そう、そして僕は時空を超えた旅人になる。

皆さんに優しさと癒やしをお届けできますように。By柊つむぎ

第2章~現在と未来~

2011-09-01 07:21:37 | 癒しの物語
 カナコさんがどんな人生を歩んできたか、どんな生活を送ってきたか、僕はよく知らない。もしかすると、聞いたものの忘れてしまったのかもしれない。
 僕が確実に知っているのは、現在形の彼女だった。ご飯を作る後ろ姿、毎朝見せる通勤姿。泣きはらした待さんの話を聞きながら、一緒に涙ぐむ顔。ニュースを見ながら、理不尽さに小さく怒りながら独り言を展開する魚を思わせる顔。
どれも彼女だ。今を生きている彼女の姿。

 僕達は出会ってから、夢を語り、現実のピースをつなげていった。

 彼女は派遣社員で、休日には写真を撮ることが好きだった。本気で写真集を自費出版するつもりらしい。休日になれば外出し、世界から彼女の世界を切り抜いた。平日には夜空と僕の写真を撮った。
 カナコさんに言わせると、夜行性(らしい)僕と星空の組み合わせはとても良いと語った。僕のまるくて少し切れ長の目は、夜の妖精が持つ遠い世界の羅針盤だとも。だから、僕の画像は昼間に見るより夜が良い、いつ眺めても良い昼から夕方の街並みが良いと。
 押収品に見えなくもない床に並べられた彼女の写真。その間を気をつけながら歩く。写真は僕の知らなかった世界をたくさん教えてくれる。この写真以上に僕達は近寄りたい。知り合いたい。理解しあいたいと思いながら。
 そして、僕達の間に物語が横たわっている。地球という惑星の前に、太陽や月が現れて、僕達を照らす。


スワロフスキーと丸小ビーズで作った指輪。

 そんなスケールで考えると、僕とカナコさんが出会えたことは、まさに奇跡だと思う。彼女は僕の目を羅針盤と言ったけれど、その羅針盤は出会うために機能したのかもしれない。しぶきをあげる時間の波に、運命という大きな帆船に乗った僕達。
 そう、僕達は永遠に旅をし続けていく。時間を超えて、ひたすらに。


 太陽の光が強いほど、影が濃いのと同じで、カナコさんは笑顔の鮮やかさとともに、心の影を持っていた。
派遣として、カナコさんは存在感を消していた。本来は発注された商品をフォーマットに入力したり、電話やファックスで在庫照会について回答していた。コネもなく、取り立てて能力がない彼女は地道に仕事をしていくことを特技として、日々の収入を得てきた。美味しい仕事をした後は雑談に興ずる同僚の横で、一部の人から地道に働くよう、仕分けされた。そして、それはいくら働いても、上の人には決して認められない意味を示す。人の役に立ちたいと思いながら、なかなか叶わない思いと共に。うまく立ち回れない自分への苛立ち。
根腐れしそう、と呟いた。今、辞めたら、契約途中になる。それは私の性分に合わない。このまま、こらえるべきかな。彼女に、辛い気持ちはよくわかるよ。湿気の多い暗くて、埃っぽい部屋に閉じ込められた感じ。二度と日を見られない焦り。彼女は頷いた。
今はしんどい。辛い。だけど、頑張る自分を信じて。一発逆転がくるかもしれない、その時に備えて、力をためておこう。僕は、そう言った。
「あなたもそうだったの?」カナコさんは僕に腕を伸ばしながら、尋ねた。
そう、僕は頷いた。そして、部屋から飛び出した。それから、冒険の連続だった。橋を飛び越えて、ビルからビルに移った。暗くて、湿っぽい優しさの欠けた日常から逃れる為に、もっと良い明日を探す為に。
彼女が僕の冒険に耳を傾け、情景を心に浮かべようとしていた。
長い冒険の最後は、ブドウ畑がある街だった。その街で今まで乗っているトラックは止まると感づいたので、別のトラックに乗り移った。その瞬間、見上げた空に緑の絨毯が舞った。
そのトラックは、今、僕とカナコさんが住む街まで夜を超え朝を超えて走った。

あれが、ブドウ畑だと知ったのは、カナコさんの部屋にあるテレビの画像を見た時だった。


力をためておくわ、彼女は僕の目を見ながら言った。偶然か、彼女の好きな曲がかかっていた。 「この曲好きよ。愛らしくて。」そう言った時に、僕の上に、あついものが落ち、瞬時に胸元を冷やした。君は今、灼熱に満ちた船の上にいるのか。それとも、順々に体を冷やす雨に打たれているのか。僕は彼女の胸に耳を当てた。
愛らしい旋律は二人が共有する時間、空間の中を可愛らしく跳ねる。
彼女は泣きはらした目元をこちらに見せた。僕の目が羅針盤に見えただろうか?
僕の目が自分が羅針盤になり、同時に彼女の災難の避雷針になりたいと思った。
僕に落とした涙は、彼女の頬を熱く、瞬時に冷やしているに違いない。僕は涙と共に、君の気持ちを掬い取りたい。でも傷は、なめない。傷をなめあう関係はさみしいだけで、何もならない。君自身で癒していくんだ。
 言葉以上の言葉を投げかけながら、彼女の頬に近寄っていった。

どれだけ眠っただろう。いつもと同じドアの音がした。トーストの香り。ハンガーの音。
「夕べはありがとう」 確かな、そして僕を安心させてくれる声。ドアの隙間から。うん、と頷いて、僕は再び眠りに就いた。