実験動物への鎮魂歌(レクイエム)
子ザルのケイコとジョージ
ケイコとジョージは、お山のサル公園で産まれた兄妹ザルだ。
仲良し子ザルで、お母さんや仲間のサルたちといっしょに、公園の囃子のなかで楽しく遊んでいた。
ところがある日、サル公園のサルが増えすぎたという理由で、二頭いっしょに捕まってしまった。
ケイコとジョージは、ほかの何頭かのサルたちといっしょに、ある動物実験研究所に連れてこられて、モンキーチェアにすわらされた。
モンキーチェアは、実験がやりやすいように、体や顔を金具でがっちりと固定して動けないようにしてしまう残酷な道具だ。
ケイコは脳の機能の研究に使われた。
脳の小脳という部分にある小脳半球というところを切り取って、一対の電極というものを埋め込まれる。
ケイコはのどが渇いても水ももらえず、そのかわりに、レバーを上げる運動をするように訓練をされる。
レバーを上げると水がもらえるからだ。
ひきつづき、さらに苦しい実験を強いられて、小脳半球を切り取ったことによる影響を調べられるのだ。
この実験は、電位というものを記録したり分析したりするために、長いあいだつづくといわれている。
だからケイコの苦しみや不安は、死ぬまでつづくのだ。
体の自由をうばわれて、頭に穴をあけられたり、電極をさし込まれだり、ケイコのつらさは考えただけでぞっとする。
どんなにこわかっただろう?
どんなに痛かっただろう?
「お母さーん!」と叫んだかも。
「お兄ちゃーん!」と泣いたかも。
でも、だれも助けてくれる人はいなかった。
お兄ちゃんのジョージは電気生理学という学問の研究に使われた。
ケイコとおなじように、脳に一対の電極を埋め込まれて、硬膜というところにシリンダーをつけられる手術をされたのだ。
手術から回復してからは、脳をはじめ、いろいろな部分にシリンダーを通じて、電気刺激をあたえられた。
電気刺激は、ビリビリと耐えられないくらいつらいものにちがいない。
二頭の子ザルがその後どうなったかはわからないけど、たくさんの実験に使われたサルたちと同じように、苦しんだあげくに死んでいったのではないかと思う。
サルは霊長類といって人間の親戚だ。
知能も高く、家族愛もふかく、仲間同士で社会をつくって環境に適応して暮らしている動物だ。
よろこびや悲しみはもちろん、身体の痛みも、心の痛みも人と同じように感じている。
だからこそ実験に使うのだと実験社たちは言う。
でも、人間にいちばん近い生き物であるサルを、残酷な実験に使う権利が人間にあるのだろうか。
野生動物の数が減りすぎたからといっては保護し、今度は増えすぎたからという理由で、
有害駆除として殺したり、苦しみだけが待っている実験研究所にまわしたりするやりかたは、人の道として正しいものと言えるだろうか。
現在、鳥獣保護法のルールが厳しくなって、お山のおサルさんが手に入らなくなると、研究者たちは、1600頭もの母さんザルに子どもを産ませて、年に300頭もの子ザルを実験用に供給することを考え付いたそうだ。
ラットのドンリュー
ドンリューは、ある獣医大学の研究室で飼われていた実験用のドブネズミの一種だ。
体が大きくて、元気いっぱいケージの中を走り回る姿をみて、学生たちは「機関車くん」とあだ名をつけた。
そのドンリューが急に元気がなくなった。
ケージのすみにうずくまって、ピクン、ピクンとつらそうに身体をふるわせている。
実験で動脈硬化剤というものを飲まされて、動脈硬化症という病気にさせられてしまったのだ。
ドンリュー症になると、血液が流れている血管が傷ついたり、血液の流れが悪くなったりする。
ひどい場合には、血液の流れが止まってしまうこわい病気だ。
動脈硬化剤を飲ませたために、動脈硬化症になったという当たり前のことがわかると、元気いっぱいだったドンリューは、ほかのたくさんのネズミと同じように殺されて、体の中に何が起こったかを調べられた。
ヌードマウスのチーキー
チーキーは毛のないネズミだ。
生まれつき胸腺というものがないので免疫力がないそうだ。
免疫力は、体に入ったウイルスや菌などから、体を守る力だ。
そこを利用して人間は、毛のないチーキーの肌に人間のガンをうえつけて皮膚ガンにした。
免疫力がないからすぐにガンは広がる。
チーキーはいま、自分の体の二倍ぐらいあるガンを背負ってどうしていいかわからなくて泣いている。
猫のチャッピー
チャッピーほどかわいそうな猫をわたしは知らない。
チャッピーは、すごく堂々としたまっ黒な野良猫だった。
小鳥を捕まえたり、カエルを捕まえたり、人さまの庭に平気でオシッコをして「コラー!」と石を投げられても、平気な顔をして、ゆうゆうと立ち去る、敵ながらあっぱれな猫だった。
そんなチャッピーが、猫どろぼうに捕まって、実験動物の施設に売り飛ばされた。
チャッピーを待っていたのは「脳定位固定装置」というおそろしい装置だった。
チャッピーは、頭とあごと目の下を金具でがっちりと固められ、頭を切り開かれ、頭蓋骨にドリルで穴をあけられた。
その上で、脳に電極をうめこむ手術をされたのだ。
チャッピーは、そのまま一週間おかれ、そのあと脳に電気刺激をあたえられる実験をされた。
なんどもなんども、いろんな場所に電気刺激をあたえられた。
麻酔をかけられているのに、チャッピーは涙を流した。
苦しさに耐えられなくて、オシッコをもらした。
最後の姿はボロ布のようだったという。
あんなに立派な猫の大将のチャッピーが、なぜこんな目にあわなくてはならないのだろう?
