世界医薬産業の犯罪 18P
薬の押し売り
今日の医者のほとんどは、こけおどしの神秘的なネーミングでぞくぞく市場に参入してくる新しい合成薬品なくしては、医者としての仕事をやっていけないのではないだろうか。
ところが、彼らが医学校で学んだ薬理学の知識といえばほんの限られたものにすぎない。
というのも、古い薬にとって代わる新薬が次々と市場に現われ、その交替があまりにも頻繁であるため、医学校の教師自身が新しい薬の知識に追いつけないからである。
医者がプロとしての技術を学習し始めるのは、医学校を終えて患者との実際の接触が始まった時点である。
それと同時に、生涯ずっと続くことになる薬理学の勉強も始まる。
この時、医者への薬理学教育を施すのが、薬品会社のセールスマン、そして洪水のごとく送り届けられるパンフレットなのである。
セールスマンは金ペンやカモ猟への招待といったプレゼントを携えて医者を定期的に訪問し、新薬のサンプルを山のように置いてゆく。
そしてその代償として、新薬を患者に試してみた結果のリポートを要求するのである。
これをみても、実験室内でのテストが何の意味ももっていないという点は明白であろう。
若い医者は、医学校の教師から医学教育を施されるのではない。
教師たちの知識ときては、何年も昔の古いものなのである。
彼らを教育するのは製薬会社の強引なセールスマン連中である。
ところが製薬会社の目指すところは人々の健康ではない世の中が健康な人ばかりになれば薬品工業は潰れてしまうではないか―ー目標は会社の利益の増大につきる。
薬に添付されてくる説明書を読んだ医者は、それが人間の病気に関する専門家によって書かれたものだと思うだろう。
ところが実際には、病人などまったく診たこともない動物学的知識しかもたない人間によって、書かれているのである。
この事実を知っている医者はほとんどいないだろう。
いずれにせよ、その事実を知ると知らざるとにかかわらず、多くの医者は頼りにできる新薬を常に手許に置いておくことだけで満足してしまうらしい。
『サイエンス・ダイジェスト』誌の一九八〇年一月号で、小児癌専門医力ール・E・ポシェドリー博士がこの点に関し、率直すぎるとも思える告白をしている。
手の施しようのない癌に冒されている子供とつきあう時、化学療法剤の数が多くあるということは、医者にとっては非常に助かるのである。
試すことのできる新薬が常に手許にあるということで医者は落ち着きを取り戻す。
すなわち、使える薬の種類が多いということは、何もできないというフラストレーションを減少させるのである。
「癌に冒されている子供とつきあう」という部分に注目していただきたい。
癌そのものとはつきあうことができない状態、それをポシェドリー博士はごく正直に「手の施しようのない」と述べているが――すなわち不治なのである。
しかし有難いことに、まだ無効性も有害性も証明されていない新薬がどんどん開発されるので、医師は、癌の子供やその親に少なくとも「何か新しい手をうっている」という印象を与えることができるのである。
営利主義の製薬会社は、大衆をも医師をも組織的にミスリードし、医師を自分たちの組織の「手先」に使っている。
この事実に、医療過誤裁判というショックを与えられるまで気づかない医者もいるようだ。
多少古い話になるが、一九七五年六月九日号の『タイム』によれば、かつては稀だった患者からの医療過誤の訴えが、最近急増したため、高リスクの専門医の保険の掛け金が急騰しており、たとえばカリフォルニア州では一年のうちに五三七七ドルから二万二七〇四ドルにもなっているという。
動物実験では安全だとされた薬を、人間に使用した結果の薬害が急増しているという現実を知れば、保険金が跳ね上がるのも当然だと言えよう。
本書では、薬害の実例を網羅することはできない。
ここで、氷山の一角にすぎないが、いくつかの例を挙げてみよう。
合法的大量殺人
一九七一年イギリスで、安全な鎮痛剤だとされているパラセタモール服用が原因で、一五〇〇人が入院した。
さらにその一五〇〇人のうちかなりの人数が入院中の処置によって症状がさらに悪化した。
同じ頃アメリカでは、オラビレックスによる腎臓障害で死者が出、MEL29は白内障を引きおこし、メタクロワンによる激しい精神障害が誘因で少なくとも三六六人の死者を出した。
