昨日、こんな記事を目にしました
お母さんのお腹から生まれて子どもの身体がお母さんと離れるが、
模倣を通して結びついていた外界の事物から、模倣力の力を失った9歳の子どもは、
自分と周りの世界との一体感から抜け出し、自分を世界の中に存在する「個」として感じるようになる。
それは、それまで疑いもせずに安心しきっていたまわりの世界(父・母・友達・先生)から切り離された孤独感や不安定感を抱き、不安定な状態に陥る。
この孤独で不安な時期は「9歳の危機」と呼ばれている。
自分という存在が世界から切り離されていると感じるということは、
自分と世界との間に距離を持つようになるということでもある。
距離を持つことによって、子どもたちははじめて世界を客観的に見る目を持ち始める。
それまでの世界との一体感の中で夢見るような状態にあった子どもたちが、
大地に足を降ろすための大きな転換を始めたということ。
また、この時期には、不安な夢を見ることがある。
肉体的にも負担が大きく、頭痛や腹痛を訴えることもある。
「死」を怖がったり、わけもなくメソメソ泣いたりする。
シュタイナーは、9歳の節目について
「この時期の問題は、かえって思春期の問題よりも繊細に扱わなければならない」
と言っている。
子どもがこうした難しい節目にあるとき、大人たちがそれをどのように見守ってやるかが大変重要ということ。
仲正雄さんのわかりやすい言葉でいうと・・・
この9歳の頃に、子どもは自分が今まで信じていたものがふっと信じられなくなってしまう。
今まであんなに大好きだったお父さんやお母さんたちが、どこかちょっと他人ぽくなっちゃう。
自分の味方でしかなかったお母さんが、あの人は他人だとわかっちゃった。
他人だとわかって苦しいところに
「あんた、宿題したの?」「食事よ!」とか言っちゃうと、
「他人が私に対して言うことじゃない」と、子どもは傷つき、腹を立てたり、それを整理できなかたりする。
同時に「死」という問題が顔を出す。
「死んじゃうの?」というのは、今まで自分が守られているというところで安心していたものが、
ふっと感じられなくなるときに出てくる「不安」を表現する言葉だと思ってください。
ところが、9歳という時期に「自分は将来何になる」ということが具体的になったりする。
9歳の頃、幼児期にあった守ってくれる力を自分で取り払いながら、今度は前を見て、自分の人生で何をしたらいいのかということを直感的に感じ取る。
自分の幼児期とお別れする自分が寂しいし、また、自分の中に新しく生まれてくる、自分のこれからの人生に対して向かう勇気のようなもの、それをもらってくる時期である。
こちらから引用させて頂きました
http://blog.goo.ne.jp/rimi2936/e/aecaed819d054fd2d52ead0a8cd0f4b0
http://tribeca10007.jugem.jp/?eid=242
うちの長女も、来年9歳になります。
このことを、あらかじめ知ることができて良かったです。
小学校にあがって、この春2年生になり、あとはどんどん手がかからなくなる一方だと思っていましたが。。
母親として、心の準備ができた気がします。
そういう自分は、そのころのことは、よく覚えてないのですが。。。
高齢で授かった娘であり、親子で共にすごせる時間は、そう長くない。
大切にしたいと、切実です
つたない文章を読んでいただき、ありがとうございます
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