まちかどBOOK研究所

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アイヌ語の成り立ち3

2021-09-29 12:59:11 | アイヌ語
前回のブログでは、近世期にアイヌ語が登場する文書のうちの「蝦夷島巡行記」について紹介しました。

今回のブログでは、アイヌ語について記載されたもう一つの文書「蝦夷地周廻紀行」について書いていこうと思います。この文書は「蝦夷島巡行記」の2年後の享和元年(1801)のことになります。

「蝦夷地周廻紀行」の著者は磯谷則吉氏であり、磯谷氏は幕府から蝦夷地巡検を命じられた蝦夷地御用取締係の3人(松平信濃守忠明、石川左近将監忠房、羽太庄左衛門正養)のうちの松平信濃守忠明に随行し、箱館(現在の函館市)からムロラン、ユウフツ、シコツ、イシカリ、ソウヤを経てオホーツク海側を南下し、シャリ、クスリ(現在の釧路市)、ウラカワなどを周廻し、箱館に帰着するまでを書いたものです。

この「蝦夷地周廻紀行」では、宗谷地方においてアイヌの謡曲と題して様々なアイヌ語が記されています。
(半角の小さなカタカナは小さく発音する)
例えばパシクロ(アイヌ語でカラスのことを言う もとはパと発音する単語)や、
カバチリ(カパッチㇼをこのように書き留めたものでアイヌ語でワシの意味)、
レタチリ(レタッチㇼをこのように書き留めたものでアイヌ語で白鳥の意味)
フンベイ(フンペをこのように書き留めたものでアイヌ語でクジラの意味)
ムニ オシケ(ムン オッタをこのように書き留めたものでアイヌ語で草の中の意味)
アフカシ(アㇷ゚をこのように書き留めたものでアイヌ語で歩くあるいは歩いているの意味)、
メノコ(アイヌ語で女性の意味)、
ヘカチ(アイヌ語で子供の意味)
トウノ(トゥラノをこのように書き留めたものでアイヌ語で一緒に行くの意味)などがあります。

また、謡曲の説明が終わった次のところでは
ソヤ(アイヌ語で蜂の意味)
ヒリカニカリ(アイヌ語でよい道の意味)
タンネツプ(アイヌ語で太刀の意味)
エモシ(アイヌ語で短刀の意味でエムシをこのように書き留めたもの)
トウキ(アイヌ語で盃の意味)
イクバシ(イクパスイをこのように書き留めたものでイクパスイはトゥキとともに儀礼用に使われていたアイヌの民具)
ヤイカチノアン(アイヌ語で暇があるという意味)
シメシンキ(アイヌ語で大いに苦労するの意味)
シノウエン(アイヌ語で大いに難儀するの意味)
シャクマ(アイヌ語で波の意味)
ヲタニシテ(砂が固いのアイヌ語)
ルーピリカ(アイヌ語で道がよいの意味)
ポロンノオカイ(アイヌ語で多くあるの意味)
キキリ(本来は虫の意味だがここではアイヌ語で蚊の意味)
ブヤ(アイヌ語で穴の意味)
オマン(アイヌ語で入るの意味)
シュマ(アイヌ語で石の意味)

といったアイヌ語がこの周廻紀行には登場します。

また、アイヌ語地名ではオホーツク海側にあるトウブツについての説明でブツが港の意味のアイヌ語であると説明されていたり、網走の意味では、アバシリのうちのアバが網の日本語から来ているのに対してシリは数の子のアイヌ語であることが説明されています。

以上が「蝦夷地周廻紀行」にでているアイヌ語の概要です。

次回は松浦武四郎の紀行文について書いていこうと思います。


トゥキとイクパスイ



エムㇱ



エムㇱニㇷ゚


写真は手元にあった「先住民アイヌ民族」(別冊太陽より)