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液体窒素で焼いた背中のイボは、相変わらず腫れて肥大化し、元々のイボの三倍くらいに腫れた状態で、今朝に患部を確認してガッカリです。
腫れた状態というのは、焼かれたことで、火傷と同じ症状で水疱化してるのが想像できます。
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これが、亡くなった自分の親父であれば、おそらく、お袋の裁縫道具箱の「まち針」を取り出し、嬉々として、100円ライターで赤く熱した後、それを自然放置で常温に戻して「プチューン」と「一刺し」し、水疱に溜まった水分を押し出して、見かけ上フラットにするはずの光景が脳裏に浮かびます。
帝国陸軍の主計下士官であった親父は、こうしたことには、帝国陸軍式の器用さと度胸で、自分の少年時代には、新しい靴でマメが出来たりする、待ちかねたように、親父がにわか野戦病院の軍医と化して、初年兵もどきに仕立てられた、Kazan少年の足にできた靴ずれのマメをつぶした記憶が蘇ります。
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かような経験もあって、自分も父親を真似たいのですが、何分患部が背中のド真ん中となると、手も足も出ません。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/59/78/6ed6db1c4f6a04c29a2a96b174abbcba.png)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0f/96/70535616b0a538ee6d208494facb2e9a.png)
チューブ入りの軟膏状の薬はサルチル酸でも入っているかと思いきや。画像翻訳をみると、オロナイン軟膏のような次元の世界です。
つまり「イボコロリ」的特効薬かと、勝手に想像したのです、大外れです。
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どうやら、気長に三週間を待つようなイボであることが判明デス。
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