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1965年頃だろうか? ショーン・コネリーの007の第一作目を劇場で見たのは。。
調べてみたら、第一作目が第1作「007 /ドクター・ノオ」(1962)で、二作目が「ロシアより愛をこめて」(1963)になっていた.
半世紀以上も前の記憶であまり自信はありませんが、一作目と言われる作品の前後に、「007は殺しの許可証」とかいうタイトルの作品があったと記憶するんですが。。
当時、田舎のアホな高校生ですから、英国に情報機関があるなんちゅうことも知らない訳で、何を見ても、何を聴いても「へ~ッ。。。?」
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その映画で、知ったキーワードが「サイレンサー」で、それまでの概念では「消音装置」。 アタッシュケースも田舎の高校生には新世界の商品同様に新鮮。
高1か高2の冬休み上京して受験セミナーを受講したが、教室のレべルが超ハイレベルす過ぎて、翌日の二日目の午後には授業をサボり東京見物、池袋の西武が丸物で買ったのが、アタッシュケースでした。 今にしては何ともダサイの極みの告白デス。
さらに主役のファッションから、スーツやジャケットにサイドベンツがあるのも知る。
米国のCIAのような組織が英国の秘密情報部でMI6。 これを知っただけで、瞬間、テメイが田舎の高校生では断トツのピカピカの新情報を知っているという錯覚で有頂天なったほど。。
今にしてみれば、本当に軽くて、今の岸田文雄総理よりアホで、トロさ全開で、穴があったら入りたい気持ちになるはなしデス。
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ここで本題。
今から半世紀以上昔、007の敵役のイメージに、高級仕立ての人民服を連想させる詰め服のドクター・ノオを作り上げたのは脚本力なのか、シナリオライターの慧眼なのか、それとも先見性に富んだ神がかり的な原作者の類まれ無き才能によるものか。。。?
正確な答えは不明でも、ドクター・ノオの顔面を、とある人物の顔にすげ替えるだけで、混沌ととする2023年の世界情勢で混沌の原因は誰かが想像できるから解り易い。
つまり、西欧先進国の感性では、人民服化連想するのは決してポジティブなものではないということだろう。
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それでも気が付かない人のため、もう一枚画像を挿入したい。
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英国の作家、あるいは脚本家、ディレクターのセンスは1960年でから、超ミラクル的想像力、予見力があったことを知る次第。