナー、友人などの「身近な人」にしか相談できないでいる(p.153)ことをどう考えるか。
相談機関、医療機関、学校(の教師やカウンセラー、ソーシャルワーカー)、警察、法曹関係者は、このことを考えてみるべきである。
被害者は、黙って辛かったことを傾聴してくれる友人を必要としている。話はそこからだ。専門家が、専門家である前に、被害者と同じ目線で辛い記憶を共有できる良き友人でいられるのか、試されていることを肝に銘じるべきであろう。往々にして、被害者は、専門家チームによる情報共有と、制度と社会資源の活用による社会福祉援助など、求めていない。必要としていない。
性暴力の被害者は、女性に限られるわけではない。性暴力の過程で生じる、マインドコントロールについても。
勃起や射精といった身体的な反応を引き起こすことで、まるで被害者自身が楽しんでいたとか積極的に快感を覚えていたかのように思い込ませることができます。そして、被害認識を抱かなかったり、被害者が自分自身を責めたりするように追い込んでいくのです。
(立命館大学大学院・宮崎浩一、p.198)
ジャニーズ事務所での性虐待・性暴力事件を想起すれば、じゅうぶんであろう。
本書では、性暴力を抑止するため、性教育の充実をはかることが提唱されている。
たしかに、性教育は重要だ。しかし、もっと大切なことがある。
それは、生涯にわたる、とくに重要なのは子ども期における、「まっとうな感情のインストール」ではないのか。
女性が嫌がっているのに、性行為をする/できる男、セクハラや痴漢行為をする男、こうしたゴミを生み出さないためにも、子ども期からの「まっとうな感情のインストール」が必要だ。
最後に、
過去に性暴力被害を受け、いまでも辛い思いをしている方は、次のことを試してほしい。
被害を受けていた、いちばん苦しかったときの自分と、想像のなかで、出会ってみる。
優しくハグし、
次に強く抱きしめ、
辛いね苦しいねいっぱい泣いていいよ
でもいまのあなたはこんなに元気だよしあわせだよ
だからだいじょうぶ
だいじょうぶだよ
目次
第1章 追い込まれる女性たち
女性を直撃したコロナ禍―DVとその実態
ドメスティックバイオレンス(DV)とは何か
コロナ下で増加するDV相談と「DV相談プラス」
DV被害者の支援
第2章 性暴力被害者支援のために
「性暴力救援センター日赤なごやなごみ」の設立
長江美代子さんのお話
片岡笑美子さんのお話
なごみの活動からわかったこと
女性のための女性による相談会
共依存という問題
第3章 三万八三八三件の被害者から見えてきた性暴力の実態
性暴力とは何か
ある性被害者の証言
アンケート調査の結果から見えてきたこと
刑法の改正と今後
強姦神話と不十分な被害者への支援
声を上げた被害者たちによって変化が始まっている
第4章 職場における性暴力
セクシャル・ハラスメントの規制
増える就活セクハラ
実態調査の結果から見えてきたこと
NHKのアンケート調査の結果から見えたこと
男性の被害者の経験から見えてくるもの
セクハラは男性問題
第5章 男女不平等社会とDV・性暴力
平成は失われた時代だったのか
コロナ禍が浮き彫りにした男女不平等社会日本
性被害による社会的・経済的損失
幼少期の被害がその後に与える深刻な影響「助けて」と言える社会へ)
最新の画像もっと見る
最近の「本」カテゴリーもっと見る
最近の記事
カテゴリー
バックナンバー
人気記事