ただしこれは主として殺人や自殺による死者である。
ドイツのサリドマイドは、少なくとも一万人の奇形児を誕生させた。
これはその後急速に数を増すことになる「催奇形性」薬品の最初のものだった。
皮肉にも、その種のハプニングを防ぐための安全弁として動物実験が義務づけられて以後、催奇形性薬による奇形児の数が劇的に増加しているのである。
六〇年代、全世界で、三五〇〇人の喘息患者が原因不明の伝染病で死亡したが、その原因が、イギリスで製造された気管支筋弛緩薬イソプロテレノールのエアゾールスプレイだったことを、一九七二年になって、ジョンズ・ホプキンズ病院のポール・D・ストーリー博士が明らかにした。
スチルベストロールは若い女性に癌をおこした。
一九七五年秋、イタリア保健省は、抗アレルギー剤であるトリレルガンをウィルス性肝炎の元凶であるとして没収した。
その何年も前に、研究者たちは肝炎撲滅を宣言していたのであるが、かえってその後じわじわと増え続けていたのは皮肉だった。
七六年のはじめ、スイス・サンド社のサルヴォキシル・ワンダー研究所は、自社のリューマチ薬フラマニールを回収した。
意識障害を引きおこすことが明らかになったためである。
その数カ月後、イギリスのICIが、強心剤エラルディンの犠牲者(ないしはその遺族)に補償金の支払いを開始したと発表した。
エラルディンは、七年間におよぶ「徹底的実験室内テスト」(つまりは動物実験)を経て、市場に出されたものだ、というのがICIの言いわけだった。
動物実験は、この毒薬に安全の太鼓判を押していたにもかかわらず、目や消化器系にひどいダメージを受ける人間の被害者が続出し、多数の死者まで出たのである。
七七年夏、スイスの多国籍企業チバ・ガイギーは、それまで一八年間も糖尿病の薬として通用させてきたフェンフォルミンを、アメリカ市場から撤収せざるを得なくなった。
副作用で、毎年一〇〇〇人もの犠牲者が出ているという事実を隠しおおせなくなったためである。
ところがこの報道の後も、ドイツ保健省は、自国の製薬会社には救済の手を差しのべた。
七八年七月一日まで一年間の猶予を与えて、この致死性のある糖尿病薬の在庫→掃に便宜を図ったのである。
国民の健康よりも、企業の利益が優先された典型的な例と言えよう。
七八年十二月二十三.二十四日付『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』が「ドイツ、抗コレステロール剤を禁止」という見出しで、次のような記事を載せた。
心臓麻痺予防のため、中年男性が多く用いているコレステロール合成抑制剤に、死亡例も含む重大な副作用があるという研究結果が公表され、近く西ドイツで禁止される。
アメリカでは、この抑制剤クロフィブラート(商品名アトロミドS)は、現在四五万人の男性、二九万人の女性に処方されていると推定される。
西ドイツでの禁止は一月十五日発効し、クロフィブラート含有の薬剤を販売している二四の企業に適用される。
イギリスのICIでは、この禁止は医学的に不当だとして抗議の構えを見せており、西ドイツ政府に対する訴訟も検討しているという。
今回の禁止の原因となったリポートによれば、クロフィブラートの長期使用者は、対照群の非使用者に比べ、心臓麻痺で死亡する率が低いとは言えないという。
一方でクロフィブラート使用者は、主に肝臓・胆のう・膀胱・腸の癌をはじめとする他の病気による死亡率がはるかに高いと言う結果が出ている。
(傍点著者)。
七九年九月十一日、アメリカ上院保健小委員会において、医師とベイリウム中毒経験者が意見を述べた。
それによれば、ベイリウムには、ほんの少量でも中毒をおこす可能性があるという。
成人人口の一五パーセント以上が精神安定剤として常用している薬だけに問題が大きい。
中毒になってしまった患者がベイリウム使用をやめる際には、ひどい禁断症状に苦しめられたといい、医師が最初に処方した時、その潜在的習慣性について一言も触れなかった点に、強い不満の意を表明した。
プレルディンおよびマキシトンは本来、覚醒剤であるが、食欲抑制剤としても使われていた。
しかし、心臓および神経系統に重大なダメージを与えることが分かったため、現在は市場から回収されている。
不眠症の薬であるバルビツレート(ネンブタールその他)は長期にわたって使用するとかえって不眠症がひどくなることが分かっている。
