『鯨の丘にヘイアウ (神殿 ) を建てる者は、
全ハワイの王となるだろう 』
予言者の言葉 ・・
『鯨の丘 』 とは 『Puukohala プウコハラ 』 のことです。
1782年、カメハメハ大王の叔父でありハワイ島の王であった
Kalaniopuu カラニオプウが死去します。
いったんはカラニオプウの息子 Kiwalao キワラオが
王位を継承しますが、早々にカメハメハに滅ぼされてしまいました。
ハワイ島は、一気に群雄割拠の様相を深めていきます。
カメハメハ、ケオウア、ケアウエの三つ巴です。
(2月 9日のブログ参照 )
1790年、カメハメハは鯨の丘に神殿の建設を始めました。
カメハメハ自身も汗を流し建設に加わったと伝えられています。
1791年、神殿は完成しました。
当時、ケオウアはケアウエを滅ぼし、
ハワイ島は、カメハメハとケオウアによる
二者の勢力争いという状況になっていました。
カメハメハは、神殿の完成を祝うために、
従兄弟であり宿敵であるケオウアを招きます。
ケオウアを乗せた船が砂浜に着くやいなや、
隠れていたカメハメハの軍勢が襲い掛かりました。
ケオウアの遺体は、
生け贄として軍神 『クカイリモク 』 に捧げられました。
(ホノルルにあるビショップ博物館所蔵 )
一説では、カメハメハの暴挙を察したケオウアは、
いち早く自らの体に傷を付けたそうです。
完璧な肉体で生け贄になることを阻止したケオウアの意地です。
この後、カメハメハは一気に大王へと上り詰めます。
予言は、現実となったのです。
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