白雉が落ちてはいないから

小野不由美先生著、十二国記の「白銀の墟 玄の月」(新潮社)のなぞを考察、ネタバレ含まれるため、未読の方はご遠慮のほどを。

【ネタバレ】(3)泰麒の角はいつ治っていたのか 角の回復過程

2020-04-29 23:25:29 | くらし・趣味
※「白銀の墟 玄の月」のネタバレを含みますので、未読の方はどうぞ読了されてからご覧くださいませ

泰麒の角の回復がなぜ段階的だったのか、というところも想像の範囲ですが考察していきたいと思います。

泰麒の突然の不調の際に麒麟の力の回復があった一方、その後も徐々に力を増していき、しかしながら角の回復が遅れるような事態により、完全な回復には時間を要したのではないかと考えています。

泰麒は蓬莱で過ごしている間は、本来麒麟が摂取することができない食生活をしており、さらには『魔性の子』劇中にあるように様々な血の穢れ、怨詛により蓬莱から戻って来た際は重い穢瘁にかかっていました。
穢瘁が回復に影響していることを、麒麟の侍医である文遠も話しています。

“「――角は麒麟の生命の源でございます。それを斬る、などと。しかも故国で病まれたのですか。穢瘁さえなければお怪我も治ったことでございましょうに」”
[2巻 7章 p37]

蓬莱にいる間はほとんど角の回復がなれず、泰麒の角の回復は蓬莱から戻ってきてからだと考えられます。
「黄昏の岸 暁の天」でも、本来麒麟の身体に障る食事によって、治癒を損なったと記述があります。

“泰麒の身体は、蝕と当面の治癒とで正気を使い果たしていた。だが、それでもなお、治癒は進んだはずだった。長い年月をかければ、角の再生さえ不可能ではない。本来ならば。”
[「黄昏の岸 暁の天」p149]

蓬山で穢瘁を治してもらい、その後は麒麟らしい食生活をして、少しずつ回復していたのではないでしょうか。
しかし、白圭宮に戻って間も無く阿選に腕を切られ、深手を負っています。

阿選に切られた腕の傷が治っていない時期は、角の回復も遅れていたのではないかと考えます。
泰麒は恵棟を州宰に任じた時点では、まだ片腕を不自由にしている様子が描かれています。
[2巻 11章 p305]

さらに、正頼救出(失敗)とその後の応酬で泰麒は諸々無茶をしています。
耶利と項梁による見張りの排除による血の穢れ、自らの手による兵卒への傷害、さらには阿選に誓約を強要され、目から流血するほどに無理に平伏したことなどです。
[3巻 16章 p226]

これらの行為も穢瘁や身体の不調につながり、ひいては角の回復の遅れになったのではないか、それゆえ段階的な回復となったのではと考えます。


【ネタバレ】泰麒の鬣は伸ばしていなかった?

2020-04-29 22:05:53 | くらし・趣味
※「白銀の墟 玄の月」のネタバレを含みますので、未読の方はどうぞ読了されてからご覧くださいませ

「白銀の墟 玄の月」において、泰麒の鬣が伸ばされていない様子に違和感を覚えたので考察してみます。
泰麒は鬣を伸ばしていなかったのでしょうか。

「風の海 迷宮の岸」では、鬣の短さについて女仙に指摘され、仕方なしといった感じで髪を伸ばす泰麒の様子が描かれています。
鬣を切ってもよいかと尋ねる泰麒に、転変した際にはまだまだ短いのだと説得される様子であるとか、
煩わしそうにしていた伸びた鬣を女仙に結んでもらう様子、
蓉可との別れの場面においても、鬣の短さを気遣う優しい会話など、
さらには挿絵でも、少しずつ伸びる泰麒の鬣の様子が丁寧に描写されています。

ほんの数ヶ月の間の話でここまで鬣の長さに拘って描かれていたにもかかわらず、「白銀の墟 玄の月」で描かれている鬣に関する場面はほとんど見当たりません。
ひとつは物語冒頭の園糸が泰麒の姿に痛々しさのようなものを感じている様子です。

“——変わった色の黒髪が切り詰められているからだろうか。これは世捨て人——でなければ、身近に大きな不幸があって、深い喪に服していることを意味する。”
[1巻 1章 p38]

もうひとつは、浹和によって髪を切り揃えられる場面です。

“今朝も泰麒の身繕いを手伝うと——泰麒は必要ないと言うのだが、浹和が聞かない——髪を切り揃えにかかっていた。”
[2巻 7章 p11]

その後は切り揃えながら伸ばしているのかも分からず、何の様子も描かれぬままです。
「風の海 迷宮の岸」ではあれほど丁寧に描かれていた鬣について、「白銀の墟 玄の月」ではほとんど触れられていないことに違和感を感じます。

私は、泰麒が髪を伸ばしている様子がないのは、麒麟の本性を失った、麒麟らしからぬところを装った偽装だったのではと思っています。

ただ、素直に解釈すれば、深い喪に服しているとするのが正しいのかもしれません。
「魔性の子」で多くの犠牲を出して蓬莱から帰還したばかりの泰麒が喪に服しているのは自然なことです。
しかし泰麒は常世でのそのような慣習を知っていたでしょうか。
常世に居たのは実際1年程で、その間にそういった慣習を知り得ていたか、いささか疑問です。

やはり喪に服す以外の理由であったのではないでしょうか。
阿選は泰麒の角が折れ、麒麟の本姓を失ったままであると確信しており、転変した泰麒に驚く様子が描かれています。

“阿選も腰を浮かせ、呆然とその光景を見つめた
——角は、ないはずだ。
かつて阿選は泰麒の角を斬った。ために転変もできず、使令も呼べない、そのはずだった。”
[4巻 24章 p388]

泰麒は阿選がそのように思っていることを逆手にとって、麒麟らしからぬ装いとし、阿選側の油断を誘うため、鬣を伸ばさないでいたのではないかと、そのように思えてならないのです。
もし泰麒の角が回復していることを阿選側に悟られていれば、さらに厳しい監禁が行われていたやもしれません。
穿ち過ぎでしょうか。