耶利が巌趙に託したものとは何だったのでしょうか。
驍宗の弾劾の前日、巌趙との会話の中で、耶利は自分が泰麒を刑場に連れ出すかわりに、巌趙に何かを託します。
“耶利は巌趙の腕を掴んだ。
「あとを頼む」
巌趙は少しの間、無言で耶利の眼を見た。耶利は頷く。——察してくれ。
「……お前が為せばいい」
——「私にはほかに用がある」
「——用?」
——「誰かが台輔を主上のそばにお連れしなくてはなるまい」”
[4巻 23章 p356]
私は耶利が託したものは、琅燦の救出だったのではないかと考えます。
静かな静かな泰麒の告白を受けて、耶利は泰麒と運命をともにする覚悟をしています。
弾劾の場で主上に跪拝し、ともに亡くなる覚悟の泰麒の願いを叶えたいと、さらにはそれが妨げられそうなときには、自ら泰麒を手に掛ける覚悟を持っていることが伺えます。麒麟の威光の通じない黄朱でなければ、麒麟を害することができないと、これが自分の役割だと信じています。
”自分が護衛を斬り払って泰麒のために道を作る。そして万が一——何が何でも泰麒を捕らえようとする阿選の手が、泰麒の願いを妨げようとしたときには。
——たぶん、これは黄朱にしかできない。”
[4巻 23章 p356]
弾劾の混乱の後、巌趙は正頼を救出し、王師による追撃を防ぐためにその場に留まり、その後の消息が途絶えています。
耶利が託したものは正頼の救出だったのではとも思われました。
正頼の救出も泰麒が兼ねてから願っていたことであります。
かつて正頼救出に失敗し、その後の正頼の生死も分からず、泰麒が気にかけていることを耶利も感じていただろうと思われます。
しかし果たして耶利がそれをわざわざ巌趙に託したでしょうか。
耶利が願わずとも、同じく驍宗の麾下である巌趙の方が、むしろそれを願っていたのではないかと考えます。
巌趙とは利害が一致しない事柄で、耶利にとって重要なこと、それは耶利の主公の救出ではないでしょうか。
であるが故に、巌趙も「お前が為せばいい」と言ったのではないかと思われます。
漕溝への後退の際、墨幟たちは琅燦が計都に騎乗して追ってきたと思しき状況に遭遇します。
計都はその気性のため巌趙しか世話ができず、泰麒の大僕として就く前は厩番をしていました。
弾劾の際に同じく本殿にいた琅燦に、巌趙が計都を用立てることは可能だったと思われます。
弾劾の場で、驍宗が討たれれば、琅燦が宮城に留まる理由も無くなります。
また、耶利は刑場で泰麒と運命をともにする覚悟を持っているため、自身では琅燦を救出する手立てがないと思ったのではないでしょうか。
それ故に巌趙にそれを託したのだと考えます。
弾劾の場では、驍宗然り、驍宗を救おうとする人が皆、死を覚悟してその場に臨んでいたことが伺え、改めて胸が熱くなる場面だと思います。
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