精神安定剤であるプロナップおよびプラキシンは、南アフリカで多数の乳児の死因となったため、七〇年には市場から回収された。
鎮痛剤であるフェナセチンは、少しずつ組成を変え、二〇〇種もの商品名で販売されていたが、つい最近、アメリカ市場から姿を消した。
腎臓の機能を破壊し、腎臓腫瘍の原因となり、さらに赤血球を破壊することが分かったからである。
アミドピリンも鎮痛剤であり、一六〇種以上もの製品に含まれている。
これは白血球減少などの致命的ダメージをおこすことが知られている。
すでにかなりの国で回収されたが、まだ使われている地域もある。
吐き気や乗り物酔いの薬マルツィンも、深刻な害をとくに子供に与えるため、スイス・イタリアをはじめとする多くの国で七一年、回収された。
降圧剤レセルピンは、女性の乳癌の発生率を三倍に高める。
また脳腫瘍、膵臓・子宮・卵巣・皮膚などの癌の発生率をも高め、さらに、悪夢および翻症状を引きおこすという事実はよく知られている。
白血病の薬メトトレキサートは、口腔内の潰瘍、腸壁穿孔を伴う消化器官の出血、重度の貧血などをおこし、癌性腫瘍を発生させることがある。
血液の癌と言われる白血病の治療薬として用いられていたウレタンは、現在ではかえって、肝臓・肺・骨髄などの癌をおこす可能性があるとされている。
また別の白血病の薬ミトーテンは腎臓リンパ腺の壊死をおこす。
抗癌剤として宣伝されているシクロフォスファミド(シクロホスファミドとも書く、商品名エンドキサン塩野義製薬)は、肝臓や肺に始まる全身的な壊死を引きおこし、患者は癌の進行によって死亡するよりずっと早い時期に薬の作用で死んでしまう。
これは抗癌剤と称する薬のほとんどにあてはまる。
結核用抗生物質イソニアジドは肝臓壊死を引きおこす。
同じく結核用抗生物質カナマイシンは聴覚を侵し、腎不全をおこす。
チフスの治療に用いられる抗生物質クロラムフェニコール(クロロマイセチン)は、骨髄損傷、重度の貧血、さらには致命的な心臓血管虚脱などをおこす。
下痢止めであると同時に便秘薬でもある(!)ビスマス(蒼鉛)は、フランスを例にとると、七四年以来の中毒患者が一万人、そのうち少なくとも二八人は死亡し、脳障害の報告例も多い。
多くの下剤に含まれているフェノールフタレインは嘔吐、蛋白尿(腎障害を示唆)、精神錯乱、そして死につながる。
「期待はずれの奇跡の薬」という記事が、八一年一月十四日付の『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』に載り、一三年前にアメリカで医師たちが大量にクロフィブラートを処分し始めた理由をこう説明している。
クロフィブラートは、現代人にとり、好きなだけ食べて健康維持、という一挙両得の贅沢を味わわせてくれる夢の薬に見えたのだった。
一日四回、小さなカプセルを飲みさえすれば、心臓麻痺など気にせずにバターをたっぷりのせたステーキを食べていても平気だ、と思わせてくれた――ところがこの奇跡の薬、生命を救うどころではなく、かえって死亡率を高めるという研究結果が最近発表された。
WHOの一〇年にわたる調査によれば、クロフィブラート常用者はプラセボ(偽薬 本ものの薬の効力を客観的に評価するために使われる――訳者注)を与えられた人々よりも、癌、脳卒中、呼吸器疾患、そして皮肉にも心臓麻痺などで死亡する確率が二五パーセントも高いという。
しかし読者諸君、絶望するにはおよばない。クロフィブラートをはじめとするさまざまな奇跡の薬にいかに恐るべき副作用があろうとも、それを中和する新薬を求めて、何千人もの功名心に燃えた研究者たちが何百万匹もの動物を使って、日夜、研究に心血を注いでくれているのだから。
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世界医薬産業の犯罪―化学・医学・動物実験コンビナート | |
世界的医薬・医療産業が引き起こした、薬害、医療ミス、過剰治療の現実、動物実験が人間医療に役立たず、莫大な利益獲得手段と化している現実を具体的に示し、欧米に一大センセーションを巻き起こした問題の書。 |
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