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北大柔道部ログ

引退ブログ 松倉光里

神奈川県立横浜翠嵐高校出身北海道大学薬学部薬学科4年目4年その名もその名も松倉光里、引退ブログ書きます。

七帝戦からはや1ヶ月。案外燃え尽き症候群にもなることなく、ぼちぼち生活しています。部活が無くなり心にゆとりはできましたが、運動習慣がなくなったのが痛いです。日々のごはんをおいしく食べるため、たまにメンストを走ったりトレセンに行ったりしています。自己満のトレーニングくっそ気持ちいいですね。ちなみに、私は柔道柔術嫌いでしょと聞かれますが、競技としては好きです。嫌いなのは試合と追い込まれることです。

同期が次々にブログを書いていましたが、試合後の疾走感のまま書きたくなかったので、七帝直後に残したメモをもとに、1ヶ月経って距離を置いて見つめられるようになってから書こうと思ってました。メンドクサカッタワケジャナイヨ。

(p.s. 書き始めてさらに時間かかりました、字数制限!)

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「七帝戦で優勝する」

この1年間、それだけのために練習してきました。去年の七帝戦では、都ぞ弥生の歌詞が分からず歌えなかったので、来年こそはちゃんと覚えて歌いたいと、そう思っていました。けれど同時に、無理なんじゃないかという不安も芽生えていました。先輩方がいなくなり、自分たちの力でどうにかしなければならない自覚、そのためには、ひとまわりどころか五まわりくらい成長しなければならない必要性を感じて、ドライになる自分もいました。女子の後輩が次々に辞めたときには、終わったなと思いました。練習中に泣く癖は前々からありましたが、直前期は特に、負けることへの恐怖と自分の不甲斐なさに押しつぶされて相当なヒステリックだったと思います。情けないですが、本当にごめんなさい。多方面にたくさんのご迷惑と心配をおかけしました。

結果的には、二重の意味で、都ぞ弥生を歌うことができて良かったです。ただ、あれだけ七帝で優勝する一瞬を目指して練習してきたのに、思い返すのは普段の練習のことばかりです。七帝で優勝しなければ意味がないとさえ思っていたのに、いざ優勝を掴んでしまえば、続けてきたことの意味を自然と過程に見出そうとしているのが不思議な心地です。

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北大柔道部に入った意味は何だったのだろうと考えます。私は、なにか光り輝く華をもった選手にはなれませんでした。七帝柔道における「強い」の尺度を決めるのは難しいとはいえ、入部した以上やり抜いて、自分だけの武器を持つ「強い選手」になることが理想でした。身についた根性は人一倍だと思っているものの、私以上の人はたくさんいるし、結局、ぱっとしない選手のまま現役を終えました。

ただ、それでも良いのかなといまは思っています。間違いなく、私は私と戦ってきました。諦めてできないままにしたこと、言い訳ばかりで逃げたこと、やればよかったのにやらなかったこと、たくさんあるし、これでよかったのかと抱かずにはいられないもやもやが消えるわけではないけれど、自分のできる努力でやりきった到達点が「そこ」だったと思います。負けていたら、こんなこと言えていないかもしれないですけどね。贅沢な評価視点だと思います。それでも、変わらない過去に意味を与えるのはこれからの自分でしかないので、自分が信じて進んできた軌跡を認めてあげたいなと思っています。

肯定的に考えられるようになったのは、見守ってくれた人たちがいたからだと思います。一番苦しいのは自分の弱さと戦うことですが、誰かが救ってくれるわけありません。それを分かって自分を否定し続けるくせ独りよがりになって、孤独に感じることもしばしばでした。良くも悪くも殺伐とした放任主義、というのが北大柔道部のもつ独特な雰囲気だと個人的に思っていますが、自分のことしか見えていなかったというのも事実です。思い返してみると、たくさんの支えがありました。憧れていたような華のある選手にはなれなかったけれど、練習量が全てと言われる七帝柔道の畳の上で、私が積み上げてきたものを、育ててきた根や枝葉を、ずっと見てきてくれた人たちにおめでとうと言われるのが何よりも嬉しかったです。そうして改めて実感しました。

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謝辞の部ですが、部ログに細々書くのは長いし嘘っぽくなるので手短かにさせていただきます。ご容赦ください。

清田さん、森本さん

常に不安定で迷子な私でしたが、適度な距離から的確なご指導をいただきました。答えは示さずともあるべき方向に導いてくださったからこそ、落ちることなく着地することができました。

笹谷さん、三澤さん

女子の立場を気にかけいつも優しく暖かく見守って下さりました。日々のご助言や出稽古などの面でも細かなサポートをいただきました。

小島さん、笹さん、村井さん、近藤さん

乱取りで胸をお借りしては容赦なくボコされましたが、メンタルが死にかける私を気にかけてくださり、たわいもない話からご相談までお付き合いいただきました。

飛名さん、美和さん

お二人がいなかったら柔道部に入っていませんでしたし、選手としても人間としても今よりはるかに未熟なままだったと思います。月並みですが、心から尊敬しています。お二人の後輩であることが誇りです。

若月

ずっと隣で戦ってきてくれてありがとう。あなたと築いた信頼関係は、柔道部に入って得た最も大きなもののひとつだと思います。これ以上は蛇足だね。

同期

迷惑ばかりでごめんなさい。一緒に練習してくれてありがとう。あなたたちの試合を見るのが本当に好きでした。それぞれがそれぞれの強さを持って戦う姿は冗談抜きでかっこよかったです。

後輩

迷惑ばかりでごめんね、小柄な子たちは特に。一緒に練習してくれてありがとう。各々の個性を大事に、でもひとつの方向を目指して桑村政権のもと頑張ってください。ささやかながらも応援しています。

身内を中心に挙げましたが、僧都先生やギムナシオン高橋代表、OB/OGさん、他大の子達、出稽古先の方々をはじめ、たくさんの方にお世話になりました。本当にありがとうございました。

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北大柔道部であることは私の大きなアイデンティティで、たくさんのものを享受しました。ただ、還元できたものはあったのだろうかと思います。私があの場に存在したことに、北大柔道部にとって意味があったのかと考えてしまいます。何を思い返してもネガティブ要素ばかり浮かんできます。

何をするにも所詮は自己満足、といえばそれまででしょう。それでも、北大柔道部から恩恵を受けたぶん、私が存在したことで関わった誰かに、あるいは関わったことのない未来の誰かに、ほんのわずかでも、さざなみを起こせていたらと思います。私のエゴでしかないのですが、そんなことがあったらいいなと願っています。

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そんなこんなで、そろそろ締めようと思います。北大柔道部、入って良かったです。最後に直近撮った写真置いていきます。

慰安旅行の宮島にて、大鳥居ガン無視でカニを探すおねえさん

  


某部員を彷彿させるシルエット



あ、直近じゃないけど良い写、胴上げ怖かったです。



それでは。


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コメント一覧

Unknown
大変だったと思いますが辞めずに続けてくれてありがとうございます。
お疲れ様です。
Unknown
華が無いなんてことはございません。
七帝でも優勝大会でも、あの驚異的な粘りはチームの勢いを盛り上げたと思います。
素晴らしい試合をありがとうございました。
おつかれさまでした!
330-60㎏
肉体的にも精神的にもギリギリのところまで追い込んでいるのは感じました。今後は体を労ってあげて下さい。「北大柔道部に入って良かった」と思える現役生活を送れて良かったですね。
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