うさぎのピョンコとフワフワ
うさぎの目は、涙を出す線が細いので、小さいゴミなどが目に入っても、涙で洗い流すことができない。
痛い目にあわされても、泣いたり、叫んだりする声も、持っていない。
その特性を利用して、ピョンコは、ほかのたくさんのうさぎたちといっしょに、シャンプーの原料のテストに使われた。
頭だけが出る箱にとじこめられて、目をとじられないようにクリップなどで目の上を留められて、毎日毎日、くる日もくる日も、ピョンコの目に、シャンプーの原料がそそぎこまれた。
ピョンコはどんなに痛くてもまばたきもできなかった。
手足でこすることもできなかった。
逃げようともがいても、暴れようと思っても体の自由はうばわれていた。
どんなに苦しかっただろう。
おまけに、何日間かつづけられま実験に耐えて生き残っても、ピョンコは、なんのごほうびももらえない。
ピョンコのつぶらな瞳は、たちまち、ひどくただれて、腐ってしまう。
泣くこともできず、訴えることもできず、ただ、つらい実験に耐えるだけの毎日・・。
耐えきれなくなって、死んでしまうと、ゴミとして捨てられてしまう。
目に、シャンプー液が入ったら痛いことはだれでも知っている。
あわてて水て洗ったり、手でこすったり・・。
それでもあとから刺激で目がまっ赤になる。小さい子どもならば、痛くて泣くだろう。
うさぎの目で実験しなくても、シャンプー液が目に悪いことは、だれの目からみてもわかりきったことなのに・・。
フワフワは、人間のお肌を守るためという理由で、化粧品の成分となる化学物質の毒性テストというものをさせられた。
化学物質を吹くんだ口紅や、クリームや、ファンデーションを、羽田にぬって、太陽光線に当たったときにはどうなるか、という実験だった。
まっ白なフワフワの毛をそられ、化学物質の成分がよくしみこむように、傷までつけられ、化粧品をぬりこまれる。
やわらかなフワフワのお腹は、何日かたつうちにまっ赤になってはれあがる。
その時点なら、手当てをすれば治るかもしれない。
なのに、フワフワは、実験に耐えられなくて死んでしまったほかのたくさんのうさぎたちといっしょに殺されて、ゴミとして捨てられてしまった。
そのほか、化粧品以外でも、食品の添加や農薬など、化学物質を使う製品の実験には、おどろくほどたくさんのマウスやラットが使われている。
絶食をさせ、さまざまな試験物資を、むりやり口から入れて、どんな症状がいつあらわれるのか、どの程度つづくのか、死んだときにはどういう状態になるのかを調べる実験もある。
この実験は、二週間にもわたって観察される。
ということは二週間の間、苦しみはつづくのだ。
そしていつものように、実験に耐えたものも、死んでしまったものも、すべてが解剖されておしまいとなる。
おとなしいうさぎ、かわいいラットやハツカネズミたち。
たくさんのか弱い小さな動物たちが、いったいどんな悪いことをしたんだろつ?
どう考えても、罪があるとは思えない。
こんなにかわいい、いたいけな動物を、苦しませてつくられる美しさは、ほんとうの美しさ?
あなたの髪をサラサラにするために、お肌を安全に、そして美しく保つために、罪のない動物たちがこんなに苦しみをあじわっていると知ったなら、あなたはいったいどうしますか?
シロという犬も、実験動物にされた犬だ。
若くて、元気で、人なつこいシロは、保護された犬の中から選ばれてとうとう、実験動物にされてしまった。
保健所から、動物管理事務所へ送られ、千三百円で、ある国立病院の実験施設に、実験犬として買われていったのだ。
実験犬シロのねがい 2012年8月10日発行 再編集版より
実験犬シロのねがい (ハンカチぶんこ) | |
ハート出版 |
人間のために多くの動物たちが苦しみながら死んでいくのかと思うと、涙が止まらない。胸が苦しい。
でも悲しむだけで何もできない私はどうしたらいいんだろう