大きく報道されている。
まずは亡くなられた上村さんの
ご冥福をお祈りしたい。
不良グループに入ったが、悪いことはしたくなくて、
抜けようとしたが、リーダー格の少年に刺された、
ということらしい。
昔なら暴走族、暴力団という感じだろうか?
不良グループ程度だと、普通は殺すまでは
なかなか行かないものだが、
あっさりそのあたりまで行ってしまったというのが、
今の状況ということなのかもしれない。
NHK の日曜討論では、
尾木さんが、なぜ周囲(特に教師)がもっと早く気付かなかったか?
と言っていたが、それはなかなか厳しいと思う。
微かなサインを見逃すな、というが、地震みたいなもので、
事件につながらない微かなサインは無数にありそうだ。
江川紹子さんは、ジャーナリストらしく、
徹底的な原因究明を、と言っていたが、
原因究明は難しいと思うし、あまり意味がないように思う。
原因はそんなに簡単ではないだろうし、
だから、それがわかっても対策は難しいだろう。
江川さんは、学校での教師と生徒の日常的ふれあいが
減っているのがひとつの原因風土、とも言っていた。
それに同調して、今の教師が忙しすぎる、
今の生徒も忙しすぎる、という意見もあった。
それはそうかもしれないと思う。
残念ながら、教師が忙しすぎるのはなぜなのか?
については言及がなかったが、
おそらく、管理過剰のためなのだろう。
勤務レポートとか、自己評価レポートとか、
研修とか、管理のための会議とか・・・
生徒が忙しすぎるのは、受験競争が二極化し、
ますます激化しているためなのだろう。
しかし、だとすれば、一朝一夕にその状況を変えるのは難しく、
教師の負担を無意味に増やすだけのようにも思える。
そうした状況を踏まえて、個人的には、
学校や家庭以外の「第三の場」が
無くなっているのが問題ではないかと思う。
昔なら、近所のおじさん、おばさん、駄菓子屋やパン屋のおばさん、
電車やバスの車掌、あるいは、近くのお寺の住職、交番のおまわりさん、
習いごとの先生、などが、なんとなく子供を見守っていたと思う。
なんだか仕事がみんなプロフェッショナル化して、
無駄が省かれた結果、そういうゆるやかな
見守りの輪が無くなっていること、
つまり、結局のところ、共同体が失われていることが
ここでも一番根本的な原因のように思われる。
これに関連して、LINE が悪いという意見もあった。
確かに、LINE がリアルな触れあいを奪っている面はあるだろうが、
LINE のようなバーチャル空間が肥大してしまうのも、
リアルな絆の希薄さのせいともいえるのではないか。
人工甘味料のように、安くて便利なものというのは、
本来代用品のはずなのに、人間は易きに流れやすいものだ。
浅く広いネットワークが瀰漫して、
みんながそちらでのつきあいに忙殺されるというのは、
本末転倒も甚だしい。
子供は家庭や学校、ましてや、
バーチャルな空間のみにて育つものではなく、
社会(共同体)の中で、愛されて、守られて、育つのだ。
リアルなつきあいを絶ったコウロギは、
暴力的になる、という研究もあったような。
※金沢工大の長岡先生の「インターネットコオロギ」の研究
http://www.sekisui.co.jp/csr/contribution/bio_mimetics/1174535_1621.html
ついでに、少年犯罪の件数は減っている、
というグラフがあったが、少年の数も減っているはずで、
比率の変化を出して欲しかった。
と思って自分で調べたら、
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/toukei/hikou/hikou25.pdf
この資料の 14ページに数字があった。
なんと、少年人口は思ったほど減っていなくて、
最近はわずかながら増加に転じている。
従って、比率でみても、10年前より半減しているのだった。
そうなのか・・・
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