「正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現」で見つけた
夕刊フジ の記事です。
<反撃せよ!日本>、やけにストレートなタイトルだと思ったら、昔テレビでおなじみのケント・ギルバート氏が、親日家としてみるにみかねて書いたような記事でした。
こういうアメリカ人の意見が、やっと聞ける時代になったということでしょうか?(それにしても、彼、いつからか、パタッとテレビで見かけなくなりましたね。テレビでこういう話は一切出せないこともあったのでしょうか?)
確かに武器を持って反撃することを、「平和的でない、悪いこと」のように思い込まされてきたこの70年。
「GHQ憲法」の罪について、アメリカ人が語っているので、説得力があります。
いつの時代も、日本人は「大義」に忠実すぎるのでしょうか?
戦後の大義は「平和憲法」?
正当防衛すらままならない本末転倒の国になっても、何が何でも“非武装主義”を守ろうとする勢力が幅をきかす“おかしな日本”を見て、罪の意識を感じるアメリカ人も居ると分かって、ちょっとホッとします。
東京裁判のパール判事にしろ、ケント・ギルバート氏にしろ、言うべき事を言ってくれる外人が居ることは本当にありがたいことですが、アメリカ人でさえわかっていることを、当の日本人が分からずじまいになっているのは、情けないことでもあります。
(何故、吉田首相は、占領憲法を返上し、自主独立の憲法をつくろうとしなかったんでしょう?やはり、政治家の決断の無さが災いの元!)
以下、抜粋転載記事です。
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20141121/dms1411211140008-n1.htm
【反撃せよ!ニッポン】GHQの露骨で幼稚な嫌がらせ 馬鹿げた憲法論議を早く終わらせよ
2014.11.21
★(4)
衆院解散・総選挙(12月2日公示-14日投開票)が行われるので、この私見を書くには良いタイミングかもしれない。
日本国憲法が、GHQ(連合国軍総司令部)の作成した英語の草案を元に作られたことは公知の事実である。おかげさまで日本の基本法なのに、日本語が直訳的で分かりにくい。私がGHQの最高司令官なら、間違いなく翻訳者にダメ出しをする。
日本国憲法の前文や第9条を読むと、米国人法律家の1人として心の底からの恥ずかしさと、日本に対する申し訳なさを感じる。なぜなら、GHQの露骨で幼稚な嫌がらせが目に余るからだ。
第9条の本質は、戦争で米国に苦戦を強いた日本へのペナルティーである。第9条を素直に読むと、真冬の夜中に「裸で外に立ってなさい」と命令されたに等しい。
日本人らしい性善説に基づき、「米国が戦後の日本を平和国家にする目的で第9条を提案した」と解釈する人がいるが、大間違いである。私は確信を持って断言する。それは100%ない。
米政府は昔も今も、時として本当に大切な判断を間違えて、全くバカげた行動を取ることはあっても、日本のように「お人好し」な行動は取らない。
ついでに言うが、「平和主義を掲げた日本国憲法を守っていれば他国は日本に戦争を仕掛けてこない」という論理は、62年前に破綻している。日本国憲法公布の6年後、日本は韓国に島根県・竹島を強奪されているではないか。
この無邪気で無責任な主張をする人々に、ぜひ一度、試してほしいことがある。
《私はこの地域を犯罪のない誇りある場所にしたいのです。従って、わが家はドアと全ての窓、自家用車、自転車にカギを掛けません。わが家に武器は一切なく、もし強盗や強姦魔が侵入しても、決して反撃しません》
このような張り紙を、自宅のドアや壁、車などに貼るのである。そして、どの程度の期間無事でいられたのか、私に報告してほしい。
英語、中国語、韓国語、ポルトガル語、スペイン語も併記して、インターネット上で、住所、氏名、電話番号、所有資産まで公開すれば完璧である。
もし1カ月間無事であれば、日本の驚異的な治安の良さに感謝すべきだ。もはやノーベル平和賞モノである。だが、それを行う勇気がないのであれば、同様の行為を国家に求める自分の浅薄さと身勝手さを恥じた方がいい。
日本の治安が世界一なのは、日本人の国民性と警察のおかげである。地域の安全を守るのが警察であるように、国家の安全を守るのが軍隊だ。
日本が戦後70年間も無事でいられた理由は憲法第9条ではなく、在日米軍、自衛隊、日米安保条約のおかげである。
第9条にある「正義と秩序を基調とする国際平和」は、昔も今も実現したことがない。むしろ、日本の安全保障は戦後最大の危機にある。この状況下でも、バカげた主張を続ける政治家の「存在意義」が全く分からない。
【反撃せよ!ニッポン】創作された「歴史」の修正を主張する時期に来た K・ギルバート氏
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20141118/dms1411181140003-n1.htm
人に依頼する者は必ず人を恐る。
人を恐るる者は、必ず人にへつらうものなり。
常に人を恐れ人にへつらう者は、
次第にこれに慣れ、その面の皮、鉄の如くなりて、恥ずべきを恥じず、論ずべきを論ぜず、
人をさへ見れば、ただ腰を屈するのみ。
福沢さんの「学問のすすめ」でしたかね。
預言者みたいですね。
予言者というよりも…そういう人間を福沢諭吉もよく見たのではないでしょうか?
今も昔も、人間(というか、日本人)は変わらないのでしょうね。
http://www.youtube.com/watch?v=Bu5FriE-0VE