以前ニュースで「某学校の生徒がいじめられ自殺をした。担任はその自殺した生徒の同級生が書いたいじめの内容の紙をシュレッターにかけて隠滅した」という報道を耳にして憤りを感じました。
教師の役目とはなんでしょう?勿論勉強を教えることです。ですが小中高とこの時期の子達はとても繊細で少しのことでも感情が変わってしまいます。悩みもたくさんあります。それを親と一緒にカバーしてあげるのも教師の役目なんじゃないでしょうか。
私は今も諦められずにいる夢があります。“医師になること”
これを高校の教師に言ったら「お前には無理。この高校にいる時点で察しろ」みたいなことを言われました。
言葉悪くなります。
夢を追いかけてる生徒の応援が出来ないなら教師なんて辞めちまえ!
近年いじめ問題、虐待で若い命が亡くなっています。今の時代80まで生きることはざらです。残り60年もある人生を捨てて10代でなくなる報道を見てると胸が痛い。
学校は行かないといけないものなのか。いじめられたりして死のうとしてまで行かせる必要があるのか。
私はそうは思わない。現に小中高と合わせれば9年。社会人になって働くほうが長い年月。この9年間の勉強は別に家庭教師でも独学でも出来る。その虐められてる年だけの為に命を摘むのは実に勿体なさすぎる!
まだまだ楽しいことが70年もあるよ!結婚もするかもしれないし子供も出来るかもしれない。
亡くなってから「実はこうでした」と頭を下げてる校長や教育委員会も見てるとどうしても頭を蹴りたくなってしまうのは私だけでしょうか。本人が何も知らせてないならともかくこのシュレッダーの件は同級生の女の子がちゃんとサインを出してた。
それを大人の事情というやつで隠滅した。事前に防げたかもしれない。
古来から自殺をすると魂は成仏出来ず生まれ変わることも出来ないと聞いたことがあります。
信じるも信じないも置いておいてこれに当てはめれば未然に防げなかった大人は有罪でしょう。
19の時に心疾患が見つかり死というものを間近に見てきました。だからこそ言える。生きてるだけで幸せ。
私の好きな言葉に「幸せを求めすぎてはいけない」という言葉があります。
幸せは求めすぎると近くにある幸せに気づかない。生きていることの幸せ、美味しいご飯が食べれる幸せ、友達とおしゃべり出来る幸せ、観たいテレビが観れる、なんだって良いんです。まずは近くにある幸せから見つけてみましょう!
私自身も何度も自殺を考えたりリストカットもしてきて手には今でも痛々しい程の傷が残ってます。死にたい死にたいと思っていたら19の夢が見つかった時に心臓病で倒れました。罰が当たったんです。ですが近くにある幸せを見つけ出せました。
まだまだ若いし大切な身体を労わって下さい。私と同じような人が増えてはいけない!
こういった講習が出来ればやりたいなと思っています。ですがそんな能力もないのでこういった場を借りてます。
遠いものを求めずに近くにあるものから見ていきましょう!そして老衰としてお迎えがきた時に「良い人生だったな」と思える人生であってほしい。
俺もまだ結婚したいしなりたいものもあるし子供も欲しい。
心不全やっていようが関係なくまだまだ逝くには早すぎます。
欲まみれの人生それを大切に持って過ごしていきます。