病気は治ったもの勝ち!膵臓ガンと宣告されて…

本当の思いなのかな?

個別に「気づき塾」を行なっている意味は、
人それぞれ段階があり、ステージの違いがあるからです。
お話をしていると、「本当にそれは本人の思いなのか」という感覚を感じることがあります。
たとえば、義母、姑の不平不満を口にしている人の話を聞いているとき、
これは「この家をこわhしたい人の思い」であることを感じます。
本人が気付いてないだけで、操られていることを感じます。
なぜそういうことになるのかというと、本人の義母に対する執着を利用されているわけです。
汚れた思いは、簡単に乗っ取られやすいのです。
執着はこだわり、固執にもつながります。だから持たないことです。
本陣がおかしい自分に気づくと、その現象は変わってしまうのですが、心の奥深い部分まで見ることができなければ、難しいのです。

たとえば、治療家の中には、、自分の行っている治療で患者さんを治すことをしたい、治ると患者さんは来なくなってしまうのではないか。ずっと患者さんには通って欲しいけれども、患者さんに治ってもらいたいと、相反する思いを持っている人もいます。
相反しているのですが、自分の思いに正直な人なのです。
でもね、それだけではありません。
それは、また別の機会にしましょう。
自分自身の方んとうの思いなのか考えてみましょう。

そもそも人を治せるのかという問題です。
人に治って欲しいという願いも本当は必要はないと思います。
意味があって人は病気になるのですよね。
その病気は本人の気づきのためにあります。
治療家は、その病気の人を通して気づく必要があるのです。
なぜ、こういう病気の人が来るのだろうか。
こういう症状保人が来るのだろうか。
その意味を深く受け止めるとき、まずは1歩始まります。

すべての病気も悩みも解決に導くのは潜在意識です。
自分の中の潜在意識が、活躍して、同じ空間にいる患者さんにまで活躍してくれています。自分が治しているわけではありません。
潜在意識と一緒に仕事をすると、患者さんの問題の場所に手を触れるだけで
患者さんのお腹がグーっとなって共鳴を始めます。
何もしなくても、患者さんの潜在意識も一緒になって修正が始まります。

「治療家ができることは、わずか5%ほど、病気は、自分の自然治癒力が治すから、
自分で直しているんだよ。いや私がしていることは2%くらいだよ」と、
笑いながら話していた、福田稔先生の顔が浮かんできます。

自分自身の思いであっても、自分自身の思い出はないことが、
世の中にはたくさんあります。
自分を見つめることが、ものすごく大事なのです。
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