2010年バンクーバー五輪フィギュアスケート女子銀メダリストで、世界選手権で日本人最多3度の優勝を果たした浅田真央(26=中京大)が10日、自身のブログで現役引退を電撃発表した。
浅田のスケート人生は波瀾万丈だった。小学生のころからフィギュア界では天才少女として知られ、05~06年シーズンには一躍、世間の脚光を浴びる。GPシリーズ初出場を果たすと、今では代名詞となったトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を武器に2戦目で早くも優勝。GPファイナルも制し、世界のトップスケーターの仲間入りを果たした。
しかし、06年トリノ五輪の代表入りはかなわなかった。国際スケート連盟(ISU)が定めた年齢制限にわずか3か月足りなかったためだ。
08年には世界選手権を制するなど、その後も活躍を続け、10年のバンクーバー大会で念願の五輪初出場。ジュニア時代からのライバル、キム・ヨナ(26=韓国)に敗れ、銀メダルに終わった。
腰痛や11年に亡くなった母・匡子さん(享年48)との別れを乗り越えて臨んだ14年ソチ五輪では、SPで転倒が相次ぎ16位と出遅れた。それでも、フリーではトリプルアクセルを成功させるなど、素晴らしい演技を披露。6位まで順位を上げ、不屈の精神が世界の称賛を浴びた。
「集大成」としていたソチ五輪後の引退が既定路線と思われたが「ハーフハーフ」の言葉を残して休養。1年間の充電期間を経て、15~16年シーズンに復帰を果たした。
復帰後はGPシリーズ初戦を制し、順調な再スタートを切ったかに思われたが、トリプルアクセルを中心にジャンプにミスが目立ち苦戦。迎えた今季序盤はトリプルアクセルを封印したが、GPファイナル進出を逃すなど、さらに成績は落ち込んだ。
昨年12月の全日本選手権ではトリプルアクセルを解禁したものの、12位と惨敗。世界選手権の代表を逃し、その後は大会に出場していなかった。
最後の世界選手権を花で終わらせたかった
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