「北海道内の企業競争力の低下に結びつきかねず、危惧している」
北海道函館市の市長、工藤寿樹は今年8月25日、北海道電力の料金再値上げについて、記者会見でこう危機感をあらわにした。北電は泊原発1~3号機(加圧水型軽水炉、計207万キロワット)が再稼働できず経営難に陥り、7月31日、経済産業相に電気料金の再値上げを申請した。
工藤は「経営が苦しい分を全部上乗せし、消費者に転嫁するようなことは、いかがかと思う」と、北電を強く非難した。
だが工藤は、電気料金値上げを責め立てる一方で、電力会社の経営を窮地に追い込む行動も取っている。
4月3日。工藤は東京・霞が関の司法記者クラブにいた。
「大間原発と函館は最短23キロしか離れていない。市民の安心安全を守るためにやむを得ず今日に至った。建設ありきで安全は二の次というのは明らか。とても容認できるものではない」
電源開発(Jパワー)が函館市の対岸、青森県大間町に建設中の大間原発(改良型沸騰水型軽水炉、138.3万キロワット)について、建設中止と原子炉設置許可の無効確認などを求める訴えを東京地裁に起こした。
自治体が原発の建設差し止めを求める訴訟は例がなく、記者会見には多数のマスコミが詰めかけた。工藤は函館市と大間原発の位置を記したパネルを持ち出し、興奮した様子で持論を繰り返した。
「原子力規制委員会が策定した規制基準では安全性は確保できない」「津軽海峡近くというテロに脆弱(ぜいじゃく)な立地にもかかわらず、テロ対策が不十分だ」
函館市は訴訟費用にあてる寄付金を全国から募った。これまでに1093件4802万円が集まったという。
訴訟の行方はこれからだが、裁判所が函館市の訴えを認めれば、関西電力大飯原発(福井県)の運転差し止めを命じた福井地裁判決と同じように、反原発派は勢いづく。大間原発や電源開発だけでなく、全国の原発再稼働に影響を与えかねない。
北電泊原発の再稼働も遠のき、北電はさらなる値上げに追い込まれる可能性がある。
「原発は作らせないが、電気料金値上げも許せない」。この矛盾について、函館市の担当者は「訴訟と料金値上げの影響は別問題と考えています」と言葉少なに説明した。
工藤は初当選した平成23年の市長選の際に、「経済の再生なくして函館の復活はない。真っ先にやらなければならないことは、函館の経済を再生することです」と公約に掲げた。だが、原発を忌避する行動が、地域経済の再生につながるとは思えない。
18万人の雇用喪失
原発停止に伴い、全国10電力会社のうち7社が値上げに踏み切った。
この値上げドミノは、日本経済にどれほど影響を与えたのか。今年9月、こんな試算が発表された。
「これまでに上昇した電気料金の負担増は、製造業全体で4020億円分。労働者9万4千人分の給与にあたる」
試算したのは、全国の有力企業が設立した研究機関「地球環境産業技術研究機構」(東京)だ。同機構は今後も原発ゼロが続いた場合の電気料金(企業向け)の値上げ幅として、北電26.34~39.86%▽関西電力31.16~37.26%▽九州電力29.61~40.26%-などと弾いた。
この数値通りに推移したとすれば、日本の製造業におけるコスト増は約6300億円~7500億円に達する。これは14.8万~17.6万人分の労働者給与に相当するという。
同機構は「原発再稼働が遅れ、さらに料金値上げとなった場合、影響を雇用で調整しようとすれば、15万~18万人の雇用喪失を意味する」と警鐘を鳴らす。
国内の製造業に従事する労働者は計約1千万人だ。同機構の最悪のシナリオ通りに進み、18万人が職を失うような事態になれば、日本経済、そして社会は不安のどん底に陥る。
その兆しは北の大地に現れている。北電は同機構が試算を発表した2カ月後、2度目の値上げを実施した。合計値上げ幅は33%と、試算の真ん中に当てはまる。
過半数が減益に
信用調査会社、帝国データバンク札幌支店が5月、北海道内の企業を対象に実施したアンケートによると、回答した企業の53.2%が電気料金値上げによって、26年度決算が減益になると予測した。
価格転嫁についても「ほとんどできない」「まったくできない」が計64.1%に達し、コスト増分を自社で吸収せざるを得ない実態が浮き彫りになった。
同支店情報部長の田上治彦は「3割超の電気料金値上げによるコスト増は、業種によっては命取りとなる。この影響はジワジワと押し寄せるだけに、再来年ぐらいが心配だ。直接的な倒産がないとしても、電気料金など先行きのコスト高感は、企業経営者に廃業・解散の道を選ばせるかもしれない」と分析する。
企業誘致へのしわ寄せを心配する声もある。
北海道産業振興課主幹の伊藤雅実は「土地代の安さや自然災害の少なさなど利点をアピールしますが、電気料金値上げによるコストアップの影響がまったくないとはいえません」と語った。
もともと基盤の弱い北海道経済は、電気料金値上げで崩壊の道をたどろうとしているように見える。だが、地元の経済界から、再稼働を積極的に求める声は、あまり上がっていない。
北海道経済連合会が、正式に声を上げたのは平成25年10月だった。東北と北陸の両経済連合会と連名で、政府に出す要望書に早期の原発再稼働を盛り込んだ。九州経済連合会が24年12月に、同様の要望書を提出したことに比べると、約1年遅れだった。
北海道経済界が声を出せない大きな理由は、震災と原発事故が、隣接する東北地方で起きたからだ。
ある経済団体幹部は「福島第1原発事故を見た以上、原発建設を止めようという函館市の主張も理解しないわけではない。北海道では反原発のムードが強く、再稼働推進の声もあげにくい。だが、われわれ企業経営者にとっては、安価で安定した電力を生み出す原発は重要なのです。正直なところを言えば、九州が原発再稼働を牽引(けんいん)し、道筋を作ってくれればありがたい」と語った。
九電川内原発1、2号機(鹿児島県薩摩川内市)の再稼働は、九州だけでなく北海道をはじめとする全国の経済界の期待を背負っている。(敬称略)